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ベリーダンサーでメンタルトレーナー。踊るマインドを整え、鍛える指導で唯一無二の存在に〜WillとCanの交差点 第4回

「やりたいこと」だけでは食べていけない。「できること」だけでは満足できない。フリーランスとして長く働き続けるには、「やりたいこと(Will)」と「できること(Can)」の重なり、いわば「WillとCanの交差点」を見つけ、伸ばしていくことが大切です。

本連載ではCanを活かしながら、Willとの重なりを広げていくフリーランスを紹介。今回登場するのは、ベリーダンサーのKUNIさんです。
ショーや舞台で活躍しながら、ベリーダンス講師として指導にもあたるKUNIさん。ダンスのテクニックのみならず、ダンサーとしてのマインドを育てるメンタルトレーニングが評判を呼び、いつしか彼女のレッスンは受講者から「KUNIベリーダンスクリニック」と呼ばれるように。
まるで「治療」を受けたかのように元気になる、見違える、結果が出る。彼女独自の指導メソッドを確立するまでには、傷だらけになりながらもWillを追い求め、もがきながらCanを広げていった日々がありました。

競技ダンスでプロを目指すも、人生初の挫折体験

KUNI(クニ)さん。ベリーダンサー、ベリーダンスインストラクター。2015年 東京国際ベリーダンス大会フュージョンソロの部優勝、The One Bellydance Competitionフュージョンソロ部門優勝。2017年には、スペインで開催されたOriental Dance Meetingの大会で、日本人初となる2部門優勝を達成。東京を拠点に国内各地でクラスを開講。

はじめまして、ベリーダンサーのKUNIです。
フリーランスのベリーダンサー、ベリーダンス講師として活動をはじめて、13年になります。

本格的にダンスを始めたのは、大学生のとき。ベリーダンスではなく、男女のペアで踊る競技ダンスから、私のダンス人生は始まりました。基本のステップもままならないころから、なぜか「将来はプロのダンサーになる」と野望を秘めていた私。大学卒業後は、会社員をしながら競技ダンスを続け、いずれプロに転向することをめざしていました。

ただ、ダンス1本で食べていくのは、なかなか容易なことではありません。ダンスのパートナーでもあった夫は、プロになることには反対。結果的にはペアを解消し、のちに離婚を選択することになります。

「競技ダンスでプロになる」という道が閉ざされたことは、私にとって人生初の挫折体験でした。職場の人間関係で悩んでいたことも重なり、心身のバランスが崩れていきます。中度のうつ病と診断され、仕事も休職。ただ、このときの苦しみが、メンタルケアやコーチングの学びへとつながっていくのですから、「人間万事塞翁が馬」とはよく言ったものです。

1枚の履歴書から新しい道が拓けた

鬱から回復した私は、「一人で踊れるダンスを」と、新たなダンスの世界に足を踏み入れました。そして出会ったのが、ベリーダンスとハウスダンスです。

仕事が終わるとスクールに直行し、深夜までダンスに明け暮れる日々。そして2017年の冬、ダンス1本で生きていくことを決意して会社を退職し、フリーランスとなりました。

まずは、アルバイトをしながらスポーツジムのオーディションを受け、業務委託のダンスインストラクターとして活動をスタートしました。
最初はハウスダンス、ラテンダンスを中心にレッスンを担当していましたが、ひょんなことからベリーダンスのクラスを受け持つことになったのも、不思議な巡り合わせです。

スポーツジムには、クラスを受け持つ講師の都合がつかないときに、別の講師が代理でクラスを担当する「代行」というシステムがあります。代行は、自分の顔を売るチャンス。次の依頼につながるようにと、私は代行のたびに履歴書を持参していました。

あるとき、代行で入ったスタジオでいつものように履歴書を渡すと、運営スタッフの方が目に留めたのが、趣味の欄に書いた「ベリーダンス」。「ちょうどベリーダンスの講師を探していたんです。やってみませんか?」と声をかけてもらったんです。

講師として恥ずかしくないようにと本格的に学び始めると、たちまちベリーダンスの奥深さに魅了されました。
学びながら、教える。
スタートから、この両輪を本気で回せたことは、幸運だったと思っています。

徐々に講師としてもベリーダンスのクラスの比重が大きくなり、プロのベリーダンサーとしてクラスを主宰するようになりました。現在はスポーツジムなどの業務委託は受けず、収入のすべてを主宰する教室の運営、ワークショップ、ショーの出演などから得ています。

コンペ出場は信頼を勝ち取るための挑戦

ベリーダンサーとして独り立ちできるようになった大きなきっかけが、コンクールへの挑戦です。
と言っても、フリーランスになってからしばらくは、コンクールにはまったく興味がありませんでした。今思えば、明確な順位がつくことを恐れていたのだと思います。

そんな私に喝を入れてくれたのが、学生時代から師事している競技ダンスの師匠です。
「なんの経歴もない、どこのスクールにも所属していない新人のあなたに、誰がレッスンをお願いしようと思えるの? 無所属で新人のあなたは、コンペで優勝することでしか信頼を得られない。結果を出してはじめて、人に教えるための信頼を獲得できるのよ」と。
痛いところをナイフでグサグサと刺された感じがしました。自分の弱さと逃げをズバッと言い当てられて、悔しくて、恥ずかしくて……。

東京国際ベリーダンス大会のフュージョンソロ部門にて、優勝と審査員特別賞のふたつの賞を受賞したのは、その2年後の2015年のことです。さらに同じ年、The Oneというコンクールの初代チャンピオンに。2つの大きなコンペで優勝したことで、ベリーダンス界での認知が一気に上がりました
ベリーダンス歴が浅い無名の新人が、コンクールに挑戦しはじめてわずか2年たらずで優勝した、ということで、話題性もあったのだと思います。

コーチングを学んで「自己中マインド」に気づく

私の主宰教室には、入門クラスがありません。
多くのダンススクールでは、ダンス未経験、ベリーダンスは初めてという方を教える「入門」「初心者」のクラスを設けていますが、私が提供できる価値はそこではない、と考えているんです。初めてダンスに触れる方への指導は、もっと得意な人に任せたほうがいい。私は、プロを目指す方、趣味の域を超えてしまった方を対象にレッスンを開講しています。隙間産業狙い、とも言えるかもしれません(笑)。

ただ、こうして自分の価値を明確にできるようになったのは、ここ数年のこと。
ダンサーとして舞台に立つことと、ダンス講師として人に教えることの間には、大きな違いがあります。すばらしいダンサーがすばらしい教師とは限りません。私は長いこと、その壁にぶち当たり続けていて、実は3度も自分の教室の生徒をゼロにしているんです。

「KUNI先生みたいにはできません」
せっかく門を叩いてくれた生徒さんたちが離れていってしまった原因は、私が超のつくほどの自己中心的人間だったから。「うまくなりたいなら、もっと頑張ろうよ!」「絶対上達させるから、ついてきて!」と自分のやり方を押し付け、生徒をコントロールしようとしていたんですね。

その怖さに気づくことができたのは、コーチング理論を学んだからです。

もともと心理学には興味がありましたが、しっかり学ぶきっかけになったのは、新型コロナウイルスの流行でした。文化芸術は「不要不急」のものとされ、教室を開講することも、ショーに出演することもできないなかで、私はまたもメンタル不調に見舞われます。

そこで思ったのは、しっかりメンタルケアを学ばないと、何度でも同じ目に遭う、ということ。独学では続かないと考え、コーチング理論を学ぶスクールに入学しました。

学び始めのころ、「これはおもしろい!」とのめり込んだのは、この理論を自分のモノにすれば、人を思うように動かせるのではないかと思ったから。……この発想、かなり恐ろしいですよね(笑)。

でも、私ときたら本気も本気。講義でも「生徒さんをコントロールするには、どうしたらいいんでしょう?」と目をキラキラさせて質問したくらいです。そのときの先生の「おっと……」という顔は、忘れられません。
私が生徒さんに対してやっていたのは、指導ではなく、コントロールだったんだ、と気付かされた瞬間でした。

人をコントロールしようという思考回路は、自分自身も追い詰めるもの。過剰なほどの上昇志向で努力をいとわない反面、理想に合致しなければそんな自分を許容できない。そのうえ、プライドも高いから弱音も吐けずに、さらに自分を追い込む。これが、私が何度もメンタル不調に陥ってきた根本です。
教室の生徒全員から見限られること3度、人に愛されない、怖がられてしまうことには薄々気づいていましたが、自分自身も愛せていなかったことに、ようやくこの学びで気づけたのだと思います。

真のニーズに合わせた指導ができるように

コーチングとは、相手が自分軸で動けるようにサポートすること。
理論を学び、メンタルトレーナーの資格を取得してから、ベリーダンスの指導スタイルも大きく変わりました。
以前の私は、背中を見せるつもりが、その実、生徒を置いてけぼりにして突っ走っていたんですね。「教える」「与える」という上から目線に立って、自分が提供したいものを豪速球で投げ込んでいた。

コーチングを学ぶことで、目の前の人の欲求にフォーカスし、この人に本当に必要なものは何かと探る視点に立つことができるようになりました。
そうすると、自ずと相手との会話のキャッチボールが大切になるし、どうしたらより伝わるだろうと考えます。話をたくさん聞いて、どんなふうに踊りたいのか、一緒に考えて、寄り添うことができるようになってきたことは、大きな変化です。
たくさん話を聞けば、その人が本当に何を求めているかがわかる。そうすれば、相手のニーズに合うものを提供しやすくなって、レッスンの満足度も高まる。いま、とてもいい循環ができていると感じています。

私の変化は、生徒さんにも伝わっているよう。
レッスン室に入ってくるときの表情からして違うんです。ワクワクして、エネルギー満タンでレッスンに臨んでくれる。

また、レッスン後に、生徒さんから「KUNI先生が自分たちのことを本当に考えてくれていることがわかるから、きつくても頑張ろうと思える」と言ってもらえたときは、本当にうれしかったですね。
それまでも「指導が熱い」「ダンスの知識が豊富」といった評価をいただくことはありました。でも、「自分たちのことを考えてくれているのがわかる」と言われるようになったのは、コーチングを学んでからです。

さらには、スパルタ指導を返上したにもかかわらず、コンペで入賞、優勝する生徒さんが続出! 

ある生徒さんは、ずっと予選落ちが続いていたのですが、昨年後半からめきめき踊りが変わり、決勝進出、準優勝としっかり結果も残せるように。
「KUNI先生とコンペに挑戦するなかで、自分のめざす踊りがはっきりしてきたから、今は迷いがないんです」と話してくれたのが、印象的でした。

ダンス哲学を伝える唯一無二の指導者に

「ベリーダンスの講師が、なぜメンタルトレーニングを?」と疑問に思われるかもしれませんが、結果を出したい、うまくなりたいと真剣な生徒さんにこそ、メンタルトレーニングは効果がある、と感じています。

「うまくなりたい」「コンペで勝ちたい」という人は多いけれど、どうなったら自分が上達したと感じられるか、なぜコンペで勝ちたいのかと問われると口ごもってしまう人は少なくありません。

実は、そこを明確にすることが、とても重要。
2時間のプライベートレッスンのうち、1時間はカウンセリングということもあります。
ときには、ダンスそのものではなく、学ぶときの姿勢について話し合うことも。伸びるためには、素直に聞くことや、まずやってみることがとても大事ですが、これが案外できないことも多いのです。「お金を払って来ているのに」「先生は自分より年若い」といった気持ちが、学ぶときの足かせになっていることもあります。このマインドを変えないと、受け取れるものも受け取れません。
生徒さんは「お客さん」だから、耳に痛いことはなるべく言わないのが普通かもしれません。でも、それでは上達も望めないと思うし、大元のマインドが変わると確実に踊りも変わります。

「音楽に合わせて即興で踊れるようになりたい、音楽に乗ってのびのびと表現ができたときがいちばん幸せ」
心の奥底を見つめた結果、コンペ出場を辞めた方も。それは決して諦めではありません。自分の本当にしたいことが明確になったからこその前向きな選択。「10年以上も続けているのだから、客観的な評価が欲しい」という呪縛から解放され、純粋に踊りと向き合えるようになった彼女は、私から見ても本当に生き生きとしていて、輝いています。

ベリーダンス業界に横のつながりを

5年後は、現役のダンサーを引退しているかもしれません。理想とするパフォーマンスができないと感じながら舞台に立つならば、後進の育成に全力をあげるほうが私らしい、と考えているんです。そんなことを言いながら10年後もやっぱり舞台に立ち続けている可能性も(笑)。先のことはわかりませんね。
ただ、ベリーダンスの世界で、40代で早期引退し、指導者としての活動だけで食べている人はおそらくゼロだと思います。私は隙間産業好きだから、そういうモデルケースになれたらいいかな、という野望もあって。

ベリーダンス業界においては、ことビジネスという視点に関しては、ほとんどメソッドがないに等しい状況です。多くの先生はフリーランスですが、「こうすればうまく行く」というロールモデルのいないなかで、手探りで教室運営をしている人がほとんど。
集客、指導方針は、フリーランスのダンス講師に共通の悩みではないか、と思います。
私自身、フリーランスになってからの10年間は常にこの2つが悩みの種でした。なんとか歯を食いしばってくらいついてきたものの、頑張っても頑張ってもしんどかった……。
2021年からコーチングメソッドを学び、さらにビジネスセミナーで「踊り」以外のベースを固めるインプットをしたことで、ようやく状況が変わりました。集客力が上がり、年収も安定的に上がっています。

やっと余裕を持つことができるようになった今、私がこの先に取り組みたいと思っているのは、ベリーダンスのプロ同志のつながりを作っていくこと。ゆるやかな横のつながりができて、お互いに手を取り合えるような関係性が築けたなら、ダンス業界ってもっと活性化するんじゃないか、と思うんです。

教室運営のノウハウをお互いにシェアできるコミュニティがあれば、ダンスを生業にできる人がもっと増えるかもしれない。また、ほかの先生がどんな指導をしているのかを知ることで、自分の引き出しが増えることもあるでしょう。

惜しみなくシェアすることで共に成長する

実際、私は他教室と共同開催のオープンクラスを全国各地で開催していますが、自分の教室の生徒さんにも非常に好評です。
余裕がないと「生徒を囲い込む」というマインドに陥りがちですが、これってすごくもったいない。ダンスには正解がないから、アプローチ法もさまざまです。いろんな先生の教え方に触れることで、今まで習ってきたことがピン!と1本につながるような瞬間が訪れる。その経験は、飛躍的にダンスを上達させてくれるきっかけになります。

もちろん、ほかの先生との出会いによって、私の教室を卒業する人もいます。でもそれは、私から学ぶべきものを学び、次のステップに進んだ、ということ。
ある方が「KUNI先生のところで学んだ”ダンスイズム”があると、どこへ行っても愛されますね」と言ってくれたことがあります。
これは私にとって、宝物のような自信になっています。プロのダンサーなら誰でも、踊るためのテクニックは教えられる。でも私は、踊るためのマインドや哲学までを伝えたい。そこに共感し、一緒に学ぼうという人が集まってくれていることに手応えを感じているし、もっと広く伝えて、手を取り合う仲間を増やしていきたい。私の次なる野望です。

取材・文/浦上藍子
出版社勤務を経て、2014年にフリーランスの編集・ライターとして独立。雑誌、ウェブでの記事制作、書籍のライティングなどを中心に活動しています。趣味はフラメンコと韓国ドラマ鑑賞。

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