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瞑想は人生に欠かせない陰の力を呼び覚ます

ここ2週間ほど、朝ヨガをした後に瞑想するのにハマっています。前々からやってるけど不規則でしてね。やっぱり少しでもコツコツ続けて行くと心身の穏やかさ、軽さが違うなぁと思う。


さて、瞑想の本質は「観察」だけど、観察するのに必要なのは「待つ力」だなぁと感じたのです。


変化があっても、

何も起きなくても、

起きたままをじっと待ってあげる。


何かを出そうとせず、

何かを入れようともせず、

何かを分析しようともせず、

何かを価値判断せず、


身体が、意識が、感情が、

どこに向かおうとするのか

一切のコントロールをせずに待ってあげる。


・・・これがまあ、どんっっっっだけ難しいことかっちゅう話ですよ!
せっかちで早く進みたい私、ほんまにむずい(笑)
アドレナリンを使って忙しく動くほどに快感を得るような、エネルギー消耗が激しい生き方の名残が蓄積しまくっています。

待てないってことは、どれだけ自分が自分をコントロールしようとしているかってことで。その自我の働き、いや暴走っぷりに驚きません?(共感者求む)

そんなコントロール欲求に対しても
「これは出ちゃダメだ」って抑制せずに
「こんな自分はダメだな~」って裁かずに
ただ、そうであることとして観て、その動きがどう流れていくのかを見守る。

そういう自分もいるのだとあるがままを認めて、せっかちも待ってあげる。
子を見守る母のような心境になりますね(笑)


物事を推し進める、変化させる前進力が「陽」の力だとすれば、
それを一歩引いて見守り、どんなことも受容するのが「陰」の力。

先日、風水の講義を受けている時に、私の師匠がこんな風におっしゃっていたんですよ。

物事が行くために必要なのは、待つこと。待つことが本質なんだよ。
上手く行くこと、上手く行く時期は人間の力でコントロールできない。
だから、引き寄せでも願望実現でも何でも「いかに待てるか(できれば機嫌良く)」が大事なの。

私たちはきっと、これまで「陽」の力の使い方を少し履き違えてたんちゃうかなと思うのです。

本来はコントロールしちゃいけないし出来ないことに対して無理くり過剰にパワーを行使してきて、その結果、もう社会体制の限界が来ている感がありますよね。だから「持続可能な~」とか言い出しているわけで…。

(ただ、そのパワーによって文明が発展してきた側面もあるので、一概に良い悪いは言えないし、ここでその価値判断はしません)

じゃあ、その「陽」の暴走を止める抑止力となりバランスをもたらすものは対極である「陰」なのですよ。今こそ、無下にされ続けてきた「陰」を呼び覚ます時。

無理矢理何かを起こそうとしない。

起きてくる自然な流れを信頼する。

ベストな時期が来るまで、出来ることだけをして待つ。


いかに機嫌よく待てるか。私も日々、挑戦し続けますよ♡


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