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「おもてなし大好き!」がすべての仕事のベース。龍宏美さんのキャリアヒストリー

フリーランス・パラレルキャリアの多様な暮らし・働き方をご紹介する「働き方の挑戦者たち」。今回の主人公は、「何屋か不明」なパラレルワーカー、龍宏美さんです。
Webサイトから商品パッケージ、会場デザインまでも手がけるマルチデザイナーであり、広報や秘書の経験も持ち、さらには飲食店運営の実績もあって、店長を務めるビアバーの厨房ではフライパンもふるうという彼女……。
摩訶不思議なキャリア形成ストーリーをじっくりたっぷり伺います。

新卒時代から社内パラレル!


龍 宏美さん

龍 宏美さん
東京都出身。8歳からの1年間を過ごしたNYの小学校で、パソコン(初代Macintosh)と出会う。独学でWEBデザインを学び、学生時代からHP制作を受注。慶應義塾大学卒業後、グリー株式会社へ入社。化粧品メーカー、飲食店店長を経て、フリーランスのデザイナーに。2019年より吉祥寺のビアレストラン「P2B Haus」の店長。

独学でWebデザインを学び、高校時代からホームページの制作を請け負っていたという龍 宏美さん。大学卒業後は、ソーシャル・ネットワーキング・ビジネスを手がけるグリーに入社します。当時、グリーはまだ創業1年ちょっと。社員数20名規模のスタートアップでした。

「デザイナーとして入社しましたが、いかんせん立ち上げのスタートアップ企業は人が足りない。広報業務も兼務することになりました。さらには、社長インタビューのスケジュール管理から社長秘書もやることに」

上場準備が始まると、広報としての業務量が激増。龍さんが広報に専念できるようにと、デザイナーを募集することになったといいます。

「あれ? 私、デザイナーのはずなのに、デザインやらなくなる? そこでふと我に帰ってグリーを退社しました(笑)。在籍していたのは2年ほどでしたが、このときグリーで一緒に働いていた仲間は、会社を急成長させる馬力を持った濃いメンバー。退職後、フリーランスになってからも彼らとのつながりから携わることになった仕事も数多く、恵まれたキャリアのスタートだったと思います

その後は、デザインの幅を画面の中からリアルなものへと広げるべく、化粧品会社に転職。ロゴやパッケージ、ボトルデザイン、撮影、WEBページ制作まで、商品に関するあらゆるデザインを一手に担当します。
このままデザイナーとして順調に経験を積み上げていくかと思いきや……?

やりたいことは全部やる! 異業種への転身も迷いゼロ 

開店前の「P2B Haus」にて

「化粧品会社にいたときに、飲み友達でもある大学時代の先輩からクラフトビール専門のビアバーを開きたいんだけど、店長にならないか?と声をかけられたんです。もちろん二つ返事でOK。ここから、ちょっとキャリアが不思議な方向に行き出すかも(笑)」

デザイナーから飲食店の店長に? なぜ二つ返事? 異業種への転身にも、まったく迷いはなかったという背景は、少女時代の決意が隠れていました。

「中学の文集に、将来なりたい職業はバーテンダーって書いているんですよ。私は父と折り合いが悪くて、いつも険しい顔をしている父のことを人間味がないとすら感じていたんです。でもそんな父が、たまにお酒を飲んで帰ってくると、饒舌になっていろいろなことを話すようになる。『酒が入ると、なんでも喋っちゃうんだよ、人間は』って。

それを聞いたとき、これは使えるぞ、と思ったんですよね。普段押し殺している弱音、本音をぽろっとこぼして、気持ちをラクにできる。お酒にそういう力があるとしたら、飲み屋というのはすごい重要な場所だぞ、と。楽しく飲みながら、気づけば悩みや抱えている重荷を吐き出せちゃう。

日本に帰ってきてからずっと、日本にはカウンセラーに通うという文化がないことが気になっていました。それなら人の目を気にせずに通えるような、心理カウンセラーみたいなバーテンダーになりたい、と中学生の私は心に決めたわけです。だから、ビアバーのお誘いは、夢が叶うチャンスでもあったんです」

物件探しからオーナーと二人三脚で取り組み、経営を軌道にのせた経験は、龍さんにとっても大きなステップに。数年後には、オーナーとの意見の相違から店を離れることになりますが、ここでの経験はもちろん、現在店長を務めるレストランにも生かされています。

PCとタブレットで作業効率をあげて

「ビアバーを辞めたあとは、フリーランスのWEBデザイナーとして活動。単発のWEBページ制作からベンチャー企業のデザインコンサルティング、楽天グループやリクルートなど大手企業の新規事業のシステム開発プロジェクト、サイトリニューアルなど、幅広い仕事をしていました。週に3日は楽天やリクルートのプロジェクト、2日は個人で請け負った仕事と振り分けて、同時進行でいろいろやっていましたね」

飲みに行くと仕事が舞い込む

カンパーイ!

個人のお店からスタートアップ、大企業まで、さまざまな規模感の案件をこなす龍さん。仕事獲得法を伺うと、「飲みに行くと、仕事が決まるんですよね」とはこれいかに……?

「大学時代から今に至るまでずっと変わらないのですが、飲みながら話していると『こんなことをやりたいんだけど、できる人がいなくて』みたいな話を聞くことがすごく多い。じゃあ、やろうか?と手を挙げつづけていたら、こんな仕事遍歴になりました、という感じなんです(笑)」

ただ、もちろん仕事獲得のために宴席を設けるわけではありません。生来の酒好きで飲み歩いていたら、なぜか仕事が入ってきた、というのが実態のよう。また、「誘われ待ち」ではなく、自分から誘って会をセッティングするタイプであることも功を奏しているようです。

「あの人どうしているかな? 元気かな?と思ったら、すぐ連絡。細く切れそうになっていた友達の糸をもう一度繋ぎ直しにいくという作業はよくしています。単純に会って飲みたいからなんですが、結果的に仕事に結びつくことも少なくありません。

私はお酒が好きだから飲みに誘うけれど、お茶でもいいし、ランチでもいい。自分から声をかけると、『私が力になれることで困っている人がここにもいた』ってこと、結構あると思います」

仕事の根幹は“おもてなし精神”

自慢のビールを注ぐ

「飲み屋で仕事を受けると何がいいって、そもそも仕事以外での関係性ができている人とだから、相手の希望やイメージを踏み込んで聞きやすいんです。仕事のしはじめが“飲み屋で受注”だったのは、だからすごくよかった。

クライアントのニーズを直接聞いて柔軟にブラッシュアップすることの繰り返しで、仕事の筋肉が相当鍛えられました。自分の持っているスキルのひとまわり外側を学ぶことができたし、そこで得た力は私の核になっていると思います」

その核とは、デザイン力ともうひとつ、お客さんをがっかりさせないもてなし力だと、龍さんは分析します。

おもてなしって接客業だけじゃなく、相手のある仕事にはすべて共通するもの。Webデザインでは、よくUXなんて言葉も使われますね。

使う人が気持ちよくなければ、いくらかっこよくても選ばれないわけで、UXを考えるなんて当たり前以前の話。でも、意外とスキルの押し売りみたいなサイトって多いんです。

私はお客さんにスッと理解してもらえる道筋を作るのが好きで得意。店でのお客さんとのトークも、Webデザインもそこは同じ。そこが私の強みかな、と思います」

業種の枠にとらわれない

グラスにあしらわれたロゴも、龍さんの作品

現在は、デザイン関連の仕事もしながら、吉祥寺にあるビールレストラン「P2B Haus」の店長としてお店に立つ龍さん。

「私はひとつの仕事に絞る、ということができなくて。こっちの仕事でちょっと疲れたら、別の仕事でリフレッシュする。仕事が趣味なんですね。

ほかにも母校の慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで、ある歌手が担当する「うた」という授業のアシスタントもしています。先生が例示した曲をさっと流したり、音楽用語を通訳したり、学生の理解度を深めるためにサポートするのが私の役割。これも、飲んでいるときに『誰か俺の言っていることがわかって、平日の朝イチから藤沢に来れる人いないかな〜?』って目を見て言われたのがきっかけで、もう12年続いています」

聞くほどに、どんどん新しい活躍フィールドが登場する、龍さんのお仕事ヒストリー。仕事の枠というものには一切囚われていない人であることがわかります。

「自分でも何屋かわからない(笑)。でも、決めていないというほうが正しいかもしれません。もちろんひとつの道を極めるのもかっこいいけれど、あちこちにいろんな挑戦をする働き方があったっていい。後者であるなら、あえて自分の肩書きを決める必要はないと思うんです」

ヒロミ的お仕事術

「自分でも何屋かわからないけど、それでいいかな」

最後に、さまざまなフィールドで自由闊達に活躍する龍さんに、フリーランス仲間にシェアしたい仕事術やモットーを伺いました。

●謙遜は損! ポジティブワードに言い換える

「依頼を受ける際、『大したことはできませんが、私でよければ……』なんて謙遜する人もいるけれど、私は謙遜しません(笑)。謙遜は損だと思う。

私はWebからパッケージデザイン、アプリ、会場デザイン、なんでもやるけれど、たとえば会場デザインはその道1本でやっている人にお願いしたほうが早いかもしれない。

でも、私は商品のデザインも、それを販売するためのWeb制作もしていて、商品やクライアントについての理解が深い。クライアントは、私にコミュニケーションをとればすべての制作物ができる。

これってクライアントにとってはめちゃくちゃラクなんです。『少し時間がかかってもよければ、ワンストップでできますよ』といった感じに、自分の売りをポジティブに自信をもって表現することって重要だな、と思います」

●メールやチャットで「証拠保全」

「飲み屋で仕事をもらう、というとなんだか適当そうに思われるかもしれませんが、仕事として受けるからには予算、納期、想定工数などの確認は必須。修正回数3回以上は、1回につきいくら料理金が発生しますなど、しっかり見積書に書いておくことも必要です。

言った、言ってない問題を防ぐため、口頭で言われたことも必ずメールやチャットで再確認。ミーテイングも録音録画して、何かあったときにお互いの記憶の補完ができるようにしています」

●お断りと謝罪文は文章生成AIを活用

「謝罪やお断り、理不尽な対応をされたときの返信などは、文章生成AIに提案してもらうのがおすすめ。もちろん手直しは必須ですが、心にかかるストレスがぐっと少なくなります。つらい文章を書くときって、人間ってどうしても変なプライドが働いてしまって無意識のうちに余計な一言をいれがち。謝罪文をAIに任せるなんて、と眉をひそめる前に、一度試してみてください!メールの文面でさらに心証を悪くするなんてことがないように、まずは感情のないAIにフラットな叩き台をつくってもらうのは、地味なAI活用方法ですが(自分にとっても相手にとっても)効果は抜群ですよ」

●SNSでセルフブランディング

「お仕事HPやポートフォリオ作成までは手が回らない、という人でも、SNSに笑顔の写真を上げるくらいなら簡単にできるはず。

『楽しく元気にやっています!』というのを発信するだけでも、フリーランスにとっては仕事の種まきになることがけっこうあります。SNSでつながっている数百人に“思い出してもらう”効果って、あなどれません

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いくつもの仕事をこなし、飲んで、食べて、大笑いして、エネルギーのかたまりのような龍さん。小中高と都内の有名お嬢様学校に通い、しきたりやルールの中で窮屈な思いもしてきたことが、今のこの奔放なキャリアの原動力にもなっているそう。

龍さんのパワーを浴びて気合いを入れたい方は、ぜひ吉祥寺のP2B Hausへ!

写真/榊 水麗
高木由利子、峯竜也に師事。2013年独立。雑誌、広告を中心に活動。
mireisakaki.com

取材・文/浦上藍子
出版社勤務を経て、2014年にフリーランスの編集・ライターとして独立。雑誌、ウェブでの記事制作、書籍のライティングなどを中心に活動しています。趣味はフラメンコと韓国ドラマ鑑賞。

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