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2つの扉

 「AとBの扉、その2つの入り口に招待状が挟まっていたら、受付ぬいはその扉を開けるんだよ。その時はよろしくね。」ゆめちゃんの頭の中に誰かの声が響く。


 一体、誰の声なのだろう。聞いたことがあるような気もする。それでも今は良く分からない。ふわふわと心地よい声だった。


 ゆめちゃんはそう思いながら、ベットから起き上がった。カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んでいる。





 「よし。今日も頑張るぞー!せんじろう君は起きたかな…」


ゆめちゃんとせんじろうは、同じぬい広場の受付ぬいとしてバイトをしている。


 朝起きるのが苦手なせんじろうは、いつも遅刻ギリギリにぬい広場に到着する。


 起こしに行くのが最適だとは思うが、せんじろうの家はぬい広場の反対側にある。


 朝からぬい広場以上の距離を歩くのは流石に大変だ。ゆめちゃんは、そう思っていた。




 せんじろうがベッドで格闘しているであろう時間、ゆめちゃんは朝の支度を終えてぬい広場に向かっていた。


 万が一を想定してなのか、自然と早足になっていた。


 ぬい広場へと続く道は一本道で、わきには季節の花が植えられている。


 この間まではひまわりが背高く植えられていたが、今では色とりどりなコスモスが咲いている。

 どこからか金木犀の香りもしている。すっかり秋だ。



 早足のおかげか、ゆめちゃんはいつもより結構早く到着した。


 そしていつも通り、広場前にある小泉管理ぬいのネズーさんのお家に挨拶をしに行った。


 「おはようございます~。ネズーさん、今日もよろしくお願いします~」


 「おはようございます~。ゆめちゃん、今日もよろしくお願いします~。今日はずいぶんと早めだね!」


 「はい。せんじろう君だけじゃなく、私まで遅れてしまったらと思うと早足に…。」


 そんな朝の簡単な会話をしていた時、ゆめちゃんは朝のふと思ったことをネズーさんに話していた。


 聞いたことのある声でぬい広場の開かないAとBの扉のことを話されたこと。


 招待状があったら受付ぬいが開けなければいけないらしいが、その開け方は知らないこと。


 そもそも、誰からの招待状で何が行われるのか。


 ゆめちゃんの話を静かに聞いていたネズーさんは、一言ぽつりと呟いた。



 「とりあえず、扉を開けるには鍵が必要だよね。」



 ネズーさんのその小さな呟きとほぼ同時に、ネズーさんのお家にせんじろうが到着した。


 「おはようございます!間に合いました!」なぜかせんじろうの目はキラキラしていた。


 そもそも、ギリギリを攻めて広場に現れるのはどうなのだろうか。

 いつか、盛大な遅刻をしないだろうか。


 ゆめちゃんは改めて自分は遅刻しないことを誓ったのだった。




 受付ぬいとしての仕事を夜の8時半までせんじろうと行った後、恒例の外出用の扉のチェックをする。


 方法は扉をノックし、開けて声をかける。受付で誰がどの扉に入っていたかは確認しているが、念には念を入れている。



 Aの開かない扉からZの最後の扉まで、確認をし終えて広場に戻ろうとしたところ、


 行きでは気が付かなかったAとBの扉に見たことのない紙が挟まっているのが見えた。


 ゆめちゃんはAの扉前の紙を、せんじろうはBの扉前の紙を拾い、読み上げた。


 「こんにちは ようこそ Aの扉へ」

 「こんにちは ようこそ Bの扉へ」


 2つの紙にはそれだけが書かれてあった。


 ゆめちゃんは、紙に書いていた「ようこそ」の文字が気になっていた。


 これがもしかすると「招待状」なのではないか。


 朝の声の主は、これが挟まっていたら扉を開けて欲しいと言っていた。


 でも、私達はそれらの扉を開ける方法を知らない。


 どうしたものか、と考えていると、ゆめちゃんは朝のネズーさんとのやり取りを思い返していた。


 「とりあえず、扉を開けるには鍵が必要だよね。」


 「!!!!」



 ネズーさんだ。ネズーさんは間違いなく何かを知っている。


 今ならまだネズーさんはお家にいるはずだ。そう思ったゆめちゃんは、せんじろうに声をかけた。


 「せんじろう君、今からネズーさんのお家に行こう。」




 ネズーさんはゆめちゃんの予想通り、お家にいた。


 でも、なぜか、あえてお家にいたような、まるで、ゆめちゃん達がこちらにくることを分かっていたような雰囲気だった。


 「ネズーさん、これがAとBの扉に挟まっていたんですが…」


 ゆめちゃんは、ネズーさんの様子を伺った。何か知っているのは間違いないはずだ。


 「今日もお疲れ様~。お待ちしてましたよ。そろそろ始まるんだね。」


 そう呟くとネズーさんは、ゆめちゃんたちを裏の小泉に連れていった。


 そこには椅子が2つ並べて置いてあり、その上には木製のりんごと蜂をかたどった置物が置いてあった。


 確かこれらは、ネズーさんのお家の壁に掛けてあったものだ。 

 「私の家はね、代々機械じかけに精通しているんだ。細かい作業が得意でね。」

 ネズーさんはそうはっきりとした口調でゆめちゃん達に説明すると、とある紙を渡してきた。


 そこには、AとBの扉に挟まってあった紙と同じ筆づかいで短い文が書いてあった。


  「熟れたりんご、その蜜を求める蜂」


 「私たちは、鍵を作り管理しているぬいぐるみ。普段はなくさないように大きくして飾っているんだけどね。」


 そして、ネズーさんが小泉に2つの木製のりんごと蜂をいれると、よく見る鍵のサイズに小さく変化した。


 そして、その鍵を向かい合わせてネズーさんが目を輝かせながら呟いた。


 「熟れたりんごの蜜を蜂に与えるんだよ。こうやってね。」


 すると、2つの鍵がカチッ と1つに重なり合った。


 それはまさに、熟れたりんごの蜜に蜂が吸い寄せられる光景のようだった。


 ネズーさんによって真の姿を現した鍵を、ゆめちゃん達は大切に預かった。


  「「後は私たちが開けるだけ。その時が間もなく訪れるよ。」」


2つの扉 (終)

 

 


 



 



 



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