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塾生に自分の背中を見せる(つもり・・・)(52歳の田舎のおばさん留学記14)

(写真はo-danサイトより借用)
二つ前の記事で、不特定多数の前で自分のことを英語で話すのは初めて、と書いたが、そういえば、その1ヶ月ほど前に、自分が運営していた学習塾の生徒の前で、自分が留学するつもりである、というのを、易しい英語で説明していたことを思い出した。

私の塾は中学3年生専門塾という変わった形式で、毎年生徒が違っていた。3月の公立高校受験が終わった翌日が、「卒塾式」で、翌年度には全然違う生徒が入ってくる。翌年度の募集をやめて、塾を閉めることは生徒に伝えていたが、その後、私が何をするかは話していなかった。2月上旬まで留学は未確定だったし、決まってからも受験直前の生徒たちに、そういった話をすることは憚られた。

でも、留学を決めた理由の一つが、「塾生に語っている言葉(「生きるとは」みたいなの)が自分に跳ね返ってきて、グサグサ刺さっていた」ことであったので、「いや。私も頑張るのであるよ」と伝えなければ、意味がないので、その「卒塾式」の時に、伝えることを決めていた。

このシリーズでは、「52歳で、日本の田舎に住んでて、主に子育てと介護で”表舞台”からは隔絶されていたおばさんが、突然単身アメリカ留学すると何が起こるか?(ちなみに途中脱落帰国。2017年のこと)」ということを、英語学習面ではなく(それも少しは書くけれど)、生活面の視点からちょっと紹介します。誰かに何か参考になるかもしれないなー、というのと、ようやく振り返る気持ちになってきたので、自分のまとめを兼ねて書いています。思い出し思い出し書くので、たまーにという感覚で、ながーい期間をかけて、書こうと思っております。時系列も前後するかもしれません。

特に英語で話すつもりはなかった。
でも、いざ喋ろうと思ったら、なぜか照れ臭くなってきた。
15歳の前で52歳が照れることの方が恥ずかしいが、
留学準備を英語で進めてきたこともあって、英語の方が、何だか話しやすそうに思えた。「んー。あー。私の春からのことについてなんだけど、うー、英語で話そっかな・・・」
と、ふと言ってしまい。
中学3年生(うちの塾の生徒は、田舎基準ではあるがそこそこ英語ができたので)にわかる英語で、留学するつもりであるという話を、ゆっくりと話した。

話している途中で、すでに英語が得意な生徒数人が「えーーーっ!!!!」と叫んでいた。聞き漏らした生徒が「え、なに?なに?」と言い、教室全体が「ヒョー!」とも「きゃー!」ともつかぬ叫び声と「マジ?先生、マジ?」「え、なんでなんで?!」という質問で満たされた。その質問に答えても「ぎゃー!」とか「マジでかよ」という声が続いた。
生徒の目がキラキラしていた。

生徒のリアクションについては予想していなかった。「私も新しい環境で頑張る。みんなも高校行って新しい環境だよね。一緒に頑張ろう」ということを伝えたいだけだったから
でも、それは嬉しそうな、またはキョトンとしながらも事態を把握しようと何かをぐるぐると考えているらしき生徒の視線に、私はこそばゆい思いがした。
そして、「あ、何か残せたかもな・・・」と、ちょっと思った

その中の数人の生徒は、高校に入学してから「短期留学」「短期ホームステイ」を志願して、外国へ行った。その時には私に報告してくれた。「先生! 私も留学するよ!」「なんと俺が留学してます」。キョトンとしていた生徒は、英語を活かす大学進学をした。

生徒に背中を見せるぞ!と意気込んでいたものの、留学生活はなかなかうまくはできなかった。生徒にはプラスの何かを残せたのだろうか。彼らの報告を見ると、嬉しいような泣きたいような、目の奥がギュッとするような気持ちになった。

「背中を見せる」という自分の中の決断は、留学後も私を支えたし、逆に変なプレッシャーになって、力を抜いて立ち回れない私を作った気もする。

でも、まぁ、いいかー。
彼らも、青春の始まりの一時期に、ちょっと変わった大人と関わって、
この不確実性の時代の中で、みんなも工夫しながら逞しく生きていって欲しいものだー。お互いに、地球に生きるearthling だから〜。


教訓28;「後進の者たち」に背中を見せたいが、おばさんは異世界(留学先)で必死すぎて、どんな背中になっているのかわからないことになる。仕方ない。

追記;
「塾のクラスメイトの◯ちゃんと、俺が付き合っていること、塾を卒業したら先生に言って驚かせようと思ったのに、先生の留学の話の方が驚きで、俺らの話大したことないことになっちゃったじゃん〜!」
いや、君たちが付き合っているのは、夏頃から知ってたよ。それを隠そうとしているのも知ってた。バレバレ。

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