『夕食時の病室にて』―自作脚本『普通じゃないってだけの話』小話

窓の外がすっかり暗くなった頃、平上(ひらがみ)は仕事をしていた。ノートパソコンの隣にある数枚の書類を眺めてはエクセルに何かを打ち込んでいる。お腹を減らしながらの仕事は集中力が低下する。参るなあ、と考えている平上、ここまでならば普通に働いている人のようだが、彼女が現在仕事をしているのは病室であった。個室のベッドに着いているテーブルの上はWi-Fiが通っていないノートパソコンと書類数枚。平上はジャージ姿でベッドに座って仕事をしている、立派な病人であった。そして病人でありながら働くほどの社畜でもあった。

容赦なく病室の扉が開かれた。夕飯の時間である。平上は急いでエクセルを保存し、テーブルを片付けた。

「働いてないで寝ろよ病人。」

「いやちょっとこれくらいは終わらせておいた方が良いんだよね、退院までに。」

病室に入ってきて開口一番平上を叱ったのは、今まで点滴を変えてくれた優しい看護師でも今日のお昼ご飯を届けてくれた、これまた優しい看護師でもなく、仏頂面の医者であった。この男は従二谷(じゅうにや)という男で、つっけんどんな態度が玉に瑕だが非常に腕の良い医者である。従二谷は平上の台詞を溜め息で返しながらベッドのテーブルにお盆をそっと置いた。

「まだ液状?」

「らしいなあ。ああ、明日からちょっと固形が出てくるんじゃないか?」

ベッドにくくりつけてある患者の情報をざっと見てながら従二谷は何となしに言った。

「いただきます」

そう言って平上はどろどろとした緑色の料理を躊躇いなく口に突っ込む。緑色、茶色、黄色などの色をしている、全てがどろどろの液状料理は、食べるのを躊躇う人もおり、また病院によっては美味しくない。ちなみにこの病院も当初は病院食はそこまで美味しいものではなく、特に液状のものははっきり言って不味かった。それに不満を持ったのが、『食べることは生きることに繋がる』と信じているこの病院の院長であり、病院食の改善に力を入れた。おかげで入院常連の平上が、美味しいっすね、と言いながら食べていた。

「調子は?」

「まだ動くと痛い。」

「そりゃそうか。」

平上は左腹部を刺されたため入院した。しかし刺されることなど、平上にとっては正直たまに起こることだった。そうしてたまにここに入院する。従二谷はベッドのそばに置いてある、カバーが掛けられた1mほどの鎌をちらりと見た。また入院しやがって、医者も看護師も暇ではないんだ。鎌の持ち主である平上はスプーンを動かして黄色い液体を飲んでいた。

この世には人智の越えた力がある。その中でも、人を幸福にする力を加護、人を不幸にする力を呪いと見なした。そして加護を持つものをカゴモチ、呪いを受けたものをノロワレと呼んだ。大半の人はそんなものとは無関係に生活している。だが確かに加護と呪いは存在し、カゴモチとノロワレはいる。そのためカゴモチとノロワレの保護、加護と呪いの研究をする組織があった。島根県に本部があり、東京にも支部が置かれている。東京支部は組織内をさらに第一部隊から第四部隊まで分け、第一部隊は組織の総合的な運営、第二部隊は加護の研究、第三部隊は呪いの研究、第四部隊は加護や呪いが引き起こした事件の調査と解決、といった形でそれぞれに仕事が割り振られていた。しかし残念ながらこれらの生業では圧倒的に資金不足であり、尚且つ世間の目が厳しい。というのも、先ほど述べた通り、大半の人は加護や呪いとは無関係に暮らしているため、そこへ加護と呪いの研究と保護を行っています、と声高々に宣言したとて一切受け入れられずに、一銭も得ることもできずに組織運営に大ダメージが与えられてしまう。そこで世間へ溶け込もうと、あわよくば資金調達しようと、カモフラージュのために第一部隊は人材派遣会社、第二部隊は病院、第三部隊はレストラン、第四部隊はホテルを経営していることとなっている。

従二谷は第二部隊の副隊長であり、尚且つ医師免許を取得している、れっきとした内科医である。そして液状の夕飯を食べ終えて水を飲んでいる平上は第四部隊の副隊長であった。従二谷は平上と会議以来の久しぶりの再会のためにわざわざ自分が担当している内科病棟から外科病棟へ足を運んだのであった。

「ごちそうさまでした。」

「ああ。」

従二谷は綺麗に食べ終わった皿が乗っているトレーを持ち、病室を出た。そして食べ終わった皿を回収している台車にそっと置いた後、もう一度平上の個室に入っていった。

「また仕事かよ。」

すると平上はノートパソコンを開いていた。従二谷はこの社畜っぷりに流石に引いた。

「んー、やっぱ駄目?」

「せめてリハビリが始まってからにしろよ。」

「その時にはもう別のが来てるはず。」

「第四が病人に仕事させてますって、隊長に言っておくわ。」

「あー、辞めます、辞めます。」

平上も第二部隊隊長であり病院の院長である井野には、頭が上がらないのか、速攻でノートパソコンを閉じた。ちなみに井野は加護も呪いも持たないけれど、卓越的な医療能力を持つ外科医であった。

「よしよし。辞めなかったらやられた部分をつつこうとした。」

「まーじでやめて!?」

従二谷は加護を持っていた。《人の痛みが分かる》加護。人が弱っている部分、例えばお腹が痛い人はお腹に、頭が痛い人は頭に赤いポインターが出てくるため、従二谷は人の痛みや弱っている部分がすぐにわかった。だからこそ部下たちの体調は一目で分かるため、口こそ悪いが気遣い上手で人望が厚い。この加護を手にしたときは相当気持ち悪かったが、むしろこの加護を持ったことで医者を目指すようになり、現在に至る。

対して平上は呪いを持っていた。それも現在日本で三人(その内一人は囚われているため二人とされている)しかいない一級のノロワレである。ノロワレにも段階があり、どれだけ人を不幸にしたか、人を傷つけたかで決まる。そして一級という、今すぐ封印できるものなら封印した方がいいレベルの呪いを平上は持っていた。選ばれたものに不老不死を、選ばれないものには激痛、最悪の場合死を与える呪いの鎌に、本人いわく何か知らんが選ばれたが故にノロワレになった。さらに本人いわく顔は童顔だが長生きだそうで、身分証が使えず、悲しいかな普通の病院では全く相手にしてもらえないのだった。そして不死といっても平上の場合は傷を受けてもちゃんと回復する不死であった。そのため普段は健康そのもの。従二谷が見ても一切ポインターがつかないほどであった。だが回復するといっても、傷が塞がるまではしっかり時間がかかる。今回刺されたときも、病院までは意識を保っていたが、そこから気を失い、手術して傷を塞いだ後もずっと眠っていた。起きてからも点滴生活で、最近やっと自分の口で栄養補給出来るようになった。

今、従二谷は平上の左腹部にポインターが赤々とついているのが見える。刺されたことや刺されてなお意識を保っていたことは普通ではないが、それ以外の現在までの流れは完全にただの人である。病人には早く治ってほしいし、そもそも健康であってほしいと願っているが、平上のように普段全くポインターがつかないのも従二谷にとっては心配だった。だからこそ、こうしてテレビを何の気なしにつけて、このドラマ見たことなかったけど面白いっすね、なんて言っている平上の人間らしい部分が見られて少しばかり安心した。

だがそんな内心を従二谷が平上に打ち明けるわけもなく、

「なあ、やっぱつついていいか?」



関連記事↓




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?