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闘病記(35) 回復期病棟の トイレ事情

 回復期病棟の患者のほとんどは、車椅子で移動する。いわゆる大部屋から、食堂、風呂場等は離れた場所にあり、足や腰を痛めたり、脳出血や脳梗塞で歩けないという人たちにとって車椅子での移動は必須だった。そして、トイレもまた離れた場所にあった。(もちろん部屋によっては、近い場所になる人もいたが、それでも1人で移動する事はできず看護師さんや介護士さんとともに車椅子で移動した。)
 自分がトイレを使ったのは、最初の1日とバルーン(自分の意思で排尿ができないため、自然に出てしまった尿を貯めておく袋)が取れてからだったのだが、トイレの使用に関しては少なからずカルチャーショックのようなものを受けたし、使用に慣れてからは、笑いが止まらないような出来事もあった。
 患者が使用するトイレは3つ並んで設置されている。向かって1番左側が、歩くことができ、自力で立って脱衣と着衣が問題なくできる人向け。(自分は、ここを使用している人をほとんど見かけなかった。)
 真ん中と1番右側が車椅子のままトイレに入る患者向け。ここにはそれぞれ洋式の便器が1つずつ設置されており、トイレ1部屋につき使用者は常に1人と言う作りになっていた。ただし、真ん中と1番右側では手すりの位置が真逆になっており、動かしづらい腕や麻痺している側の体に配慮されていた。ちなみに、真ん中のトイレの手すりは左側、1番右のトイレの手すりは右側だった。(自分は、体の右側の感覚が麻痺していたが、何回か試した結果、右側手すりの方が体の動きがスムーズだったためいつも1番右のトイレを使用していた。)
 トイレの出入り口にドアは無い。もちろんプライバシーを確保するため、分厚いナイロンのカーテンがある。最初、「カーテン1枚じゃ、出るものも出ないような気がする。」と思っていたのだが、全く関係なかった。それに、もし出入り口にドアがあったら、ほとんどの患者が車椅子でやってくると言う状況にとても対応できない。下手をするとけが人が出てしまう可能性だってある。(特に、食事が終わった後のトイレはとても混雑するのだ。)

 例えば、自分のベッドがある部屋でトイレに行きたくなった場合こんな風に事が進む。

①ナースコールをして、トイレに行きたい旨を伝える。
 
②看護師さんか介護士さんがやってきて車椅子に乗せてくれる。(「それじゃあ行こうかねぇ〜」とか「朝食の後から1回も行ってないし、心配してたとこよ。よかったよかった。」)のように、とてもリラックスした雰囲気。

③トイレ到着。  「慌てなくていいよ〜。しっかりつかまって、ゆっくり立ってね。」の声に従って車椅子からゆっくり立ち、手すりをしっかりとつかむ。(ちょうど、看護師さんや介護士さんにお尻を向けて立つ感じ。)

④「それじゃあ下ろすね〜」と言う言葉の後に、ズボンと下着を脛のあたりまでおろしてもらう。(なぜなら、自分では衣服の上げ下げはできないから。)

⑤「ゆっくりでいいよ。ゆっくり座ってね。」の言葉とともに、便器にしっかり座れるように誘導してくれる。(半身の感覚が麻痺しているような場合、便器に座った感じが掴めずに、座る箇所を間違えてしまったりするため。)

⑥「それじゃあ、終わったら教えてね。このボタンを押してね。」と、トイレから看護師さんや介護士さんが出ていく。

⑦患者は1人でゆっくり用を足し、終わったら壁際にあるボタンを押して知らせる。

⑧看護師さんか介護士さんが入ってくる。大概、「すっきりした?よかったよかった。」のような会話を交わして、「はい。それじゃあ、手すり持ってゆっくり立ってね。」の言葉に合わせ便器からゆっくり立って手すりを握る。

⑨「はいじゃぁあげるよ。」の言葉とともにズボンと下着を丁寧に上げてもらう。(両手が使えない状態で必要があればお尻を拭いてもらう。片手が使えた自分でも、「大丈夫?拭こうか?」と声をかけてもらう事はよくあった。)

⑩車椅子を押してもらって、部屋へと帰る。

 看護師さんや介護士さんが男性の場合も、女性の場合も、ほぼ同じように気持ちよく案内をしてくれるのだが、ズボンと下着をおろしてもらう件は慣れるまでに少々時間がかかった。「ええ?そこまで下ろしますか?」後ろ向きになってズボンと下着を下ろされることに慣れていない自分は(慣れている人は少ないと思うが)最初の頃は戸惑ってもぞもぞとしていた。しかし、便器に座ってみると、衣服を降ろされた位置が、実にちょうど良いことに気づき、なるほどと納得する。そんなことを数回繰り返すうちに、完全に慣れてしまった。
 トイレの中での面白いやり取りも多かった。例えば…。

スタッフ「ごめんよ。こんなおばさんより、若い    
     子にズボン下ろされたほうがいいよな
     あ?(笑)」
  自分「い、いやもう、十分っす。」
スタッフ「何が十分よ。(爆笑)じゃあ下ろす
     ね〜。」とか、

スタッフ (自分のズボンと下着をあげながら)「あ   
     れ?なんだか赤松さんにしては、履か
     せ足りない気がする…。」
  自分「それは、僕がヒートテックを履いてな
     いからです!」
スタッフ「やっぱり?そうよね!何かが足りない
     気がしたんよ。」
  自分「安心してください。履いてませんか
     ら。」
スタッフ「それ、安心できんやつやね。(笑)」

 とまぁ慣れてしまった後は、トイレも楽しいコミュニケーション空間になった。
 くどいようだが、自分が頻繁にトイレを使用できるようになったのはもっと後のことで
そこに至るまでには、聞くも涙、話すも涙の日々があったのだ。
 そのことについては、また次回以降どこかで。

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