【レビュー企画用献本御礼】書評:『因果推論の計量経済学』

はじめに

この度、日本評論社様より川口康平・澤田真行著『因果推論の計量経済学』をレビュー用にご恵贈いただきましたので、内容を通読した上での書評を投稿いたします。

私は一橋大学経済学研究科の修士課程に在籍しており、実証産業組織論を専攻しています。研究では主に構造推定を行っていますが、構造推定に固執することなく、興味のある対象の背景や研究デザインに応じて使い分けています。

書籍の紹介

本書は理論化や応用家が独自に論じてきた因果推論の理論・実証を接続し、さらに、どちらの立場の人間が書いても省略されがちな細かい事項、暗黙知をも盛り込むことを目指しています。

紙面では各手法ごとに基礎編・発展編・応用編に分けられ、それぞれ手法の理論的基礎の説明、拡張された手法の紹介、いずれかの手法を用いた実証研究の解説という順番で構成されています。

構成だけを見れば計量経済学的手法の教科書として標準的なものですが、本書は潜在結果モデルに依拠した説明で一貫しているという特徴があります。各手法は基礎編・発展編において経済理論とは全く無関係の、実験や制度デザインから導かれる統計モデルや推定手法として説明されます。これによって、因果推論が経済理論による制約から独立した、制約の検証可能性を担保した手法であることを主張しています。
また、手法の説明に際して実験や制度デザインの具体例がこまめに提示されるため、応用編へと読み進める前にその手法のモチベーションを具体的にイメージすることができます。

応用編では、実証例が各手法につき数例紹介され、基礎編・発展編で紹介された手法がどのように利用されているのかを理解することができます。単に元論文を翻訳して本書の体裁に合わせるだけに終始せず、分析対象の背景知識、当研究の分野上の位置付け、推定にあたって当研究が直面した課題とその解決策が分かりやすく記述されています。

終わりに

総評

理論から実証まで網羅的・統一的にカバーした本書ですが、既存の教科書に比べて応用編での解説が極めて秀でている印象を受けました。基礎編・発展編で解説した手法を適用する際に生じるバイアスや推定上の問題に分析の過程でどう対処したかを明らかにしています。
さらに、その対応がなぜ必要・適切かが述べられていて、読者が類似の研究デザインを検討した際の有益なヒントになります。

こうした分析結果の頑健性・妥当性を保証する追加的な処置は先行研究での動向やセミナーや査読での指摘、学生であれば指導教員による指摘を通じて経験知として習得していくしかありませんでした。本書はその技能を有していない学生が経験値を積むことができる一冊であるのと同時に、様々な制約からいくつかのバイアスを受け入れざるをえない実務家にそのリスクを明示する一冊です。

また、発展編では2000年代から2010年代に出版された計量経済学の良書で発展的手法として紹介されていて、最新の研究でも用いられる手法が紹介されていました。既存の良書では詳しい説明を元論文に委ねる部分が多かった一方で、本書では紙面とオンライン上の付録を駆使して可能な限り解説しており、発展の拡張の方向性も分析上よく行き当たる困難に対する対処法が中心でした。


私が本書から学んだこと

私の専攻分野である実証産業組織論はデータの制約や戦略的相互依存関係の複雑さから構造推定がよく用いられる傾向にあります。そのため、因果推論はこれまでの研究と関連する手法のみ断片的にキャッチアップし、網羅的に発展的手法を学ぶことはありませんでした。本書で網羅的な理解を深めることで今後の研究デザインの柔軟性が得られると思います。


『因果推論の計量経済学』本日発売

本記事で取り上げた『因果推論の計量経済学』は本日9月19日に発売されます。

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