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なぜ散らかっている物は「向きを揃える」と片付いていくのか

机の上が散らかっている。昨日は久しぶりに外でお酒を飲んだ。帰り道のセブンイレブンで買った大盛りのカップ焼きそばを食べ、炭酸水を飲んで寝た。胃もたれとうっすらした二日酔い。今朝はなかなかスイッチが入らない。

寝る前に飲んだ錠剤の空包装に手を伸ばす。机のラインにぴったりと合うように、向きを整える。湿布から剥がしたフィルムは、美術品に触れるように、左手の人差し指でそっと動かし、木目に沿って整列させる。ひとつひとつ、散乱している物を、その場から動かすこともなく、ただ向きだけを揃えていく。

神経質な探偵のような面持ちで、実際のところは何も考えずにこのゲームを淡々と続けていると、机の上が押収品の一覧みたいになっていく。いや、たとえがよくない。ファッション雑誌の「あなたのカバンの中身、見せてください」企画みたいだ。何も片付いていないのに、物の向きが揃っているだけで、なんだかスッキリしたように見えるから不思議だ。

少し遅れて「遊んでないで片付けようか」という気分になってきた。錠剤のカラやペットボトルのキャップをゴミ箱に捨てる。すると、机の上に空間が生まれる。この空白が「たしかにここにあったものを僕は片付けたのだ」という余韻を感じさせてくれて気持ちがいい。

『バイオハザード4』ではアイテムに大きさの概念がある。手榴弾やロケットランチャーを、アタッシュケースの限られた空間のなかに、パズルのように配置して持ち歩く。僕はこのアイテム整理をする時間が好きだった。

『タルコフ』が好きなVtuberの猫麦とろろも、アイテムの収納をいじるのが楽しいと言っていた。

そういえばVtuberのサロメ嬢も、荷解きをしながら自分好みの部屋にレイアウトしていく『アンパッキング』というゲームをしながら雑談配信をしていた。

片付けとは本来、ゲームになってもいいくらいに楽しい作業なのだ。それなのになぜ現実の「片付け」は、これほどまでにめんどくさいのか。

答えははっきりしている。現実では物と物が重なり合うからだ。

物の下に隠れている物は、それが何なのかわからない。何なのかがわからなければ、どこに、どのように片付ければいいかがわからない。この「わからなさ」こそが、めんどくささの正体だ。わからないものがたくさんあると、人間は考えるのをやめたくなるのだ。

そもそも僕らは、目に映っているものすら全然見ていない。雑草は雑草としか認識されないように、散らかっているものは「散らかっているものたち」としてしか認識されない。

だからまずはさわる。向きを揃えるために「物に触る」ことで、僕らの認識は変化する。「散らかっているものたち」のひとつが、ペットボトルであることがわかる。ハサミであることがわかる。

「わかる」とはどういうことか。「物に気を流す」とか「物の魂を感じる」とかそういう話をしたいのではない。さわることで「それが何なのか」を僕らは思い出す。それにまつわる記憶が呼び起こされる。それがどこにしまわれるべきなのか、というところまで、自ずと連想することになる。

この「連想」はほぼ自動で行われるので意識的な努力は必要ない。この自動運転は「わかる」ことでスタートする。そして「わかる」ためのトリガーが「ふれる」という動作なのだ。

「今の自分がやらなければいけないことは片付けだ」という思考は一見、やるべきことが具体的ではっきりしているように思える。しかし実は何もわかっていない。思考に身体性が絡んでいない。身体性が伴わない思考をしているくせに身体を動かしていないとき、僕らは「めんどくさい」という感覚に苛まれる。

「片付け」とは、例えば机の上にある油性マジックペンを手に取り、右の棚に置いてあるペン立てに入れる、ということだ。例えばこの個人番号カードを財布に戻し、その財布も、いつものカバンのいつもの収納ポケットに戻す、ということだ。

「片付け」はひとつひとつの具体的な作業の集合体の総称であり、単なる概念であり、身体性を伴っていない。

めんどくさいと感じるとき、僕らは「概念」をやろうとしている。

僕らが何かをやろうとするときには、必ずはじめに何かをさわらなければならないはずだ。まずはそれにさわろう。持ってみよう。マウスのポインタを置いてみよう。

そうすれば意識が通う。次に何をすればいいかは、さわったそれが教えてくれる。考えるのはそれからでいい。

04/06 20:20 追記

同じ方法論がすでに『あたしンち』で紹介されているよ、とのご指摘をいただきました。

完全に一致。

自分が初めてではないだろうとは思っていましたが、こんな有名な方がすでに漫画にしていたのは知りませんでした。


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