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事例研究 適正な不動産取引に向けて②

このnoteでは、『月刊不動産流通』の過去の記事を紹介しています。

今回は、「事例研究 適正な不動産取引に向けて」
(一財)不動産適正取引推進機構が、実際にあった不動産トラブル事例を紹介しながら、実務上の注意点を解説する人気コーナー。今回は『月刊不動産流通2019年2月号』より、「貸室内で死亡した賃借人に、善管注意義務違反があったとする賃貸人の損害賠償請求が否認された事例」を掲載します。

★貸室内で死亡した賃借人に、善管注意義務違反があったとする賃貸人の損害賠償請求が否認された事例

 賃借人が貸室内で死亡後、約2ヵ月半放置されたことから、賃貸人が相続人に対して、原状回復費用および賃料相当損害金の支払いを求めるとともに、賃借人は予見可能な死を回避するなどの善管注意義務に違反したとして、損害賠償等を求めた事案において、原状回復費用および賃料相当損害金の支払請求が認められたものの、その余の請求は棄却された事例(東京地裁 平成29年9月15日判決 一部認容 ウエストロー・ジャパン)。

1、事案の概要

相関図

 賃貸人Xは、亡Aとの間で、平成18年2月25日、賃貸マンションの一室(本件建物)を、賃料月額10万円等の約定で賃貸借契約を締結し、同年3月11日、本件建物を引き渡した。

 亡Aは、平成28年5月20日、本件建物内の布団の中で死亡した状態(死因不明)で発見された。死亡推定日時は、同年3月9日頃であり、死亡後約2ヵ月半が経過していたため、布団から腐敗物が床に染み出していた。

 亡Aの父母であり、相続人(相続分各2分の1)であるY1およびY2は、家庭裁判所に相続放棄の申述をし、同年12月20日、受理された。

 Xは、Y1およびY2に対して、本件賃貸借契約の終了に基づき、平成28年7月1日から本件建物の明渡済みまで月額10万円の割合による賃料相当損害金および原状回復費用63万円余の支払いを求めるとともに、亡Aは本件建物内での自死または病死等の予見可能な死を回避し、Xに損害を生じさせないようにする善管注意義務を負っていたところ、これに違反したなどと主張して、善管注意義務違反に基づく損害賠償債務(長期間の空室損害として1年間の賃料の半額相当等)65万円余の支払いを求めて提訴した。

2、判決の要旨

 裁判所は、次の通り判示し、Xの請求を一部認容した。

(1)本件建物の原状回復および明渡しは未了であり、Y1らは、本件建物の明渡済みまでの賃料相当損害金および原状回復費用の支払義務を負う。

①賃料相当損害金について
亡Aの死亡後、亡A名義で平成28年4月分から6月分までの賃料相当額が振り込まれたが、その後の支払いはないことが認められる。
②原状回復費用について
・Xは、クロス剥がしおよび畳処分費用として合計4万円余、害虫対策費および養生費として1万円余等を支払ったことが認められる。
・遺体が2ヵ月半放置されたことにより死臭が残るなどしたため、大掛かりな原状回復が必要で、その費用として55万円余が必要となることが認められる。
・亡Aは本件建物の鍵を1本紛失して返還していないため、鍵の交換費用として2万円余が必要となることが認められる。

 以上によれば、Y1らは、賃貸借契約の終了に基づき、平成28年7月1日から本件建物の明渡済みまで月額10万円の割合による賃料相当損害金および原状回復費用63万円余の支払義務を負うことになる。

(2)亡Aの死因は不明であり、亡Aが本件建物内で自殺したとは認められない。また、亡Aが生前持病を抱えていたなどの事情はうかがわれないから、亡Aが、当時、自分が病気で死亡することを認識していたとは考えられず、また、そのことを予見することができたとも認められない。

 以上によれば、亡Aに善管注意義務違反があったとは認められず、同違反を前提とするXの主張は理由がない。

(3)Xは、平成28年6月28日および同年8月2日到達の書面で、本件に関する亡Aに係る損害賠償請求を、相続人であるY1らに対して行なったことが認められ、Y1らによる相続放棄の申述は、熟慮期間経過後にされたものであって、相続放棄は無効である。

(4)よって、Xの請求は、Y1らに対し、各自、原状回復費用63万円余および平成28年7月1日から本件建物の明渡済みまで月額10万円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

3、まとめ

 本件では、賃貸人は、賃借人の善管注意義務違反による損害について、本件建物は契約が敬遠され、長期間空室が続く蓋然性が高いなどと主張したが認められず、賃料相当損害金および通常よりも高額と思われる原状回復費用の支払請求のみが認められた。

 本件のように、貸室内で賃借人の病死や死因不明の死亡等があり、その発見が遅れて争われた裁判例は少ないようであり、本件の判断は実務上も参考になるものと思われる。

 なお、やや古い事例では、共同住宅の一室の賃借人が夏季に病死し、約10日後に腐乱死体(死体から体液等が流出して床板やその下のコンクリートまで浸み込み、悪臭が建物部分のすべてに浸みついていた)で発見され、連帯保証人と相続人に対する修理工事費用180万5000円、悪臭のため同室が使用できなかった逸失利益3万3000円(賃料1ヵ月分)等が認められた事例(東京地裁 昭和58年6月27日判決 判例タイムズ508 - 136)があり、併せて参考にされたい。

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※事例に関する質問には応じることが出来ません。また、上記は執筆時点での事例の内容・判決です。その後変更している場合がございます

★次号予告

次回は4月4日(月)に、『月刊不動産流通2019年3月号』より、
「まちの履歴書」をお届けします!

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