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【小説】One Morning

【One Morning】
お題:『好き、時々不安。』
https://shindanmaker.com/392860

 いつもより遅い目覚め。カーテンの隙間から漏れる日差しに目を細める。隣に寝ていた筈の彼の姿が見当たらなくて、一人で広いベッドの上で身体を起こした。
 くん、と鼻をひくつかせると、トーストの芳ばしい匂いがした。きっと彼が用意してくれたのだろう。そろりと足を下ろして、裸足のままペタペタと部屋を出た。リビングへ入ると、丁度ダイニングテーブルへトーストを乗せたお皿を置く彼と目が合った。
「おはよう」
「おはよう。お寝坊さんだね」
「んー、ごめんね」
「いいんだよ」
 そう言いながら、私へ座る様に促す彼。私は素直にそれに従う。付けっぱなしになっているテレビから、朝のバラエティ番組の賑やかな声が聞こえる。椅子へ座り、カリカリに焼けたトーストと色鮮やかなサラダ、絶妙な柔らかさのスクランブルエッグを前に、私は手を合わせた。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
 彼も私の向かいに座って、自分用に注いだコーヒーを一口啜った。リビングの奥、窓の外は良く晴れて、絶好のお出掛け日和だなと頭の端で思った。
「ねえ、今日は何しようか」
「そうだねえ。このまま家でゆっくりしても良いけど、天気も良いからお出掛けしようか」
 彼も同じ事を考えていたんだと分かって少し嬉しくなる。頷いて、嬉しさを滲ませながらトーストへ齧り付いた。ん、美味しい。
「暖かくなってきたからピクニックでもする?」
「それならお弁当作るよ。寝坊しちゃったから」
「そんな風に思わなくていいのに」カップを置いて微笑む彼。「でも、せっかくだからお言葉に甘えようかな」
 私も微笑んでみせる。穏やかな朝、穏やかな時間、穏やかな日々。
 彼と一緒に暮らし始めて、もうすぐ一年になる。周りには結婚しないの? と何度も聞かれたけれど、私達はその道を選ばなかったし、これからも選ばないだろう。私達は恋人で、お互いを愛していて、こうして寝食を共にしているけれど。結婚によって何かが定義付けられるのを嫌った。私達は自由だったから、これからも自由でありたかった。お互いに何度も話し合って決めた事だ。
 つまり、この共同生活は私達の愛情ありきで成り立っている。彼の事は好きだけれど、時々不安になる。この穏やかな生活が、いつか壊れてしまうのではと怯える夜もあった。けれどそれは、結婚したとしても同じだと思っていた。
 だからこれでいい。彼とこうして今日の予定を考える日々が、今日も明日も明後日も、ずっと続いていくのなら。それだけで私は満たされるのだ。
「ねえ、お弁当何食べたい?」
「そうだなあ。タコさんウインナーは入れて欲しいな。あとほうれん草のソテー」
「いいよ。あとは唐揚げも入れたいけど、時間掛かっちゃうかも」
「全然待つよ。君の唐揚げ、好きだから」
 彼は急かさない。のんびりしていると言うか、大抵の事は許容する。それが時間であっても、私の癇癪であっても。感情の起伏は私の方が激しいから、彼を困らせてしまう事もままある。それでも彼はいつも、私を宥め、受け入れてくれる。
「やっぱり貴方のそういうところが好きだわ」
 そう言うと、彼はわざとらしく両手で頬に触れて「恥ずかしい」と笑うのだった。
 好き、彼の事が好き。二人の時間も、彼の仕草も、全部。だからきっとこの先も、不安に思う事なんてない筈だろうから。
「早く食べて準備するね」
 食べ掛けのトーストを片手にスクランブルエッグをつつく。彼は慌てて「大丈夫だよ、急がないで」と手を振ってみせるが、一旦見ないフリをする。
 ねえ、早く出掛けたいの。私が好きな貴方と一緒に街を歩きたいの。幸せを実感したいの。
 好き、好きよ。だけど時々不安になるの。
 貴方を好き過ぎる事が、なんて。月並みかしら。
「腕によりを掛けて作るからね」
 そう言って、私は立ち上がった。

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