「自分で魚を獲れる」ようにするために。働き方改革に先駆けて始まったタニタの「個人事業主化」とは
副業解禁企業の増加のきっかけとなったモデル就業規則の改定が2018年、「働き方改革」が施行され、多くの企業が自社の働き方の見直しに着手し始めたのが2019年です。
そうした世間の動きよりも早く新しい働き方を模索し、実行に移してきた企業が「タニタ」です。体組成計や活動量計といった、家庭用・業務用計量器の製造・販売などを行う同社は、2017年から「日本活性化プロジェクト」を開始。これは、希望する社員を「雇用」から「業務委託」に切り替え、「個人事業主(フリーランス)」として働いてもらうという珍しい取り組みです。
個人事業主化すれば、他の企業の仕事をすることももちろん可能になりますが、「副業を推奨するための仕組み」ではなく、目的は別のところにあるそうです。この「日本活性化プロジェクト」でタニタが目指したものは何か。タニタの経営戦略本部社長補佐・日本活性化プロジェクトメンバーで、合同会社あすあるの代表社員・二瓶琢史さんに詳しくお話を伺いました。
自力で稼げる人を目指す「日本活性化プロジェクト」
―「日本活性化プロジェクト」の概要を教えてください。
二瓶琢史さん(以下、二瓶) 希望する社員の契約形態を、雇用契約から業務委託契約に変えるものです。これを私たちは社員の「個人事業主化」と呼んでいます。希望者はいったんタニタを退社し、個人事業主としてあらためてタニタと業務委託契約を結びます。こうすることで、関係性や働く時間、場所などのボーダーラインをなくし、双方が共に成長することを目指すものです。現在は、28人がこの契約に移行して働いています。
ーなぜこの取り組みを始めたのですか?
二瓶 現社長である谷田千里がタニタを引き継ぐ時に、あらためて「会社の核にあるのは『人』である」と考えたことがきっかけです。資産やお客様を引き継ぐとともに、タニタで働く人を引き継いだのですが、その際、課題が大きく二つ出てきたそうです。
その一つが、「業績不振になると会社も人も共倒れになること」。会社にとっては、会社が苦しいときにこそ頑張ってくれる人が良い人材と言えるのかもしれません。ただ、タニタの仕事だけに依存していると経済的に立ち行かなくなってしまうこともあるでしょうし、家族やパートナーがいる場合は、その人たちも巻き込んでしまう。
そこで、社員本人がタニタ以外でも稼げる力……私たちは「自分で魚を獲れるようにする」と言っていますが、その力をつけた上でタニタの仕事もできる。そういった関係性を築けるのが理想なのではないかと考えたのです。
もう一つは、メンタル不調者の問題がありました。タニタは「『はかる』を通して世界の人々の健康づくりに貢献していくこと」を理念として掲げていますが、それでもメンタル不調者はゼロになりません。その理由を掘り下げていくと、仕事に対して「やらされ感」を感じている人がいるという問題が見えてきました。やらされ感がある上に仕事量が多いとメンタル不調になりかねません。もちろん、業務量の問題であれば調整しますが、さらに社員自身にも、日々の業務を自分事として取り組むようなマインドセットが必要になります。その対策として考えたのが「個人事業主化」でした。
―思い切った取り組みですね。他の案も検討されたのでしょうか?
二瓶 特に検討していません。なぜなら、タニタではすでにさまざまな人事施策を行っていたからです。一つは、「ガンガン働きたい」人で、かつ「社外の仕事」をしてみたい人のための「チャレンジャー制度」。これは、完全にタニタの業務以外の仕事に挑戦するための制度です。
もう一つは、タニタで「現在の仕事」をしつつも「現在はあまり働けない」という方のための「限定社員制度」。これは介護や育児をはじめ、さまざまな個別の事情である程度勤務時間や場所を制限しなければならない人向けの制度です。この制度を活用して、両親の介護をしながら勤務時間を大きく減らして働いていた社員もいます。
このように、働き方と社内外の仕事を軸に、4象限に分けて考えたのが次の図です。こうして見てみると、「現在の仕事」で「ガンガン働きたい人」に応えるための仕組みがないことに気がついたのです。
自社の仕事をもっと増やすのは、残業時間の上限などから法律に引っかかりやすい部分です。ただ、社内で新たなことに挑戦したい人がいる以上、その時間の壁を突破してでもその人たちに報いる仕組みが必要だと考えていました。その打ち手としても「個人事業主化」がぴったりだったため、仕組みづくりを進めることになったのです。2016年に構想を詰めて、2017年からスタートしました。
―副業を勧めるのではなく、社内でさらに働きたい人のための仕組みだったのですね。
二瓶 この仕組み自体が今の「副業解禁」の流れでできたものではありません。ですから、他社の副業解禁とは一線を画した取り組みですし、社員に副業を推奨するものでもありません。あくまでも、時間と場所に縛られずに働きながらタニタで新しいことにチャレンジしたり、今以上に業務にコミットしたりするためのものなのです。
不安を潰して、チャレンジしやすいような仕組みを設定
―この仕組みを進めていく上での懸念事項はありましたか?
二瓶 やはり、社員・経営者両方から意見が出てきました。特に、一般の社員からは「自分で仕事を取ってくるなんて、本当にできるのか」「給与が不安定になりそう」「いきなり打ち切られたりしないか」といった声が寄せられました。そういった声も鑑みながら、取り組みの内容を決めていったのです。
そこで、個人事業主化をする場合は、まずは今タニタで任されている仕事をそのまま業務委託することを原則としました。同じ仕事を継続する場合は、「その人がその仕事をするには今の対価(給料)が正当である」と考え、その人の年収をベースに同程度の額が支払われます。その上で、他の仕事も受注すれば追加報酬が支払われる仕組みです。
契約期間は3年で、1年単位で更新します。更新はお互いの意思を確認して行いますが、もしも更新せず契約終了となっても、その後2年は猶予がある状況を作ることで、急に契約を打ち切られて仕事がなくなってしまう状況に陥らないようにしました。
―タニタ側から契約更新をしないケースもあるのでしょうか?
二瓶 当然、あり得ます。個人事業主になる以上、それは覚悟しておく必要はあるでしょう。ただ、これまでの実績として、個人事業主側が契約終了を申し出た例はありますが、タニタ側から申し出たことはありません。
―他にはどんな不安が寄せられましたか?
二瓶 社会保険から外れることへの不安ですね。個人事業主になると社会保険は全額自己負担になります。そこで、今会社が負担している分は報酬設計の基礎に含めることにしました。交通費などの経費も、その人が前年に会社で使った分を実績ベースで報酬設計に組み込んでいます。その代わり、追加で実費精算はせず、後は自分の裁量でやりくりしてもらう。つまり、今まで社員として行っていた業務に関して掛かっていたお金はすべて必要なものとして、報酬に組み込んでお渡しするという考え方です。
ールールとして決めていることはありますか?
二瓶 個人事業主ですので、もちろん他社の仕事をしても問題ありませんが、事前申告をお願いしています。理由は、秘密保持のためです。ただし、相手との秘密保持もあると思うので、具体的に「何をするか」まではこちらからは聞きません。いつ頃、誰と仕事をするのかだけを共有してもらっています。
とはいえ、実際に社外の仕事をしている人はそれほど多くありません。一度アンケートを取ったところ、1回でもタニタ以外の仕事をしたことがあるのは個人事業主化した人の半分程度。しかも、「経験程度に少しやってみただけ」という人が多いようです。もともと、この仕組みが「自社の仕事を100%以上取り組む人にどのように報いるか」を目的にスタートしているので、あまり「他社の仕事をしましょう」と推奨していないのも影響していると思います。
個人事業主化で、働く場所と時間の自由度や収入がアップ
―これまでに、約30人が個人事業主化をされたとのことですが、どのような方が移行されていますか?
二瓶 男女比は社員とほぼ同じ。男性70%、女性30%程度です。部署としては事務や企画、営業の方が多く、技術系がやや少なくなっています。これは、当社のメイン事業がはかりの開発で、はかりは法律が定められているため、やや保守的な技術であることも影響しているのかもしれません。年代は、30~50代がそれぞれ約30%ずつで、20代が10%程度となっています。
―個人事業主化をされた方はどのような感想を持っているのでしょうか。
二瓶 「時間や働く場所の自由度が上がった」と感じている人は多いです。業務量に関しては、増えた人がやや多くなっています。ただ、「仕事量は変わらない」「減った」という人も一定数いるのですが、それでも所得が増えた人も多いです。
―社内とはいえ、新たな仕事をもらうには、本人の能力やコミュニケーション力が必要なのではないかと感じます。
二瓶 やはりそこは如実に影響が出ます。引きも切らずにいろいろな部署から毎月のように業務を依頼される人もいれば、まったく声がかからない人もいる。職種にもよるかもしれませんが、その人がそれまでに作ってきた実績や人間関係は影響していると感じています。
会社と対等に話し合い、何にコミットするかを決める
―マネジャーになってほしかった人が個人事業主化をしたことで、役職に就くのを断られるなどといった組織作りへの影響はありませんか?
二瓶 マネジャー職自体も委託しているので、特に問題はありません。例えば、総務部長をお願いする際にはその仕事のタスクが決まっていますから、それを委託する形です。ただ、契約条件を決める際に断ることはできるので、「あなたに課長をしてほしい」と依頼をしたときに断られる可能性もあります。相手が個人事業主である以上、強制はできません。一方で、「報酬がいくらならお願いできる?」といった交渉をする余地はあります。もちろん、「お金の問題ではない」と言われたら諦めることになりますが……。
社員であれば組織命令なので辞令は断れませんが、個人事業主なら交渉できるし、会社側も提示された金額を見て「本当にこの金額を出してでもこの人に依頼する意義があるのか」と考えるきっかけにもなります。依頼を断られたから契約更新をしないといったことはなく、お互い合意した範囲内で何をしてもらうのかを話し合う。対等な関係だと思います。
―一般的には「社員のまま他の仕事もしてみたいから、副業を解禁してほしい」という方が多いように感じます。今後、御社で社員のまま副業解禁することはあり得ますか?
二瓶 特にそういった話は出ていませんが、個人事業主化できる仕組みがある以上、これを活用してもらうことになるでしょう。さまざまな働き方に対応できるものなので、「本当に副業をしたいのであれば、個人事業主として挑戦してください」という話になると思います。
―この取り組みについて、整備の必要性は感じていますか?
二瓶 取り組みが始まって6年経ち、現状、個人事業主に挑戦したい人が出尽くした感はあります。新規で社員からこの取り組みに移行したい人もこの2年で激減しました。仕組みの形骸化の恐れもあるので、少し工夫する必要性があるかもしれません。ただ、会社としては、自立して自分で仕事を取りにいく力を持った人を増やしたいという方向性は変わらないですね。
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