トップを獲るためには「夢を持ち続ける」「必死で努力する」だけでは足りない~映画『パリ・ブレスト~夢を叶えたスイーツ~』
まだまだ肌寒い日が続く季節。今回は、温かい飲み物とともに、濃厚なチョコレートケーキが食べたくなるフランス映画『パリ・ブレスト~夢をかなえたスイーツ~』をご紹介します。
父親は不在、アルコール依存症の母親のもとに生まれ、劣悪な環境で育った少年が、里親の家で出合ったお菓子作りの魅力と才能を武器に、努力の末、22歳でパティスリーの世界選手権のチャンピオンに輝くまでの軌跡を描いた物語です。実業家、パティシエとして世界の高級ホテルやブランドとコラボレーションを務めるヤジッド・イシュムラエンの実話をベースにしています。
社会の底辺から世界一を目指して
育児放棄状態の母親から離され、里親のもとで暮らす少年ヤジット。里親の家の息子がパティシエだったことから、甘いお菓子に家庭の温もりを感じるように。何かで一番になれば、母親も自分に目を向けてくれるかもしれない。スイーツに魅せられた彼は、いつか最高のパティシエになるという夢を抱くようになります。
成長して児童養護施設で暮らすようになると、機転を利かせてパリの高級レストランで見習いとして働く機会をつかみ取り、施設のある田舎から180キロ離れたパリまで通う日々を送ります。彼に才能の片鱗を見いだした有名パティシエや親切な先輩、友人にも恵まれ、仕事に没頭するヤジット。しかし、腕を磨き、最高級ホテルで働くようになっても、彼に嫉妬する同僚のせいで仕事を失ったり、どうしても振り切ることのできない母親という存在が重くのしかかってきたりと、さまざまな困難が立ちはだかります。
どう見ても八方塞がりの状況に陥った彼が、一発逆転でパティスリーの世界選手権に出場できることになるのですが、ヤジットがとった行動とは一体……?
「自分を信じて突き進む」裏で、見過ごされがちな大事なこと
ヤジットはなぜ若くして一番になれたのか? もちろん、努力したからです。パリの高級レストランと養護施設は180キロも離れているので、勤務後にお菓子作りの練習をしようと思うと、野宿することにもなる。でも、お菓子作りで一番になるという夢ーーおそらくその背景には厳しい幼少期を送った彼の、認められたいという切なる願望があるのですがーーのためにがむしゃらに突き進みます。
この映画では、「夢を持ち続ける」「必死で努力する」ことの意味ももちろん描かれているはいるのですが、実際、それだけで社会の底辺から世界一のパティシエになることは不可能に近かったでしょう。ヤジットは猪突猛進で自信家です。その時々ではひとりで努力しているつもりでも、実は人の力や協力を得ることでステップアップしている。里親、少年期を過ごした養護施設の職員、勤務先のマネージャーや友人など、実はさまざまな人が彼を気にとめ、手を差し伸べているのです。
ヤジッド自身はモロッコ系フランス人ですが、協力者の中に人種的マイノリティの人々が多いのも印象的です。たった一度の失敗で社会から弾かれてしまうこともあるこの厳しい世界で、ヤジットに力を貸す人々も、社会のはずれ者となる怖さを分かっている。孤立せず、緩やかに協力しあえる人とつながる大切さを教えてくれる作品でもあります。
着実にキャリアを積む人々に共通する姿勢とは
筆者はライターという仕事柄、俳優さんのお話をうかがう機会も多いのですが、一見、個人の才能で輝いているようでも、着実にキャリアを積んでいる方々から共通して垣間見えるのは「謙虚でいよう」という姿勢です。個人の看板を背負っていると、自分の頑張りで歩いてきたような気持ちになりがちですが、実は多くの人の協力により仕事が成り立っている。うまく仕事の歯車を回せている人は、それを大切にしているのだなと感じます。
東日本大震災から13年という報道を見ていて、ちょうどその月に当時の職場を退職し、フリーランスとして仕事を始めたため、もう独立してそんなに経つのかという感慨を抱きまた。この映画の試写を見たのも、ちょうどその頃。よく駆け出しで得体の知れない自分に仕事の機会を与えてくれる人がいたなと、思い返して感謝することがよくあります。
自分自身ががむしゃらにやってきたおかげで今があるような気持ちになりがちですが、節目節目で声をかけてくださった方々や、つかず離れずの関係で支えてくださっている方に、この場を借りて改めてお礼を言いたい気持ちです。