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ミリオンヒット連発の敏腕漫画編集者が教える、長く活躍するクリエイターの心得

高いクリエイティビティが必要とされる特殊な仕事として、多くの人が思い浮かべるであろう漫画家。一握りの才能あふれる人だけに開かれた、狭き門というイメージがあるかもしれません。しかし、実はいま、漫画家は引く手数多の職業になりつつあるといいます。

お話を伺ったのは、「トキワ荘プロジェクト」を運営する、レジカ代表の小崎文恵さんとレジカスタジオ編集長の武者正昭さん。

トキワ荘といえば、手塚治虫や藤子不二雄といった昭和を代表する巨匠が一つ屋根の下に暮らした、漫画の生地です。その名を冠したトキワ荘プロジェクトでは、漫画家がシェアハウスで共同生活を営み、コミュニティのなかで切磋琢磨しあえる環境を提供しています。プロの漫画家、クリエイターを多数輩出し、今では出版社や漫画配信プラットフォームからも注目される存在に。2023年には編集プロダクション「レジカスタジオ」を立ち上げ、クリエイターの活躍の場を創出しています。

クリエイター育成に力を注ぐおふたりに、この10年で激変したという漫画と漫画家を取り巻く環境、これから漫画家・クリエイターを目指す人に必要なことを伺いました。

漫画家が足りない! 需要拡大の背景は?

――漫画家として食べていけるのは、一握りの才能ある人だけ、というイメージがあります。トキワ荘プロジェクトでは、多くのプロの作家を輩出していますが、その理由はどこに?
 
武者さん(以下武者):この10年ほどで、デビューのハードルはかなり下がりました。漫画雑誌に加え、ウェブやアプリなどの漫画配信媒体が増え、スマホで漫画を読む読書スタイルもすっかり定着しましたね。

武者正昭さん。早稲田大学卒業後、1981年に株式会社小学館に入社。編集者として「少年サンデー」「ヤングサンデー」「ビッグコミック」「ビッグコミックスピリッツ」など、多くの漫画誌に携わり、「月刊flowers」「Cheese!」で編集長を歴任。藤田和日郎の『うしおととら』、小森陽一・佐藤秀峰の『海猿』の編集を担当し、多くのミリオンセラー作家を輩出。
2023年8月よりレジカスタジオ編集長に就任。

小崎さん(以下小崎):人気が出た小説のコミカライズなど、原作、作画の分業も当たり前に。作画作業がデジタル化し、離れた場所にいながらも協働できるようになったことも大きな変化です。

武者:打ち合わせもオンラインでできるし、アシスタントが隣にいる必要もない。連載スタートから最終回まで、編集者と漫画家が一度もリアルで対面しないままの作品もあるくらいです。漫画の作り方が変わり、発表の場も広がり、読まれ方も変わった。僕は40年以上、漫画編集者をやっていますが、この10年の変化はすさまじい。

小崎:トキワ荘の入居者のデビュー率も上がっています。まじめに努力して、うまくなってきたなと思うと、すぐに連載が決まる。出版社から「トキワ荘の若い漫画家たちに会わせてほしい」という問い合わせを受けることも多く、まさに作家の取り合い状態です。ビジネスとしてやっていくなら、意外と漫画家は食べていける職業になっています。

武者:「絶対にこの雑誌で描きたい」とこだわれば、狭き門ですよ。でも、ニーズに応えるビジネス感覚をもって、きちんと努力すれば食いっぱぐれることはないね、本当に。漫画を描けるというのは、職人と同じく専門技能ですから。

社会経験はクリエイターの糧である

小崎文恵さん。特定非営利活動法人LEGIKA代表。パソナにてキャリアコンサルタントとして勤務後、2014年よりNEWVWRY(現LEGIKA)に勤務。17年3月、理事長に就任。

――企業のパンフレット、HPなどで漫画を目にすることも増えました。フリパラでも、漫画ルポは人気のコンテンツです。

小崎:いま、ビジネスの中心にいる40代〜50代は、ジャンプ黄金期に子ども時代を過ごした人たち。ビジネスに漫画を取り入れることに抵抗がないばかりか、積極的に漫画の力を借りようという発想の人が増えていますね。よい商品、サービスを作るだけでなく、そのストーリーを伝えないと消費者に届かない時代でもあります。漫画が求められる場は確実に広がっています。

武者:そういう意味で、漫画家を目指す人にとっても社会経験は糧になるでしょうね。ひと昔前は、若くしてデビューすることが活躍する条件のように考えられていました。でも、今は社会の中で得た実感、生のエピソードこそが、作家の強みになる。取材でもなかなか知り得ない経験は、作品にリアリティを与えてくれますね。デビューが遅くなるというデメリットはあるけれど、社会のなかで揉まれる経験というのは、漫画家を目指す人にとっても必要なものではないかと思います。

――会社員経験を積んでから、漫画家を目指すのでも遅くはない、ということですね。

武者:ただ、漫画家というのは割とアスリートに近いところもあり、心技体がそろって最高のパフォーマンスが発揮できるのは15年くらい だと感じます。20代後半から40歳手前くらいまでがいちばんいいときではないでしょうか。その後は、いくら気力が充実し、アイデアがあっても、1日12時間机に向かって描き続ける、ということが厳しくなっていったりします。だから、「漫画家になる」と決めたなら、足踏み期間はできるだけ減らすべき。

――足踏み期間とは?

武者:
同じ雑誌に原稿を持ち込むも、ボツになり続けて気がついたら3年経っていた……とかね。かなり致命的なロスですが、こうして時間をムダにしてしまっている漫画家志望者は決して少なくありません。原稿が面白くても、雑誌の方針に合わなければ採用されないこともあります。別の媒体にアタックしたり、オリジナル作品ではなく原作ありの作画担当にチャレンジしたり、企業案件を受けたり、今の自分にできること、自分の力を活かせる場所を探すことが大切。

自分を受け入れると道が拓ける

トキワ荘で暮らす漫画家のお悩み第一位は「編集者とのコミュニケーション」だそう。
「武者さんとの1on1がいい練習になっているみたいです」と小崎さん。

――夢や目標にむかってがむしゃらに頑張っている最中は、ほかの選択肢もあるとは考えづらいこともありますね。

武者:そうですね。そこは人の力を頼ってほしい。具合が悪かったら医者にいくし、揉め事がこじれたら弁護士に相談するでしょう。仕事だって、自分ひとりの力でできることには限界があります。漫画も同じです。たとえば編集者に作品を見てもらって、意見を聞く。作品に込めた情熱、自分が面白いと思って描いていることが伝わっていないなら、それは認めなければいけません。そこからがスタートです。

小崎:長く活躍できる漫画家、クリエイターは、作品と自分をちゃんと切り離せているな、と感じます。作品に対しての指摘をまるごと自分に対するものだと受け取ると、きついですよね。ある意味でドライに淡々と対応できる人が長続きするのかな、と思います。

武者:漫画をはじめ、クリエイティブな仕事って、どこか特別だと思われがち。でも、そうじゃないんです。漫画を特殊なものだと考えないこと。たくさんの人に読まれる、見られるものだから、一般化することが大事です。

――「自分にしか描けない作品を」という思いが、かえって邪魔をすることも?

武者:漫画ってある意味では残酷で、原稿にはその人の頭のなかがすべて出ちゃう。「自分にしか描けない作品を」と思わなくても、原稿にはその人の持っているものが投影されているんですね。あるものは出る、ないものは出ない。そういう世界なんです。だから、それを受け入れないといけない。今の自分はこの程度なんだ、ということも含めてね。たとえば「自分はまだ本気出してないだけ」「この編集者はセンスがない」と耳を塞いでしまったら、なかなか次のステップには踏み出せません。

「原稿の最初の1枚を見れば、読まなくても面白いかどうかは大体わかります」と武者さん。
「創作物には、その人自身が余すところなく出てしまう」

小崎:今の自分を受け入れて、「まずはお金になる仕事をやってみよう」とチャレンジの場を変えてみると、新しい面白さを発見したり、自分の作品にもいい影響がもたらされたり、という例もあります。

「やりがい搾取」に陥らないために

――漫画家・クリエイターとして長く活躍するために必要なことって、なんだと思いますか?

小崎:漫画家を目指す若い人は、とにかく漫画がうまくなりたい一心。漫画以外のことに無頓着な人が多いかもしれませんね。トキワ荘に入居する漫画家の卵たちを見ていても、たとえば「メールの件名のつけ方がわからない」なんて人も。でも、クリエイターもひとりの事業主。まずは「契約書を交わす」「仕事を納品したら請求書を出す」といった仕事の基本を知らないと、相当マズイですよね。昨年、私たちは漫画制作の編集プロダクション「レジカスタジオ」を立ち上げましたが、ここでは漫画家と一緒に出版社や企業との交渉を行なっています。

――交渉とは具体的にはどのような?

小崎:たとえば、編集者と漫画家だけでやりとりをしていると、契約の話が出ないままに作品の制作が始まってしまうことも。実際に「口約束で仕事をもらったものの、納品後も待てど暮らせど入金がない」といった相談を受けたこともあります。こうしたトラブルを防ぐために、レジカスタジオでは私たちが間に入って契約書を結び、原稿料についてもきちんと取り決めします。最初に「この部数よりも売れたら印税率をあげてほしい」と伝えることも大事で、こうしたコミュニケーションはこれから先の取引の土台になります。

武者:ただ、作家はなかなかそこに意識がいかないんです。作品を掲載させてもらえるなら「原稿料なんていらない」という人もいるくらいですから。でも、それでは長続きしません。

――契約に関する意識は、クリエイターに限らず、フリーランスとして仕事をするすべての人に必要なものですね。

小崎:また、知的財産に関する知識を持つことも大事です。たとえば、企業からの依頼でPRパンフレットに掲載する漫画を請け負ったとします。この場合、企業が制作物を買い取るため、納品した段階で著作権は企業に移ります。ただし、企業側は作品を買い取ったからといって、なんでもしていいわけではありません。PRパンフレット用に制作した漫画のキャラクターを使って、バッグやキーホルダーなどのグッズを作って販売する、といったことは認められません。

レジカスタジオでは、エージェントして発注側との交渉も行う。
「個人と企業では圧倒的な力関係の差があると感じてしまいますが、クリエイターを守る法律を知っていれば対等に交渉できます。クリエイターは自分と作品を守るために、知識を身につけて」

武者:発注者がきちんと理解していないこともあります。知識をもって自衛しないと、「やりがい搾取」の餌食にされてしまう危険も。

小崎:過去に、ある企業から「こちらで自由に組み替えて動画にしたり、彩色したりもできるように、レイヤー分けしたデータで納品してほしい」という要望を受けたことがあります。ふざけるな、ですね。契約した用途以外で使うことは想定していないし、著作権を譲渡するからって、好き放題いじっていいわけではない。きちんと説明して納得してもらいましたが、もし作家がひとりで対応していたらと思うとゾッとします。

武者:買い取ったらなんでもやっていいなんて思うのは、ちょっと考えたら傲慢だとわかるよね。それは奴隷契約ですよ、もし契約書にそんなことが書いてあったら、断固抗議しないといけない。あとは、納品後に、度重なる修正を依頼されたり、方針変更でまったく違うものを追加制作することになったり、という事例もよく耳にしますね。

――クリエイティブ系のフリーランスに多いトラブルのひとつですね。

武者追加のタダ働きを是正していかないと、日本の労働生産性は落ちる一方です。

小崎:日本では、まだまだクリエイティブに対する理解が乏しいと感じます。クリエイターのやる気や熱意によりかかっている部分が大きい。出版社や放送局だけでなく、さまざまな業界の企業がクリエイティブを使うようになっている今、発注側のリテラシーを高めることが急務です。同時に、クリエイター側も、「あれ?」と思ったときには、言いなりにならずきちんと声をあげることが大事だと思います。

撮影/鈴木江実子

取材・文/浦上藍子
出版社勤務を経て、2014年にフリーランスの編集・ライターとして独立。雑誌、ウェブでの記事制作、書籍のライティングなどを中心に活動しています。趣味はフラメンコと韓国ドラマ鑑賞。

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