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母と向き合うこと

75歳の母
パーキンソン症候群からくる幾度の転倒で救急で運ばれた事から特別養護老人ホームへ入所する運びとなった。

24時間介護が付くので安心ではあるけど、それと同時に「自宅=自分の居場所」を無くすことになる母。
昔から衣服や家財道具にこだわりというか執着心が強い人なので、それらをほぼ処分し、また、帰る先を失うというのは…言葉にし難い思いだと思う。

ケアマネさんから入所の話を聞いて直ぐに思い浮かんだのは、 以前住んでた隣家の独居のおばあちゃんのこと。
タバコと酒とパチンコ通いが日課という方で、何度もうちの前で立ち話をした。
ご主人が料理人で、いつも美味しいご飯を作ってくれていたのに先立たれてから食欲が湧かないし子供もいないから寂しいとよくこぼしてた。
うちで作りすぎたお惣菜などをおすそ分けしたりもしていたが、独り身だから大して食べれないとも言っていた。
そんなある日からヘルパーさんが家に通うようになり、あっという間に亡くなられた。
数日経たないうちにトラックが来て、一斉に家財道具を投げ入れて撤去して去っていくのを2階の窓からぼーっと眺めていたけど、 雑に積み上げられた家財道具の中には、古びてるけど豪華な羽子板や扇風機が顔を出してた。 母と同年代だったおばあちゃん。 70年以上いろいろあった人生だっただろうけど、あまりにあっさりと跡形もなく居なくなり、周りはいつもの毎日として動いてる景色を見て胸が苦しくなったのを思い出した。

20代で離婚し、以後シングルマザーとして自分名義の家にしか住んできたことがない母。
ケアマネさんが言うには、母は老人ホームに入ることでもうそこが自分の最終地点だと認識していると言っていた。

そんな中、母へ連絡を取ってみた。
汚言症がひどく、母との電話は億劫なんだけど、老人ホームに入ることで母自身も安堵の気持ちと不安が入り混じってるのか、電話ではいつもより優しく穏やかに話をしてくれた。
私や娘に自分の荷物の中から使えそうなものを持って帰ってほしいとのこと。中には娘に似合いそうな新品のコートがあるから是非着せてあげてほしいと。
そして祖母の形見もあるから預かっておいてほしいとのこと。
食器のひとつひとつもこだわって買いそろえたものばかりで数十万もするのに、もしこの病気が治ったらまた買い集めるなんてもう無理だって笑って言ってた。
「もしこの病気が治ったら・・・」と、意外に悲観的ではない話っぷりに少し気持ちが明るくなれた。

でも・・・
少し気弱になってると感じる口調でもあった。

母の身勝手から私の人生を狂わせ、いまだに「家族」というテーマが永遠課題で迷子のままのわたし。
母を許せない気持ちもあるし、母が孤独なのも病気を患ったことも不義理にすることで「母は自業自得なんだ」と自分に言い聞かせることもできるけど、母という一人の人間が歩んできた75年の人生の重みを考え、結局世界中どこを探しても母は母ひとりしか居ない事実を思うと、母がいつかこの世を去った後に結局私は後悔することになるんだろうなーと考える。

娘が私と向き合ってくれず家出したまま帰ってこないことも、私が母と向き合うことで何か一つ「自分」を1コマ前へ進めることができるのかもしれない。

とりあえず母の荷物を少しでも我が家に置けるだけ置いておこうと思う。


※写真はフリー素材

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