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幸福日和 #062「節度ある日常」

ある場所に、何年もの間、
果実を実らせては人々に守り伝え続けられている
樹木があるといいます。

それは時代を超えて、
厳しい風雨や気候の変動の中をくぐり抜けながら、
決まった時期に必ず果実を実らせて、
人々の生活を潤しているのだそう。

その樹木を植えた当時の人々が、
我が身だけのことを考えて植えたものであったならば、
その後の時代の中で、幾人もの気持ちを癒すことなどなかったのでしょう。

また、日本にも同じように、
深い山奥の寺院で、1000年以上もの間
守り伝えられている灯火があるそうです。

厳重に守りぬかれたその灯りは、
時に数々の蝋燭にその光を分け与えていきながら、
周囲のお寺の灯りとしても伝えられてもいるのだそう。

千年以上もの間、風にもろく雨に弱い灯火を
伝え続けてこられたということ自体に
人々の並々ならぬ想いを感じます。

いつの時代も、
自らの節度を保ちながら
人々のために何かを伝える人たちがいました。

✳︎ ✳︎ ✳︎ 

数年前、船頭の漕ぐ小舟に揺られて、
この孤島ではない別の島へ向かった時のことを
ふと思い出しました。

船頭と二人、小舟に揺られながら、
一時間ほど遥かな水上で
ともに島までの道のりを過ごしました。

肌寒い季節の頃でした。

そんな静かな時間の中で、
彼は自分の鞄の中から、
銀紙に包んだチョコレートの塊を取り出し、
その一片をナイフで削って、僕に差し出してくれたんです。

手作りでつくったような優しい舌触りと、
ほのかな甘さの中に感じた作り手の想い。

おそらく彼は自分のためではなく、
こうして共に小舟で時間を共にし、
島に向かう人々のために、
大切にそのチョコレートの塊を削っては
与えていっているのだと感じました。

そんな彼の気持ちに応えるように
僕も自分の鞄に忍ばせていた小瓶を取り出し、
気持ちの分だけのウイスキーを彼の器に注いだんです。

お互いの持っているものを
ほんの少しづつ分け与え合う。

ただそれのことで、
どれほどの寒さでも、
しのぐことができるのだと知りました。

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誰かのために節度を保つこと。

そうした思いで日常を過ごしたことが、
今まであっただろうかとふと考えたんです。

思えば、
社会から振り落とされないようにと
自分のためだけに何かを
身につけることに躍起になっていた自分。

また、自分の欲望のままに財産を蓄えることに
没頭しすぎていた気もします。

ある時は、自分だけの時間を守ろうと、
効率化とは名ばかりで
誰かのための時間を奪っていたことも
あったのかもしれません。

自分を守るためだけの節約は、
どこか冷たいものを感じます。

節約という言葉が、
いつからか貧乏人の代名詞のように
響くようになってしまったことに、寂しさも。

節度を保つこと。
それは貧しさを凌ぐための手段ではありません。

ほんの少しの気遣いで、
違いが豊かになるために
人々が伝えた長年の知恵なのではと。

あの時のチョコレートの甘さを思い出しながら
今宵も浜辺で一杯のウイスキーを愉しんでいます。

最後までお読みいただきありがとうございます。毎日時間を積み重ねながら、この場所から多くの人の毎日に影響を与えるものを発信できたらと。みなさんの良き日々を願って。