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森井の鑑賞記録 2021年12月

【12月4日 古海行子(ふるみ やすこ) ピアノリサイタル(浜離宮朝日ホール)】

ショパンとスクリャービンとの間で自分自身に根差した演奏を貫いた。陶酔もせず、激昂もせず、残された音楽を通じて作曲家というひとりの人間と繋がり続けた。濁流の中にも冥府のとば口にも響きを見出だし続けた。この齢にして明暗併せ持った奥深さがある。

また普段コンサートには行かない姪(古海と出身高校が同じ)の古海行子評は、落ち着きがありながらすごい迫力があった。幼少時から目立っていてウィーンに留学するような特別な人がショパンコンクールに進むかと思っていたが、日本で研鑽を積んで着実に成果を上げている姿は、全国のピアノ教室で習っている子どもたちの希望になるとのことであった。

新録音も待ち遠しい。

【12月8日 クリスチャン・ツィメルマン ピアノリサイタル(サントリーホール)】

前半のバッハで凄さが判った。随時右ペダルを踏みながら清澄で流麗な楽音が流れ出した。重みの効いたコクのあるブラームスの間奏曲を経て、満を持したショパン。有限の一個人の裡から無限が解き放たれるのを聴いた。万雷の拍手。

バッハ好きとして言葉を付け足す。音を甘く増幅させる右ペダルを踏みまくっているにもかかわらず、縦の構造が全く崩れない。バッハの象牙の塔はそのままに、いわば「デートで聴ける」親密感が醸し出されている。崇高な普遍性がある。

【12月11日 東京バレエ団「くるみ割り人形」(東京文化会館)】

たおやかでハリのあるオーケストラに乗せて、クリスマスイブのファンタジーが展開される。クラシックバレエは人生初鑑賞だったが、まずカラフルで親しみやすい。そして、音と合わせると人間の指先とつま先はこんなにも饒舌になるのかと感嘆した。楽しかった。

【12月20日 水野蒼生 単独公演(渋谷WWW 配信)】

「クラシックDJ」としてグラモフォンから世に出た指揮者である水野蒼生と彼の楽団、そして豪華ゲストが揃い、クラシックの有名歌曲を現代的に思い切った翻案をした最新アルバム『VOICE -An Awakening At The Opera -』が基になったオールスタンディング・ライブである。古典の高い敷居をぶっ壊す「運命」で幕が開けた。実験込みの様々なスタイルで「クラシックはカッコよくて楽しい」というメッセージを大音量で響かせた。

アンコールは「Nessum Dorma(誰も寝てはならぬ)」で、演者も聴衆も感謝に満ちたフィナーレであった。クラウドファンディングに参加してよかったと心から思った。

【12月21日 バッハ・コレギウム・ジャパン クリスマス・スペシャル・コンサート(東京芸術劇場)】

指揮とオルガンは鈴木優人(まさと)。前半はバッハのパストラーレ、クリスマス名歌集、ダカンのキャロルを、後半は第九である。盛りだくさんのプレゼントをいただいた2時間半であった。 NHK-FM「古楽の楽しみ」でもおなじみの優人さん、MCも面白かった。

オルガンはドイツ式(バッハ)とフランス式(ダカン)が披露された。両方を備えている芸劇ならではの計らいである。前者は観客側への指向性が強い芳醇で明晰な響きがし、後者は天井に向けて一途な高揚感を覚えさせた。初めて生でオルガンが聴けただけでも満たされた。

クリスマス名歌集は歌声とそれに合わせた照明が綺麗であった。後半の第九は緊迫の第一楽章が最終楽章の合唱まで感情が昇華してゆく過程が素晴らしかった。なかでも手話による歌である「手歌」の合唱団であるホワイトハンド・コーラスNIPPONの全身を使って手腕で表現する様はクリスマスに舞い降りてきた天使の一群であった。

アンコールはなんと全身サンタで現れた鈴木優人が指揮する「もろびとこぞりて」で賑々しく締め括られた。最後の最後まで楽しませてくれた。

拍手の手話とともに忘れえぬ公演になった。