仕事もお金もないけれど…。映画『枯れ葉』が描く、真面目に働く者に等しく訪れる幸せな夕べ【オススメの旧作2本も紹介】
1年を振り返り、働き方や生き方について見直す時間が増えるこの時期。今年最後に紹介する映画は、フィンランドの作品『枯れ葉』です。タイトルやビジュアルから「暗そう」「さらに落ちそう」と思われるかもしれませんが安心してください。うまくいかないことがあったり、孤独で年の瀬のムードがつらかったり、そんな冬の寒さが身に染みている方にこそ見てほしい作品です。また、本記事の後半では年末年始特別編として、配信サービスで見られる「フリーランスに薦めたい旧作2本」もご紹介します。
職なし、金なし、家族もいない2人が出会って…
ストーリーはシンプルで、いわゆる労働者階級の中年男女によるボーイ・ミーツ・ガールもの(やや言葉に矛盾がありますが…)。主な登場人物は、スーパーマーケットに勤めるアンサと、工事現場で働くホラッパです。
アンサはある日、理不尽な理由で職場をクビになります。ホラッパのほうは工事現場に酒瓶を隠し持っているほどのアルコール依存症。問題を起こさないわけがなく、案の定、仕事を失う展開に。そんな職なし、金なし、家族もいない2人が偶然の出会いから互いに引かれ合うのですが…。
このアンサが、とてもかっこいい女性なのです。スーパーをクビになり、パブの厨房手伝いになるも、店が警察の手入れに遭ってまた仕事を失ってしまう。その後も肉体労働に従事するのですが、“遂行”という言葉が似合う正確さと安定したリズムで黙々とこなします。
そんな真面目な彼女が、なぜスーパーをクビになったのか? 理由自体は日本の小売店でもありそうな足の引っ張り合いなのですが、やっかいなのが「ゼロ時間契約」という労働形態。雇用主に最低労働時間を保障する義務がなく、必要な時だけ労働者をシフトに入れるというもので、欧州では2010年代から問題視されています。休業手当などもつかず、解雇も事前通告されません。
アンサも納得いかない理由で急にクビを告げられるのですが、“こんな職場こっちから願い下げ”とばかりに堂々と店を出て、普通に考えると真っ先に生活の心配をしそうなものなのに、ラジオをひねってロシアのウクライナ侵攻のニュースに怒りをにじませる。理不尽なことばかりふりかかるし、ラジオをつければ戦争のニュース。それでも正しいと思うことを信じ、胸をはって生きている。
一度は引退したアキ・カウリスマキ監督が再び映画で語らざるを得なかった背景
文字で説明すると、やっぱりものすごく暗い映画に思えますよね? でも、不思議と悲壮感が漂わないのは、アキ・カウリスマキという監督が厳しくも温かい目線で、こうした労働者の小さな物語を丁寧に描いてきた人だからかもしれません。
動きが少ない登場人物たち、独特の“間”が生むおかしみ、なんだか笑える無表情な群衆、そして必ず登場するワンコ。独特のユーモアにあふれていて、音楽チョイスのセンスも抜群。その確立された独自のスタイルが世界の映画ファンに人気の巨匠ですが、前作『希望のかなた』(2017年)で引退を宣言していました。本作で復帰したのは、映画ファンにはうれしい限りなのですが、随所にラジオからウクライナ侵攻のニュースが流れるシーンを入れるなど、再び映画で語らざるを得なかった世の中への危機感や怒りが垣間見えるようです。
この映画の労働者たちは屈しません。つらい1年を送った人にも、等しく訪れる美しい夕暮れを見せてくれる映画『枯れ葉』。背筋を伸ばして生きていれば、いいことがある。81分という短い上映時間に滋味がぎゅっと詰まっていて、年の瀬に、ささやかな幸せを感じて映画館を出られる作品です。
フリーランスに薦めたい!配信サービスで見られる旧作2本
今回は年末ということで、お正月休みに配信サービスで楽しく見られる旧作2本もご紹介します。筆者自身がライターなので、ライター目線で選びました。
『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』
わけあって失業中のジャーナリスト・フレッドと、米国務長官かつ次期大統領候補のシャーロット。そんな凸凹カップルによるラブコメディです。
2人は実は幼馴染。シャーロットは成長して完璧な美女と評判の国務長官になり、過激な取材が売りでいかにもヤバそうなフレッドを自分のスピーチライターに指名する。そんなマンガのような設定のお話ですが、大人が笑える下ネタと時事ネタ(製作・公開時はトランプ政権下)をふんだんに盛り込み、楽しませてくれます。方向性や職業はずいぶん違いますが、「フリージャーナリスト」「国務長官」という職業をただの記号ではなく、自分の信条に従って仕事をしている2人の姿を描いているところに好感が持てます。いわゆる“美女と野獣”コンビながら、補い合える2人を演じるセス・ローゲン×シャーリーズ・セロンがはまり役です。
『ビルド・ア・ガール』
想像力のたくましい高校生がロック誌の音楽ライターになるも、調子に乗っていろいろやらかしてしまうという、けっこうビターな青春物語です。
主人公はイギリスの地方都市に暮らす16歳のジョアンナ。ぽっちゃり体形×厚底メガネの女の子で、容姿には自信がなく、周りの生徒からは変わり者扱いされています。両親には定職がなく、子だくさん。そんな貧しい家族を、自分の失態が原因でさらなる窮地に追いやってしまったジョアンナは、お金を稼ぐためにロック誌のライターに応募します。ロックのことなど何も知らないのに、豊かな文才と表現欲求を爆発させ、セクシーな衣装に身を包んだ 「ドニー・ワイルド」という“キャラ設定”で辛口批評家に変身。チヤホヤされるようになるのですが…。
なにせジョアンナはまだ16歳なので、近づいてくる大人たちの思惑も、男ばかりの編集部での存在感の示し方も分からない。そんな彼女が自分らしさを見つけ出し、成長していく姿は共感必至です。
「自分の書きたいもの<読まれるもの」に走ってしまう、取材対象が魅力的すぎた場合インタビュー原稿がお花畑になりがち――そんなライターとしてはちょっと耳の痛いエピソードも満載。年末年始のお休みに、気軽に観られてエネルギーをもらえる1本です。
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