私が電車でスマホを触らない理由
私の通勤時間は10分と短い。
しかし、
プラットフォームで電車を待つ時間。
電車の中にいる時間。
これらの時間にスマホを操作しないことに決めている。
(遠出の場合、目的地までの経路を確認するため触る時がある。しかし基本スマホを触らず読書をしている。)
理由は以下 3つ である。
大体の人は電車の中で見ているのは
・SNS
・Youtube
・ニュースアプリ
・まとめサイト
・Netflix
こんなところだと思う。
私もSNSとニュースアプリを入れていた時は、家はもちろん、電車でもそれらを見る時間に充てていた。
電車にいる80%の時間をTwitterとinstagramを行き来きし、残りの20%でまとめサイトと、スマニューのトピックスをみて潰していたような気がする。
しかし、それらの行為が、この上なく『価値のない行為』とある時から感じ、2022年4月にSNS/ニュースアプリのアカウント/アプリを削除した。
理由は1つ。
日々流れゆく時間の中で、(人の承認欲求の数だけ)無尽蔵に更新されていくSNSの投稿を眺めていると、無意識に自分の自己肯定感を下げていることに気づいたからだ。
特に
・落ち込んで独りでいるときに、旧友が楽しそうな投稿を上げていること。
・オシャレなインスタグラマーを見て、自分と比べてしまう。
これらの投稿がメンタルヘルスに良くないとわかっていても、結局次の日にはSNSを眺めている。そして少しづつ自分の自己肯定感を下げていた。
ある時、この日々のサイクルに気づいたときに「俺の人生、SNSいる?」という疑問が浮かび、やめた。
それからは、電車の中でSNSを見なくなり、スマホを触らなくなった。
SNSをやめて1年以上経過した今を思うと、当時より幸福度は高い。
私にSNSは合わなかったのかもしれない。
SNSをやめ、スマホを触る機会がなくなると、この時間を有効活用したいと考え始めた。
有効活用としては考えたのは「読書」。これに尽きる。
受験生の時や大学の試験が近いシーズンなどには電車の中でも勉強していたが、その時はスキマ時間とは考えていなかった。
しかし、社会人になると、通勤時間はスキマ時間と捉えるようになった。
最初は新書や資格の本と、自己成長のための本を読んでいたが、現在は小説のみだ。
理由としては、6分の読書によって、ストレスの68%が解消されるという記事を見たからだ。
(この記事では、読書の対象が小説かどうかはわからないが、私の中では、小説がよりストレス解消できるととらえている。)
それ以降、私は小説を読むことにしている。
小説にのめりこむと、スマホを見る時間が惜しいくらい、ページをめくるのに忙しくなり、結果として電車ではスマホを触らなくなった。
低俗な理由かもしれないが、大多数の人間が電車の中でスマホを触っている中、読書をしている自分は少数派であり、優秀でカッコいいと錯覚を起こし、自分に酔いしれることができるからである。
しかし実際は周りの人間からは、「電車で小説を読んでいる人」だけにしか映らないため、結局のところ自己泥酔にしか過ぎない。
そこには人にどう見られたいのかという少しいやらしく、弱い自分がいる。
とはいいつつも、通勤時間で小説を読むことに私は少しばかりの意義を感じている。
教養を保つことができるし、仕事に向かいたくないときにはメンタルも落ち着かせることができる。
スマホを眺めているだけでは絶対に得られないものがそこにあると自分は信じている。
そして私はこれからも電車でスマホを触らない。
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