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『Mの部屋の話』


 「そばくんのおへそのばってん、やっぱり魅力的で素敵だよね!!」

 「まんじろうイコール人参っていうイメージがあるのは、さすがだと思うよ!!」


 可愛い二匹のもふもふ達は白い丸テーブルを囲むように座っていた。この白い丸テーブルは他にも部屋の中にいくつか置いてあり、まんじろう達以外にもテーブルを囲んでいるぬいぐるみがいた。

「うさみちゃんは、そのピンクのリボンが似合ってるしトレードマークだよね!」

「ゴリくんは不器用って言ってるけど、人付き合いも上手でお友達たくさんいるよね!」

「ハムともくんは、みんなを笑わせるのがとても上手だよね!!」


 まんじろう達に負けないくらいあちらこちらで誉め言葉が飛び交っている。一つの同じ部屋の中で皆が同じ会話をしているのだ。その光景はただのカフェで話を楽しんでいる様子とは違い、まるで授業で決められたテーマに沿って話し合いをしているように見えた。


 けれども、真面目で堅苦しい表情をしているぬいぐるみは一匹もいない。みんながお互いの良いところを新しく見つけたり、改めてそれを実感したりしていた。



 ぬい広場の受付ぬいが開けてくれる26と書かれた扉の先には、26個の扉が左右に並んだ廊下がある。

 Mの部屋は扉も内装も近代的なデザインで、扉は真っ白で上側にはアルファベットのEを傾けた様なMの文字があった。そして、その文字は水色と白のキラキラした光で不規則に輝いていた。

 部屋の中は真っ白な空間が広がっていて、いくつもの引き出しが壁一面に並べられていた。

 ぬいぐるみ達が会話を楽しんでいる部屋がこのMの部屋である。



 Mの部屋は昔から「記憶する部屋」と言われ、普段の生活では忘れてしまうけれども忘れてはいけない大切なことを覚え続けている。


「自分はどんなことを大切にしているのか?」

「自分の好きなことは何か?」

「これからどうしていきたいか?」


 こういったことを定期的に「テスト」と題し、ぬいぐるみ達を部屋に集めては会話を促している。

 話した内容は壁にある引き出しに本としてしまわれていた。

 そしてその内容は過去に自分が何を思っていたのか、また他の人はどのように考えているのか、いつでも見ることができるのだ。

 今回のテストは「自分のチャームポイントは何か?」

 これについて部屋にいるぬいぐるみ達が時間の許す限り会話をし、答えを出していく。



「ぼくってやっぱり、人参のイメージがしっかりついているんだね!何だか嬉しいよ!」

 まんじろうはおやつのにんじんスティックを食べながら嬉しそうに答えた。そばくんは人参を食べているまんじろうを見ながら、うんうんと頷いている。Mの部屋は先ほどまでいた他のぬいぐるみはいなくなり、まんじろうとそばくんの二匹だけになった。二匹はそれをいいことに大きな声で話を楽しんでいた。


 「そういえば、まんじろうの人参好きはいつからなの?ぼく、人参好きのまんじろうしか見たことないから詳しく知りたいな!!教えてよー!」

 「うん、いいよ!いい機会だし、教えてあげるね!その代わり、そばくんもおへその話を教えてよー?」

 そばくんが、うん!と言ったのを合図にまんじろうは話し始めた。



 二年前の夏の話。まんじろうはマーガレットと共にゲームセンターのユーフォーキャッチャーにいた。その中にはまんじろうに似た毛色、格好をしたぬいぐるみがいた。顔も似てはいるが、皆、表情が違っている。まんじろうは皆を家族に近い仲間と見ていたようだ。

 「ぼくたち、こんなに長い時間を一緒に過ごしたのに、もうすぐ離れ離れになっちゃうんだよね」


 まんじろうの声は少し震えていた。ユーフォーキャッチャーの中ではあまり動かず、声を出さずにいなければならないのだが、仲間のぬいぐるみ達はまんじろうをチラチラ見ている。ユーフォーキャッチャーの外にいる人間には気付かれていないようだ。するとまんじろうを見ていた仲間の一匹が答えた。


 「そりゃそうだよ。ずーっと一緒にいたら逆に悲しいよ。しっかりとかいぬしに出会わなくちゃ」

 「でもさ」

 まんじろうは仲間の返事に我慢できずに話し始めた。

 「でもさ、分かっているんだ。それぞれ別のかいぬしに会って、違う思い出を作っていくのが大切なことだって。でも、ぼくは過去のことも忘れたくない。過去があるから今があって、未来も大切にできると思うんだ」


 まんじろうの言葉に数匹のぬいぐるみは、ハッとした表情を見せた。中には目を潤ませているぬいぐるみまでいる。


 すると、すぐ隣にいた仲間がまんじろうに身を寄せて言った。


 「じゃあ、にんじんをぼくたちの象徴にしようよ。ぼくたちうさぎといったらにんじんってよく言われるし、切っても切れない縁、離れない象徴だ。」


 それを聞いたまんじろうはみんなの方を向いて、ありがとうと言った。まんじろうの皆を見る目はしっとりと黒く輝いていた。




 まんじろうは二年前に起きた出来事を話し終えると、おやつのにんじんスティックをゆっくりと食べ終えた。


 「今のにんじん大好きまんじろうには、過去のお友達がいたから出会えたんだね。そのお友達に会えたらお礼を言いたいよ」


 そばくんは自分の考えていた理由があまりにも軽いように思えた。まんじろうはいつも直感的に色んなことを好きになる。だから、今回も同じようなものだろうと思っていたのだ。

 しかし今回は過去の友達との絆を忘れないようにするためだった。

 恥ずかしさで顔を少しまんじろうから隠していると、正面から頭を優しくツンツンされた。


 ゆっくりと顔を上げると、まんじろうが物語の続きを待ちわびているようなキラキラとした表情でそばくんを見ていた。


 そんなまんじろうを見て、そばくんは安心した。いつもは思っていることがなぜかまんじろうにバレてしまうけれど、今日は何も気付かれていない。

 そのことに感謝しながらそばくんは、自分の話を始めたのだった。




 今から一年前、かいぬしと出会ってすぐの話。 そばくんはぬいぐるみの世界で、二匹のペンギンとまったり会話を楽しんでいた。


 「ついにぼくもかいぬしに出会えたよ!この時をずっと楽しみに待っていたんだ!」

 「へへへ!良かった!そばくんが嬉しそうで何よりだよ!」蝶ネクタイをつけたペンギンのハルが嬉しそうに隣にぴったりと座った。

 「そういえば、ぼく、風のうわさで聞いたんだけど、そばくんってあの明るくて元気なうさぎのまんじろうと一緒のおうちに住んでるの?
 しかもそのおうちには、色んなお友達がいるんでしょ?
 そばくん、照れ屋さんなのに大丈夫なの?」

 ハルの横に座っていたソラが前のめりになってそばくんに質問した。手に持っていた青い風船がソラに引っ張られ、コツンと青空を叩いた。 

 元々ソラは心配性で、初めてそばくんと出会った時もいつもぽつんと一匹でいるそばくんを心配して声を掛けてくれたのだ。

 「そうだよ!まんじろう達と一緒に住んでるけど大丈夫だよ!何なら初めてまんじろうに会った時ぼくを明るく迎えてくれたんだよ。

 それに他のぬいぐるみと仲良くできるように一緒に遊んでくれるんだから!」

 そばくんは、ソラが心配してくれていることを感じ取ったのか元気いっぱいに答えた。

 そばくんの中々見ない元気な様子を見て、目を丸くしながらソラは元いた場所に座りなおした。その様子をハルも見ていたのか、ふふっと笑っている。

 「まぁ、とりあえずそばくんの今後は無事ということが分かったわけでぼくらはひと安心だね、ソラ?」

 そうハルに言われて、ソラはようやく安心したように見えたが、すぐにいたずらっ子のような表情を見せた。

 「いいや!まだだよ!」

 「えっ、いや、なんで?」

 ハルとソラは短時間で小気味良い会話を繰り広げた。この二匹は兄弟のようにいつも一緒にいて、それをそばくんは楽しんで見ている。

 「そばくんから、あのエピソードを聞かせてもらうんだ!それなら、安心する!」

 ソラは、そばくんをじっと見た。まるでテレパシーを送っているようだった。そばくんは頭の中で色んなエピソードを探し歩いたが、ソラが求めているものに辿り着けなかった。

 そしてすぐに諦めてハルに、何のこと?と聞いた。ハルもそばくんの様にエピソード探しの旅に出かけたが、こちらはすぐに目的地に着いたようだった。

 「あっ!!もしかして、そばくんの名付けエピソードのこと??」

 ハルがそう言うとそばくんはまさかの話題に、えっ?と聞き返した。

 「ぼく、そばくんの口からそのエピソード聞きたい!!みんなからもちろん聞いているけどそれはあくまでも噂みたいなものだし、体験した本人から聞きたいよ!」

 ソラはワクワクしているのか、いつも以上に目が輝いている。これは諦めさせる方が苦労する。

 そばくんは内心、恥ずかしくなるから言いたくない気持ちと自分の誇らしい名前の由来を伝えたい気持ちになった。そもそも誰がこの話を広めたのだろうか。そんなことをそばくんは思いつつもゆっくりと話し始めた。

「ぼくがまんじろう達と出会ってまったりとしていたらかいぬしが、『ペンギンくんはおへそにばってんが付いているね。恐らくこれがチャームポイントだよね。へそにばってん。へそばってん、そば、そばくん!』って言ったんだ」

 ハルとソラは読み聞かせを聞く子供のように、一言も話さずただ静かに聞いていた。

「正直、最初は直感的な名付け方法だなって思ってたんだけど、この後のかいぬしが言ってくれたことで一気にこの名前が魅力的に感じたんだよ」

 そばくんは当時のことを思い出しているのか黒い瞳に優しい光が灯っていた。

「かいぬしは紙に右上から左下に流れる一本の線を書いて『これがそばくん』、続けて左上から右下にもう一本線を書いて『これが私達家族。そばくんは私達を繋いでくれる印を持ってるんだよ。側にいる、のそばくんだよ』って言ってくれたんだ。」



 そばくんが恥ずかしさでハルとソラから目を逸らしていると、そばくんの名付けエピソードを聞いて満足したソラがそばくんに抱きついて言った。


「じゃあ、僕たちとそばくん、ずーっと友達の縁を繋いでいこう!」



 そばくんは久しぶりに自分の名付けエピソードを話し終えて、まんじろうをチラッと見た。まんじろうの目はいつも以上にうるうるしている。

「そばくん……ぼく、なんだか涙が出てきちゃって、体がしめしめになってきたよ。久しぶりにみんなに会いたくなってきちゃった。それにそばくんのお名前エピソードが最高に愛に溢れてて、それもぼくをうるうるさせるんだ」

 そんなまんじろうの涙を見てそばくんは胸の奥が熱くなった。忘れるわけないと思っていた大事な思い出がこんなにも色褪せていたなんて、今日ここに来なければもしかしたら思い出せていなかったかもしれないなんて、それが一番悲しいことだとそばくんは思った。

「そばくん、ぼく、ぬい広場で久しぶりに昔のお友達に会いに行こうと思ったよ。今日ここに来て良かった……って、これなんだろう」

 まんじろうが涙を拭ってテーブルに視線を落とすと、さっきまでなかった一冊の本が置いてあった。そばくんも涙ごしに白い表紙の本が見えている。

 本のタイトルは水色の文字で「REMEMBER ME」と書かれてあり、まんじろうが中身を確認すると今日この部屋で話されていた内容がそこに全て書かれてあった。そして、最後のページにはこう書かれてあった。

「部屋を出る際にこの本を引き出しにしまい、この物語を終わらせて下さい」


 まんじろう達は今日話したことを忘れるまいと、もう一度だけ本を読み直して部屋を後にしたのだった。



『Mの部屋の話』終 


 


 


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