闘病記(24)絶え間なく。惜しみなく。その②
「話し相手のオーラが見える。」、「誰かの後について入ってきた子供の霊が見えている。」、「足音を聞いただけで、誰がやってくるのか見ないでもわかる。」と言った打ち明け話を友人からされたとして、あなたならどう応じるだろうか?「えーそうなの!?」、「いやいや、さすがにそれはないでしょう。」、「あ、、実は私もなの。」とか。自分は「いやいや、さすがにそれはないでしょう。」と口にしてしまう方だった。あの出来事があるまでは…。
それは、言語聴覚療法のリハビリテーション中に起こった。リハビリプログラムの中で、電動歯ブラシを用いて顔の皮膚や筋肉に刺激を与えマッサージをする時間がある。その日もいつものように言語聴覚士 Mさんとからマッサージを受けていた。天気が良く、比較的体調も安定していてお喋りする余裕もあった。
「それにしても赤松さん、肌きれいですね。」
「エヘヘ。無駄な美白なんです。」(自分は実際、色白である。中学教師をしていた頃、卒業式に生徒からもらった寄せ書きの中に、「気持ち悪いので夏ぐらいは日焼けしてください。」と、書かれていたこともあった)
雑談のリズムも軽く、電動歯ブラシを用いたマッサージはいつも通り終了した。
「ちょっと、片付けてきますね。」
Mさんが部屋を出ていったその時、ほんのわずかだが電動歯ブラシが自分の首筋に触れた。その後、背中に違和感を覚えた。背中から腰にかけて、一定のリズムで何か振動するものが蠢いている。「電動歯ブラシだ!」自分はMさんが何かのミスで電動歯ブラシを回収し忘れたのだと思った。背中に放置されたそれは振動と共にチクチクした痛みも伴い、背中一帯をはいずり回っていた。部屋に戻ってきたMさんに状況を説明すると、
「え?電動歯ブラシなら、私が持ってますけど。」
と、歯ブラシを見せてくれた。
「とにかく見てもらえますか?気持ち悪くて。」と訴えると
「ちょっと失礼しますね。」
と言いながら、背中のあたりを調べてくれた。
「赤松さん、やっぱり何も見当たりませんよ。」
「でも、確かに電動歯ブラシがこの辺に。さっき、部屋を出て行った時にシャツと僕の背中の間に落ちたんですよ。」
腰や背中のあたりを繰り返し触りながら自分は何度も同じことを言った。「信じてください。嘘じゃないんです。」訴えながら血の気が引いていた。自分が今、幻覚を感じているという事実を受け入れることができなかったのだと思う。わけのわからない恐怖に羽交い締めにされたようだった。
「いったん全部シャツを脱いで、もう一回確かめてみましょう。」
Mさんに言われた通りにしてみたところ、暴れまわっていた電動歯ブラシがふっと消えてなくなった。
「こんなことって…。」
ただ呆然とした。Mさんがいつも通りの落ち着いた声で言葉をかけてくれた。
「脳の奥深くのところから出血したわけですし、何といっても今は回復をしていこうとしているところですから、たくさんの刺激を受けています。何があっても不思議では無いですよ。」
「自分は、おかしくなってしまったのではないか?」と言う焦りにとらわれていた心に優しく響く言葉だった。
翌日から、「電動歯ブラシを用いたマッサージ」は、自分のリハビリプログラムから無くなり、代わりに「全て指で行うマッサージ」を施術してくれるようになった。Mさんのその気遣いはありがたく、「こんなに大切にされているんだ。がんばって良くなろう。」と言う気持ちになった。
それにしても、あの背中の電動歯ブラシは何だったんだろう。
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