実家と下宿の2拠点生活(?)から学んだこと。
大学も春休み。
私もついこの間入学したかと思えば、もう大学3年生になろうとしている。
私にとって「大学生」+「突然の一人暮らし」という状況は、
何もかも1人でやらないといけないというプレッシャーを大きくしていました。
今はもう慣れましたが、入学当初はそれがとてつもないプレッシャーだったことを今でも覚えています。
2拠点生活(?)をしていた時期
私は平日を下宿、週末を実家で過ごすという2拠点生活に近いことをしていた時期がありました。
それは、大学2年生の春から夏休み前にかけての約半年間。
金曜日の4限目が終わってから、16時半に親と合流し、車で3時間半かけて実家へ。
実家に着いた頃には21時頃を回っていました。
そして日曜日の朝6時ごろに実家を出て、10時半には下宿に到着して家のことをします。
2拠点生活中、実家で特別なことはしていませんでした。
ただPCに打ち込んだメモを印刷した授業資料に書き込むだけ。
試験前はテスト勉強に追われながらの作業。
たったそれだけでした。
実家に帰る理由
そんな実家で大したこともしていない私が、なぜ毎週末のように実家に帰っていた時期があったのかをお教えします。
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大学2年生になる直前、大学1年生の春休みに入ってすぐに、神経性やせ症の診断がつきました。
BMI*がギリギリ入院レベルだったため、急遽翌日には両親が迎えに来て急いで実家へ。
その年の春休みはずっと、地元で通院しながら自宅療養していました。
とはいえ、実家で何もしていなかったわけではなく、気になっていたExcelの勉強やTOEIC対策、あつ森や読書をしていました。
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その時期、主治医の先生には「実家での環境が良すぎるねぇ…4月からどうしようか」
とも言われたことがあります。
それくらい、実家という場所——心から人とかかわれる場が、私には必要だったのです。
夏休みも年末年始も実家に帰省はしていたのですが、当時は勉強や過度な節約を通して自分を追い込むことにのめり込んでいたため、そんなことに気づく余裕はありませんでした。
それならいっそ大学をやめてしまえばよかったのですが、私は自分自身に休むことを許せなかったので…
春休み中に主治医の先生の言うことを聞いて、ある程度身体的に回復して、
春休み明けには何とか大学へ復帰することにしたのです。
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ちょうどその時、私に今通っている大学を勧めてくれた方のことを思い出しました。
その方は、「入学して間もない頃は毎週末のように実家に帰っていた」とのこと。
そこでその方に倣い、週末は帰省しながらの大学生活を送る、という方法を採用したのでした。
実家での生活が教えてくれたこと
実家療養中、親がよく色々な場所に連れて行ってくれたのを覚えています。
食パン専門店や地元で人気のベーグル店、近所の少し値の張るスーパーやコストコ、コーヒー店。
不思議なことに、一人だと贅沢だと思って行くことに抵抗があった色々な場所に、親や妹と一緒ならいけることが分かったのです。
それがきっかけで、一人暮らしが再開してからは
関西のベーカリーや書店、近場の雑貨屋などに行けるようになりました。
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まだ1年生の頃、YouTubeで一人暮らしや旅行に関するVlogを視聴しては、一人暮らしの夢を膨らませていました。
しかし現実は理想通りにはいかず、動画のような贅沢は私には許されていない…と思い、
結局、家で勉強するだけの日々を過ごしていたのです。
拒食症の影響か、食べ歩きやボリュームのある食事に抵抗があるのみならず、
夕方~夜間の外出も体力切れのためにままならなくなったので、昔観ていたVlogのような生活からは程遠いと思います。
(その代わり朝型の生活をしているので午前中はある程度活発に動けますが…)
それでも2年生になってからは時間を見つけて、週末に気になっていたパンやエッセイを購入したりすることが増えました。
他にも、コーヒー開拓やマルシェなど、訪れてみたい場所がまだ多くあります。
外から見たら贅沢極まりないかもしれません。
そんなのお金と時間の無駄、その時間を勉強に費やせばいい、と、私自身も確かにそう思います。
でも今の私は、「今まで全く自分にしてやれなかったこと」を今のうちに実践しているだけ。
春休みなので尚更、勉強も外出も含め、今しかできないことをしているつもりです。
気が向いた時、ただ自分のためだけに、気になっていた場所に足を運んでみる。
思い立ったら家を飛び出してパンを買い、コーヒーを飲む。
そんなマイペースが許されるなら、家の中に一人だろうと決して寂しくなんてない。
それが、今の私が思い描く理想の暮らしです。
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