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宇宙作戦隊 そのロマンと郷愁

 宇宙作戦隊なるものが発足した。5月18日のことである。
そのシンプルかつどこか懐かしさ溢れる部隊名は、世間に対し、少々さざ波を立てたが、結局この名称に落ち着いた。主な任務はスペースデブリや人工衛星の監視であり、木星探査や亜空間航行の試験やタウ星系への移住支援などではないようだ。スペースデブリは非常に恐ろしい。たとえ小さな破片だとしても、重大事故に繋がりうる危険性を孕む。軍事衛星や気象観測衛星がデブリにより故障したら、地上の我々は間接的に害を被るだろう。そこらへんは幸村誠の「プラテネス」でなんとなく学習済みだ。

プラテネス/幸村誠 「ヴィンランド・サガ」の幸村誠による、スペースデブリ回収業者を描いたSF漫画。面白いぞ。

 スケールの大きな名称に対して、実際の任務が非常に現実的な領域にちんまりと収まっているところが、私には妙に嬉しい。

 この名称と実務のギャップが愛らしく、本拠地が府中と聞いて、ますます好感を持った。ちょうど「機動警察パトレイバー」で、その拠点が臨海部の殺風景な埋立地にあったことを思い出す。

 部隊が発足して間もないのに、大変申し訳ないのだが、私はどうもこの部隊の「終焉」を夢想してしまう。例えばこんな風に。

 スペースデブリの監視業務が民間宇宙会社に委託されるようになってから、早5年。民間への指導出向もほぼほぼ片付き、宇宙作戦隊は静かに終わりの時を待っていた。私が久しぶりに府中基地に足を踏み入れると、発足当時は簡素な平屋の事務所は、取り壊されて立派な建物に変わっていた。
 中に入ると、どうやら種子島宇宙港の準備で大わらわで、OBの私は出る幕がなさそうだった。入り口のソファに腰掛け、受付カウンターの後ろの壁にかかった額装された写真を見ると、まだほっそりとした私が佇んでいた。
 宇宙開発の進展とともに、関係業務は日に日に増えていき、ついに政府は宇宙戦略隊を組織するに至った。陸・海・空に、宙が加わる。それに伴い、宇宙作戦隊は一時解体され、宇宙戦略隊に統合されることが決まった。発足当時のメンバーはもう残っていないが、常に一緒に任務にあたってきた後輩の一人が、戦略隊の重要なポストに就くことを知り、いてもたってもいられなくなり、府中まできてしまったのだ。
 後輩が来るまでソファに座っていると、いつしか眼前にディスプレイが現れ、画面上の細かな点群が明滅しだす。我々の頭上にはこんなにもデブリが漂っているのか、と途方にくれたことをありありと思い出す。大きなデブリには、嫌いな上司の名前をこっそりとつけていたことも思い出した。監視がまだ人の目に頼らなければならなかった時代だからこそできた遊びだろう。
 穏やかな夢想に身を委ねていると、不意に声をかけられた。私と同じく白髪混じりになり少々背の縮んだ彼は、この日のためにクリーニングに出したであろうパリッとした制服に身を包み、ニヤリと笑った。
「画面とにらめっこしているような背中の曲がり方ですよ先輩。宇宙作戦隊の最後を見届けてやってくださいよ」

 



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