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【小説】アトロポスの鋏

【アトロポスの鋏】
お題:『絡んだ糸は解けてしまった』
https://shindanmaker.com/392860

 グラスの中でパチパチと炭酸が弾ける。窓辺の席を通して貰って、ぼんやりと窓の外を眺めていた。陽の落ちた街に煌めく人々の営み。電飾が自身を誇示するように、うるさいくらいにギラギラと輝いている。
 つ、とグラスを指でなぞる。その手に店内の優しい明かりが落とされ、薬指に嵌めている指輪がキラリと瞬いて私の目を奪う。
 彼に貰った指輪。私を大好きだと言ってくれた。これはその証だった。嬉しかった。彼からの贈り物は数えるくらいしかないけれど、そのどれもがかけがえのないものだった。
 けれど。私はその指輪を外して、彼に貰った時に付いてきたケースへそっとしまった。これはもう、二度とつけないだろう。ついさっき、私は彼に別れを告げられたから。
 理由はいくらでも思い浮かんだ。彼にとって私は若くて、世間知らずで、御し易くて、そして誰よりも優しかった。最初はそれが甘い蜜のように感じられたのだろう。けれど、だんだんと蜜に慣れて、旨味を感じなくなっていったのだと思う。
 私は彼の消耗品。そして私もまた、彼の事を禁忌の恋を楽しむだけの相手としか見ていなかった。依存していた。お互いに。後はもう、どちらが先に目を覚ますか時間の問題だった。それが今回は彼の方が先だった、ただそれだけの事。
 それだけ、でも。私は。
「愛していたのよ」
 独りごちる。愛していた。本当に。彼と街を歩く時も、ドライブへ行く時も、セックスしている時も、どんな瞬間でさえあなたを愛していた。指を絡めて愛を囁いた。一緒にいようって、何度も。
 けれど彼は決して首を縦に振らなかった。
 あなたと私の運命という名の糸。絡んだ糸は解けてしまった。
 そしてもう、戻らない。
 元より絡んではいけなかったのだ。私は二つの糸からほつれた糸くずにしか過ぎないのだから。
 分かっていた筈なのに。悲劇のヒロインを気取るつもりも、あなたを求めて縋り付く事もない。そんな資格なんて最初からなかったのだから。
 だからこれは、たった一人で終わらせる恋であればいい。
「さよなら」
 さよなら。愛していたわ。
 今度あなたが誰かを愛する時、それはどうかあなたの家族でありますように。

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