一般文学賞にノミネートした「第二世代」以降SF作家について

「ハヤカワSFコンテスト」出身の小川哲が第168回直木賞を受賞しました。
 SF作家と文学賞といえば半村良が「雨やどり」で直木賞を受賞し(この作品は風俗小説)、小松左京、星新一、筒井康隆などの「第一世代」作家もそれぞれ受賞、ノミネートが複数あるのは知られています。しかし、それ以降の世代については、あまり語られることがありません。
 そこで所謂「第二世代(70年代前半デビュー)」以降、SF系以外の文学賞にノミネートされたSF作家(SF系の新人賞、雑誌でデビューするか「SF系」とされるレーベルを主な発表媒体にしている作家)を調べてみました。
 調査対象にしたのは、1975年以降のおもな非公募系小説賞。
 太字は受賞作。

文学賞リスト

直木賞

第74回(1975年下半期)
田中光二『大いなる逃亡』 

第78回(1977年下半期)
山田正紀『火神を盗め』

第87回(1982年上半期)
山田正紀「友達はどこにいる」「少女と武者人形」「ホテルでシャワーを」「ラスト・オーダー」 

第143回(2010年上半期)
冲方丁『天地明察』

第147回(2012年上半期)
宮内悠介『盤上の夜』

第149回(2013年上半期)
宮内悠介『ヨハネスブルグの天使たち』

第156回(2016年下半期)
冲方丁『十二人の死にたい子どもたち』

第157回(2017年上半期)
宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』

第159回(2018年上半期)
上田 早夕里『破滅の王』 

第162回(2019年下半期)
小川哲『嘘と正典』 

第168回(2022年度下半期)
小川哲『地図と拳』 

芥川賞

第137回
円城塔「オブ・ザ・ベースボール」

第145回(2011年上半期)
円城塔「これはペンです」

第146回(2011年下半期)
円城塔「道化師の蝶」

第156回(2016年下半期)
宮内悠介「カブールの園」

第158回(2017年下半期)
宮内悠介 「ディレイ・エフェクト」 

第160回(2018年下半期)
高山羽根子「居た場所」

第161回(2019年上半期)
高山羽根子「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」

第163回(2019年下半期)
高山羽根子「首里の馬」

吉川英治文学賞

主にベテランが対象。

第46回(2012年)
夢枕獏『大江戸釣客伝』

吉川英治文学新人賞

新人から中堅のエンタメ系作家が対象。

第1回(1979年)
田中光二『「黄金の罠』
山田正紀『竜の眠る浜辺』

第2回(1980年)
栗本薫『絃の聖域』
山田正紀『ツングース特命隊』

第4回(1982年)
山田正紀『風の七人』

第6回(1984年)
夢枕獏『悪夢喰らい』

第16回(1994年)
大槻ケンヂ『くるぐる使い』

第19回(1997年)
瀬名秀明『BRAIN VALLEY』

第28回(2006年)
山本弘『アイの物語』

第31回(2009年)
冲方丁『天地明察』

第34回(2012年)
月村了衛『機龍警察 暗黒市場』

第38回(2016年)
宮内悠介『彼女がエスパーだった頃』

第39回(2017年)
小川哲『ゲームの王国』

第40回(2018年)
藤井太洋『ハロー・ワールド』

第42回(2020年)
野崎まど『タイタン』

吉川英治文庫賞

大衆小説のシリーズ作品が対象。

第2回(2016年度)
菊地秀行「吸血鬼(バンパイア)ハンター」シリーズ

第3回(2017年度)
菊地秀行「吸血鬼(バンパイア)ハンター」シリーズ

第4回(2017年度)
田中芳樹「アルスラーン戦記」シリーズ

第5回(2018年度)
小川一水「天冥の標」シリーズ
菊地秀行「吸血鬼(バンパイア)ハンター」シリーズ

第6回(2019年度)
菊地秀行「吸血鬼(バンパイア)ハンター」シリーズ
田中芳樹「アルスラーン戦記」シリーズ

第7回(2019年度)
菊地秀行「吸血鬼(バンパイア)ハンター」シリーズ

山本周五郎賞

エンタメ系。
第3回(1989年)
山田正紀『ゐのした時空大サーカス』

第11回(1997年)
瀬名秀明『BRAIN VALLEY』

第12回(1998年)
新井素子『チグリスとユーフラテス』

第29回(2015年)
宮内悠介『アメリカ最後の実験』

第31回 2017年
小川哲『ゲームの王国』
月村了衛『機龍警察 狼眼殺手』

三島由紀夫賞

純文学系。
第12回(1998年)
東浩紀『存在論的、郵便的――ジャック・デリダについて』(註:評論)

第23回(2009年)
東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』
円城 塔『烏有此譚』

第30回(2016年)
宮内悠介『カブールの園』

第33回(2020年)
高山羽根子『首里の馬』


泉鏡花文学賞

「ロマンの香り高い」小説、戯曲が対象。
第1回(1973年)
半村良『産霊山秘録』(第一世代)
荒巻義雄『白き日旅立てば不死』

第2回(1974年)
田中光二『幻覚の地平線』

第7回(1979年)
眉村卓『消滅の光輪』(第一世代)

第9回(1981年)
筒井康隆『虚人たち』(第一世代)

第17回(1989年)
夢枕獏『鮎師』

第19回(1991年)
田中光二『樹―審判の日』

第20回(1992年)
田中光二『オリンポスの黄昏』

第26回(1998年)
夢枕獏『神々の山嶺』

(第31回から候補作発表なし)
第39回(2011年)
夢枕獏『大江戸釣客伝』

第46回(2018年)
山尾悠子『飛ぶ孔雀』

新田次郎文学賞

形式の如何を問わず、歴史、現代にわたり、ノンフィクション文学、または自然界に材を取ったものを対象。
第15回(1996年)
谷甲州『白き嶺の男』

角川小説賞

(1974年~1985年)
第4回(1977年)
山田正紀 「神々の埋葬」

第6回(1979年)
田中光二「血と黄金」

山田風太郎賞

ミステリー、時代、SFなどジャンル問わず。
第3回(2012年)
冲方丁『光圀伝』

第10回(2019年)
月村了衛『欺す衆生』

第13回(2022年度)
小川哲『地図と拳』

日本推理作家協会賞(長編及び短編連作部門)

第33回(1980年)
田中光二『黄金の罠』

第34回(1981年)
栗本薫『絃の聖域』

第48回(1995年)
谷甲州『凍樹の森』

第54回(2001年)
菅浩江『永遠の森 博物館惑星』

第55回(2002年)
山田正紀『ミステリ・オペラ』

第64回(2011年)
上田早夕里『華龍の宮』

第67回(2014年)
上田早夕里『深紅の碑文』

第68回(2015年)
月村了衛『土漠の花』

日本推理作家協会賞(短編部門)

第33回(1980年)
栗本薫「羽根の折れた天使」

第54回(2001年)
草上仁「サージャリ・マシン」

第57回(2004年)
松尾由美「走る目覚まし時計の問題」

第58回(2005年)
三雲岳斗「二つの鍵」

第62回(2009年)
田中啓文「渋い夢」

第66回(2013年)
宮内悠介「青葉の盤」

(このほか、第49回長編部門に梅原克文『ソリトンの悪魔』が受賞しているのですが、御本人が以前「SFに入れてくれるな」という意思表示をしていますのでリストアップしませんでした。また第55回同時受賞の古川日出男『アラビアの夜の種族』は日本SF大賞も受賞しています
さらに小説以外では
第65回評論その他の部門 で 横田順彌 『近代日本奇想小説史 明治篇』
第72回の評論・研究部門 で 長山靖生 『日本SF精神史【完全版】』
が受賞しています)

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本屋大賞

(ノミネート10位程度まで)

第10回(2013年)
10位 伊藤計劃・円城塔『屍者の帝国』
11位 冲方丁『光圀伝』

第12回(2015年)
5位 月村了衛『土漠の花』

 

考察

・70~80年代にかけて、田中光二、山田正紀の多さが際立つ。
 とくに田中光二。吉川賞のほかにも今では存在しない角川小説賞も受賞している。直木賞も狙えたのではないか。
・反面、この時期中間小説誌にも旺盛に執筆していたかんべむさし、横田順彌はノミネートなし(横田氏は推協賞の評論部門で受賞しているが)。
・『黄泉がえり』以降一般層にもブレイクした梶尾真治もノミネートなし。
・神林長平、大原まり子ら第三世代(80年代デビュー組)はノミネートが少ない。草上仁と松尾由美が推協賞短編部門にノミネートされているのみ。
・意外にも(?)70年代後半に『奇想天外』でデビューした作家が健闘している。新人賞でデビューした新井素子と山本弘、受賞に至ったのは谷甲州と夢枕獏(新人賞経由ではない)だが、谷はSFではない山岳小説。
・80年代デビュー組はほぼ縁がないと書いたが、貴志祐介には触れておくべきだろう。「岸祐介」名義で1986年のハヤカワ・SFコンテストに佳作入選。SFマガジンに短編を掲載している。
2000年 -『青の炎』で第21回吉川英治文学新人賞候補、第13回山本周五郎賞候補。
2005年 -『硝子のハンマー』で第58回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)受賞。
2008年 -『新世界より』で第29回日本SF大賞受賞。
2009年 -『新世界より』で第30回吉川英治文学新人賞候補。
2010年 -『悪の教典』で第1回山田風太郎賞受賞、第144回直木三十五賞候補。
2011年 -『悪の教典』で第32回吉川英治文学新人賞候補。
・90年代の「冬の時代」デビュー作家では瀬名秀明と大槻ケンヂのみ。
・ゼロ年代の小松左京賞出身作家では、円城塔が圧倒的(左京賞受賞には至っていないのだが)。ほかには上田早夕里が健闘。伊藤計劃も早世しなければこのリストに名を連ねていただろうか。
・対して日本SF新人賞は、三雲岳斗の1回のみ。三雲はどちらかというと電撃大賞でデビューしたラノベ作家と言った方がよさそう。
・創元SF短編賞では純文学、エンタメ双方にノミネート、受賞している宮内悠介、芥川賞受賞の高山羽根子。
・再開後のハヤカワSFコンテストでは、現在のところ受賞、ノミネートされている作家は小川哲のみだが、その実績は圧倒的。
・ここに清水義範を入れるべきか。ソノラマ文庫でジュブナイルを書いていたが、1988年 『国語入試問題必勝法』により第9回吉川英治文学新人賞を受賞。『金鯱の夢』、『虚構市立不条理中学校』、『柏木誠治の生活』が直木賞候補。
・SFファンダム出身の作家なら川上弘美もそうなのだが。お茶の水女子大学SF研出身で、SF雑誌の編集者としての勤務経験もあり、デビューした「パスカル短編文学新人賞」もSF色が強かった。
・桜庭一樹、有川ひろ(旧名、浩)などのラノベ出身者をどう扱うか。厳密に言えば冲方丁もこちらなのだが。
・そういうわけなので「なんであのひとが入ってないの?」というクレームは勘弁してください。

 リスト作成においては、文学賞の総合データベースサイト「文学賞の世界」を参考にさせていただきました。記して感謝します。


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