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ブックデザインは誰のものか? トークイベント「装丁と紙でふりかえる平成」をふりかえる

もう一ヶ月も前の話だ。デザイン性と汎用性を兼ね備えた紙の発展を牽引する「竹尾」の展示・装丁万華鏡にて、装丁家・桂川潤、装丁家であり日本図書設計家協会長を務める小林真里によるトークイベントが開催された。長く装丁に携わった二人による「ふりかえり」はまさにタイトルに相応しく、平成の背景となる明治〜昭和、DTP台頭の平成、そして令和への展望も含めた充実の内容であった。(いまさらながらメモが出てきたので、雨の日曜日に公開してみる)

1. 平成以前

1-1. 明治後期〜昭和初期 画家による絵と活字

明治後期から昭和初期にかけて、戦争や災害はあったが、精神的にはのどかであった。デザイナーなどはおらず、絵心のある画家が装丁を担っていた。娯楽といえば本、暮らしの中心にあった。装丁史をふりかえると、日本画家や西洋画家の挿画がすばらしかった。絵はもちろんのこと、活字はほとんど手書きであったが、そのレタリングが秀逸であった。

1-2. 1950年代後半 デザイナーの参入

明治時代から1950年代前半にかけて、本の装丁は「画家装丁」または「編集者装丁」であった。担い手は、画家や編集者、著者、建築畑の人間だった。デザイナーが本格的に装丁に入り始めたのがこの時代。

1-3. 1960〜70年代 「ブックデザイン」誕生

「デザイン」という言葉が広まった。出版量の増加を背景に、編集者が装丁までやりきれなくなり、装丁の仕事に外から手が入ってきた、という感もある。

さらに70年代には、菊池信吉のように「広告」から入ってくるデザイナーも現れ、独特の装丁が生まれた。これまでの本の中身を見せるだけではなく、「批判性」「批評性」を帯びるようになった。「デザイナー装丁」が生まれたのはその頃。杉浦康平、菊地信義などが活躍。

組版にかんして、60〜70年代に、活版→写植になり、組みを詰めることが可能になった。まずは「詰め」「詰め詰め」くらいで組み、少しずつカッターで切ってどんどん詰めたりもした。アナログな作業によって、ほんの印象・訴求力が高まっていった。あらゆることを試みていろんな効果を狙っていた。

2.平成 1989〜2019

2-1. 平成初期1989〜 DTP前夜

平成の始まりくらいまで、活版は残っていて、明治からその時代まで本の作り方はあまり変わっていなかった。平成2年に書籍JANコードが制定され、デザインの制約のみならず、紙の制約も生まれた。このころ、印刷方法も、活版からオフセットへ移り変わった。
先駆的にMac導入を試みるデザイン事務所が少数ながら存在したが、当時は機器とアプリケーションをそろえると数百万円の導入費がかかり、「シャッキントッシュ」(笑)とも言われていた。
昭和までは画家の装丁がメインだったが、イラストレーターが台頭し始めた。吉本ばなな『TSUGUMI』は絵がセンセーショナルかつ効果的に使われた好例である。

2-2. 平成5年1993〜 DTPの登場

1993年にApple社がMacintosh Color Classicを発売し、本格的なパソコン・DTPの時代へ入る。1994年には日本初フルDTP商業雑誌『WIRED』が創刊された。
印刷技術によって、当然紙は変わってくる。力強い印圧とインキの盛りで表現できた活版に対し、オフセット印刷では網点で調整する。活版であれば、圧やインクで調整できた。オフセットはインクがどうしても薄いので、すぐに色あせてしまう。それでは、装丁はもちろん、バーコードの予定で問題が生じる。そこでニーズが生まれたのが、「ヴァンヌーボ」。黒が綺麗に発色できることで評判になった。

2-3. 平成8年1996〜 インターネット普及とデジタル化

インターネットとコンピュータの普及により、それまでは、いろんな人が水平分業していたのが、パソコンの中に全部入ってしまった。当時「ワーキングシェア」などとも言われていたが、一方で、他者のパソコンは使いようがなかった。人の頭の中を外在化させたのがパーソナルコンピュータ 。インターネットの伸びとともに書籍・雑誌は読まれなくなった。

2-4. 平成13年2001〜 新世紀へ、イラスト・写真の台頭

Adobeの組版ソフトInDesign1.0日本語版がリリースされた2001年、『世界の中心で、愛をさけぶ』が送り出され、白い紙+写真またはイラスト+文字といった、「セカチュー的な」構成のグラフィカルな装丁が増殖。
「昭和の装丁はできることが多くなかったので、紙の特徴や文字の力をつかったシンプルなデザインが多かったが、平成に入り、技術環境の発達とともにあらゆるグラフィカルな表現が可能となった。制約の多い時代に作られていたデザインの力強さを、あらためて感じる。いまデザインをするときに、昭和のシンプルさは勇気がないと真似できない。」(by桂川氏)

2-5. 平成23年2011〜 震災、電子書籍

2010年に「電子書籍元年」が喧伝されるも、あまり普及せず。震災前後のKindle、スマートフォンの普及に伴い、ようやく徐々に伸びてきた。
一方で紙の工場や倉庫は、震災により大きな被害を受けた。震災以前からの続く出版縮小や世界的な古紙原料の不足から、印刷用紙の不足は深刻化が続き、現在も、生産中止や価格高といった問題となっているが、仕方がない。

3. 令和に「残る」ブックデザインを

圧倒的に今、活字を読む機会はインターネットにある。だから、せめて本くらいは紙で読みたいという気持ちがあるのではないか。少部数になれば、より一層、物としての本の持つ力が求められていくのではないか。
そんな時代において、ブックデザインが果たす役割とは。二人の答えに共通したのは「残る」という言葉だった。

本づくりのインフラにまつわるデジタル化が可能にしてくれる環境と、逆の意味で、本自体を取り囲む環境とが変わってきた。昔は、装丁や本というものが版元・取次といった、「川上」を向いていた。いまは、書店や読者などの「川下」に向いている。いわば逆襲である。当時は、新刊の平台で競っていたが、書店の方が、装丁に対して目利きになっている。悪い装丁は置かない。いいものだけを選ぶ。単に流行を追いかけるのではなく、10年後、50年後に残るデザインを考えていく必要がある。(by桂川)

素人でも本を作れる時代だからこそ、いい本だけが残っていくのではないか。出版にとって厳しい時代ではあるが、目利きの小さな書店や出版社こそが活躍していくだろう。最近の小さな出版社は圧倒的にデザインを重視している。部数の話は出版社にまかせ、私達の仕事は装丁の質を維持・向上すること。「部数至上主義」は止むを得ないが、本の質を落とさない企画力を大切にしたい。手作り感のあって、後世に残るような本を改めて考えてみたい。(by小林氏)


一ヶ月ぶりにメモを振り返り、本は本そのものというより、技術や社会背景によって形作られてきたことを意識させられた。本が売れない時代だからこそ、本づくりにおけるブックデザインの寄与度は高まるだろう。それも、出版全盛期に求められたような「多くの人に訴求する」デザインではなく、「ひとりの読者に強く響き、本の内容と共鳴し、その音自体が自然と広がっていく」代物が、のこっていく装丁と言えるかもしれない。

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