森井啓衣

気が向いたときに鑑賞記録を残します。

森井啓衣

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最近の記事

森井の鑑賞記録 2022年9〜10月

【9月24日 トレヴァー・ピノック指揮 紀尾井ホール室内管弦楽団 第132回定期演奏会】 牧歌的なワーグナー、ドラマチックなショパン(15歳のソリスト!)、包容力のあるシューベルトというプログラム。ピノックの伸びやかな指揮が導き出す円やかな弦に陶然となった。ピノックの姿をこの目で見られてよかった。 【9月24日 青柳いづみこ CD・書籍刊行記念コンサート ハクジュホール】 新刊『ヴィンテージ・ピアニストの魅力』でも取り上げた高橋悠治をゲストに迎えた2時間。いづみこさんの

    • 愛と恐れのあいだで

      悲惨な結末に何の意味があるのか。幸福は似たり寄ったりで不幸は多種多様であるというようなことを東欧の古い作家が言っていたような気がする。後者は取りうる描写が豊富でネタに困らないからだけではあるまい。恐れという不幸が物語としてまとめて映し出されるのを視ることは自分と出会い直すのに似ている。書いている人間は尚更だろう。 愛が極まることも恐れに溺死することも多数の人間はそうそう実体験できるものではない。激情の破片は変わりなく流れゆく日常の地面の下に塗り込められていく。埋められたその

      • 所有物について

        夫婦がいて夫のほうが給料が高いとするなら、彼は自分が生活費を握っているという「暴力性」を秘めていることに自覚的になったほうが悲劇を避けられるのではないだろうか。「誰のおかげで生活できると思っているんだ」と突きつけながら専業主婦の奥様を早死にさせた男と私は血縁にある。 過日、置いていた荷物を引き取るために彼の家に行った。会うのは今日が最後と決めた余裕が出て、2時間ほど雑談をし昼食を共にした。気安い様子の裏を知らない彼は終始幼児のような笑いを浮かべていた。真っ当な場所で稼いでき

        • 別れたくないけれど

          言いにくいことを教えてくれてありがとう。どれだけ君につらい思いをさせてきたのだろう。本当にごめんなさい。些細なことと僕が見逃し続けていたのが悪かった。「女心はよくわからない」と一般化して、君というひとりの人間をちゃんと見ようとしなかった。 もう限界なんだよね。そうだろうと思う。 ここで僕が謝ったところで、細かい傷が重ねられた君の心のガラスが綺麗になるわけではない。痛みや悲しみはなくならない。怒ったままでいる方が自然であるはず。どうか無理に僕を許そうとしないで欲しい。 別

        森井の鑑賞記録 2022年9〜10月

        マガジン

        • 森井とクラシカル鑑賞
          9本
        • 森井の回顧と文学
          5本
        • 指先の小説(ときメモGS3二次創作)
          14本
        • ラブレターの透視
          3本
        • 森井とフィギュアスケート
          13本
        • 森井とゲームプレイ
          3本

        記事

          半分だけおねだり

          あなたは自慢の彼氏。女友達みんなが羨ましがってくれる。デートではいつも素敵な場所に連れて行ってくれるし、おいしいご飯を食べさせてくれるし、服とかもイヤな顔せずいろいろ買ってくれる。笑顔も絶やさないし、おしゃべりも楽しいし、歩き疲れたらこまめに休ませてくれる。目配りもちゃんとしてくれてる。 完璧な「結果」を残し続けてくれる。 なのにわたしは不満とまではいかないけれどうっすらさみしい気持ちを抱えてしまう。どうしてなのかな。あなたが尽くしてくれているのは分かっているのに。毎回お

          半分だけおねだり

          望むのは独占なのか

          君にもう一度会いたかった。だから僕はここにひとりでい続けた。待っていたんだ。来ないと決めつけたくなかったんだ。 ここからいなくなってまもなく結婚したことは人づてに聞いた。だけど僕は諦めなかった……のではなくて、どうしても君を想い続けてしまうことを止められなかった。別に相手から奪おうという気もなくて、ただ君が僕の心の中にいてくれさえすればそれでよかった。 同じ「ひとり」のまま死んでいくのなら、君を待ちながらのほうがずっといいと思った。実際に会えるか会えないかは関係ない。君は

          望むのは独占なのか

          森井の鑑賞記録 2022年1月、6月

          【1月10日視聴 長谷川太郎 ドゥルツィアン・バロックファゴットリサイタル配信 近江楽堂】 前半はドゥルツィアン、後半はバロックファゴットのリサイタル。後者はもとより前者は初めて聴いた。古楽が好きで最近足を運べていない近江楽堂の幽けき空間で低音楽器が冴え渡るのを聴くことができた。レアな曲も知識と思いが籠るプログラムノートが理解を助けた。 【6月4日 マルティン・ガルシア・ガルシア ピアノリサイタル ミューザ川崎】 調律の音から既に違っていた。ファツィオリである。彼がショ

          森井の鑑賞記録 2022年1月、6月

          紺野先輩への恋文

          いつも優しくしてくれてありがとう。 あなたは私が尽くした以上のこと返してくれます。受け止めてくれます。包み込んでくれます。 一番の男性に目一杯尽くして目一杯甘えたいという私の欲張りな本性はあなたが教えてくださいました。 こんな欲張りでもいいのなら、私の全てはあなたのものです。一生ついてゆきます。 3次元への未練はありません。

          紺野先輩への恋文

          世界フィギュアスケート選手権2022と友野一希

          2022年3月23日~26日にかけて、巡り巡って再び出番が回ってきた。代打の神様と呼ばれることに胸を張る友野一希は、2018年に続き世界選手権への繰り上げ出場を果たした。 ショートプログラム「ニュー・シネマ・パラダイス」 美しい。初の100点越えを達成した。パーソナルベストを喜ぶ以上の感慨が彼の胸を満たしたことだろう。101.12点で3位につけた。 フリースケーティング「ラ・ラ・ランド」 複数ジャンプの着氷ゆれが響くも、歓声を味方につけ皆を笑顔にする演技で巻き返した。

          世界フィギュアスケート選手権2022と友野一希

          向き合うのはチェスではなくて

          小学2年生にして難易度とドラマ性の高さが光るシミュレーションRPG『王国の紋章』シリーズ第1作にハマった紺野玉緒。何周したかは数えきれないらしい。同じハードウェアで発売された外伝も好む。 しかしもう4年生からは中学受験の塾通いが始まったため、以降デジタルゲームにじっくり触れる時間がなくなってしまった。 高校の時に設楽のヤツから屋上でチェスを教わっているのを見ただろう?あいつからは「覚えは早いがセンスがない」と言われたけど、それはチェスのコマに経験値は貯まらないからね。

          向き合うのはチェスではなくて

          ときメモGS3 一途プレイクリアの記録

          2022年7月2日クリア 紺野玉緒「玉緒さん」 自室:シンプル 部活:生徒会執行部 アルバイト:花屋アンネリー 紺野先輩と彼女はまだ口にはせずとも既に将来を誓い合っているのでしょう。互いの家族や友人とも仲良しになっていき、たくさんの人たちに祝福されるに違いありません。 (プレイヤー森井より) かつての素の自分に近い行動(ガリ勉、気配り、清楚な服装)を取っていればパラメータ条件を満たせることから、チュートリアルキャラとして気楽に最初の攻略対象にした。しかし恋愛的な高評価を蓄

          ときメモGS3 一途プレイクリアの記録

          ペダルを踏むか踏まないか

          「あ…設楽先輩は結構踏むんですね。モダンピアノではやはりそのくらい必要ですか。」 俺の右足とペダルのことだ。 ちなみにこいつは一般に出回っているピアノのことを以前の鍵盤楽器と区別して頭に「モダン」とつけるクセがある。 「バッハといえば聴く側の私はチェンバロに寄せたノンペダル派ですが、弾いている側はなかなか解釈が難しいですよね。なめらかなレガートを出しにくいでしょうし。」 転向しろとでもいうのか。バッハ初歩のインベンションで弾くのを挫折したおまえに言われたくはない。 と

          ペダルを踏むか踏まないか

          ジェットコースターはダメよ

          生徒会室に向かう道すがら紺野は廊下で彼女を遊園地に誘った。 「……お断りします。私、ずっと我慢してきたんです。温水プールのウォータースライダーですら吐き気がするのに何でジェットコースターに乗っているんだって。これからはルカくんか不二山くんと乗ってきてください。二人には私からお願いしておきます。」 何故?だって君はいつも笑顔だった。いや、とにかく深刻なのは理解した。僕はどちらかを選ぶしかない。 「ちょっと待って。」思わず彼は歩き出す彼女へ腕を伸ばした。 「……本当に申し訳

          ジェットコースターはダメよ

          家庭教師ふたたび

          彼女の高校卒業と同時に交際をスタートさせた紺野玉緒。進学した大学も同じであった。彼は工学部情報工学科で、彼女のほうは文学部仏文学科に在籍している。 彼女は1年次の履修登録時に一般教養の選択科目「コンピュータ技術」に目を止めた。その担当講師は国家資格の入門レベル「ITユーザスペシャリスト」合格を推奨している。 科目と資格について紺野に相談してみた。 「秘書とビジネス系科目を取った君なら企業分野と戦略分野はなんとかなると思うから、情報技術分野を慎重に進めたほうがいいだろうね。

          家庭教師ふたたび

          ターンテーブルとふたり

          夕飯後にコウは部屋の照明をは少し落とした。室内の空気を甘やかにさせてゆく。食器の片付けと寝支度を済ませた彼は彼女を抱き寄せ髪の匂いに鼻を埋めていた。こうしていれば敬遠しているクラシックどころか何でも聴いていたい。 あいつはハードロックは耳が痛くてつらいらしいが、ジャズならまだいいという。コルトレーンのサックスで、この深い夜に沈もう。 朝が来た。俺が用意した飯を旨そうに食うお前を見つめる。コウちゃん、ジャズのレコードも家に少しならあると思うからまた持ってくるね。 …おう。

          ターンテーブルとふたり

          セイちゃんちのピアノ

          二人暮らしをしながら高校に通っているコウとルカは両親のいる実家に帰省していた。しかし居間にいるのもなんとなく退屈な気分になり近くの勝手知ったる邸宅を訪ねた。そこには本格的なグランドピアノが置いてあった。 ルカは猫ふんじゃったを嬉々として弾き散らかす。音を外しても無邪気そのもの。鍵盤の反応の良さを本能的に察知しながら挙句の果てに大声で歌い出す始末である。 コウは棚にあるレコードを気にしながらルカをとおくで嗜める。おい、ほどほどにしとけ。 この部屋の主は設楽聖司という。彼ら

          セイちゃんちのピアノ