信頼関係が、仕事の効率化を産むんです|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第4話
取材・文・編集/設楽幸生(FOUND編集部)、写真/荻原美津雄
徹底した効率化で、
「定時に帰れて、結果を出す」
組織を作ってきた佐々木さんですが、「人を思いやる」ことが、効率化の近道になると説きます。
「思いやり」と「効率化」は一見シンクロしない言葉ですが、その真意は何でしょうか?
「働き方改革の第一人者」に、本当の働き方改革について迫るシリーズ、4日目です。
佐々木常夫(ささき・つねお)
1969年東京大学経済学部卒業、同年東レ入社。自閉症の長男を含め3人の子どもを持つ。
しばしば問題を起こす長男の世話、加えて肝臓病とうつ病を患った妻を抱え多難な家庭生活。一方、会社では大阪・東京と6度の転勤、破綻会社の再建やさまざまな事業改革など多忙を極め、そうした仕事にも全力で取り組む。
2001年、東レ同期トップで取締役となり、2003年より東レ経営研究所所長となる。
2010年(株)佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表。何度かの事業改革の実行や3代の社長に仕えた経験から独特の経営観をもち、現在経営者育成のプログラムの講師などを勤める。社外業務としては内閣府の男女共同参画会議議員、大阪大学客員教授などの公職を歴任。
現在は、「働き方改革」をテーマに、企業や組織向けに、年間50以上の講演活動をおこなっている。佐々木常夫オフィシャルサイト
人を思いやることが効率化につながる
━━仕事において、合理性を追求するとつい数字や結果ばかりに目がいってしまい、部下に対する温情や、温かい目で見る、という視点が欠落しがちです。
また同時に、情に流されすぎて結果や数字にこだわらなくなると、仕事になりません。
仕事において「結果や数字」と「情」のバランスをどう取ったらいいのか教えてください。
佐々木常夫氏(以下、佐々木):
「私は仕事において、効率の悪いことは良しとしません。
管理職やリーダーというのは、人を動かさないといけませんよね。
人を動かす時に大切なのは、『相手が私の言うことを素直に聞いてくれる』ことなんです。
ということは、自分の周りにいる部下たちが、納得できるような指示をしないとだめなんですね。
つまり、部下たちが何を考えているのか、どういう希望を持っているのか、ということを理解してあげないといけません。
そのためには、部下たちの話を聞いてあげることが大切です。
人間というのは、自分の気持ちや思っていることを話して、それをこちら側が聞いてあげると、その人は自分の言うことを聞いてくれることが多いんです」
━━部下を思いやることと、効率化が繋がっているとは考えもしませんでした。
佐々木:
「私は現役時代、部下の話をとことん聞く姿勢を取っていました。定期的に部下と面談をし、仕事の相談や悩みを聞いてあげるのです。
回数を重ね、部下が私に心を開いてくれるようになると、プライベートの家庭の悩みや恋愛相談まで聞いてあげるようにしていました。
当時他の人間には、『面接の時に、部下の女性の恋愛相談に乗る奴なんていないよ』とバカにされていましたけれどね(笑)。
でも、相手の心を開けて、プライベートの相談までされる関係になると、仕事における効率化が一気に加速するんです。
信頼関係は、仕事を効率化する上で、最も大切なファクターの一つなんですね」
━━ただ「論理的な人」「仕事ができる人」だけでは部下はついてきませんよね。
佐々木:
「たとえば孔子の弟子たちは、孔子が一言言えば、それに従いますよね。自分が尊敬し信頼する人が言うことには、従うものなんです。
逆に『あの人は合理的な人だ、でも尊敬はできない』となれば、部下たちはついていきません。
マネジメントというのは、ある意味人格の問題だと私は思っています。
もちろん合理的に仕事をこなしたり、スキルが高いという部分も大切かもしれませんが、部下たちは『この上司は自分たちのことを大切にしてくれているか?』ということをいつも気にしています。
例えば私の場合でしたら、部下たちに毎日口やかましく言っていましたが、評価の時は少し甘めにつけるようにしていました。
もし5段階中本当は3ぐらいかな、と思っていても、4と評価したりしていました。すると、人事が査定する時に、その人の評価が高くなるんです」
効率化の礎は人間同士の信頼関係を築ける組織づくり
佐々木:
「私は部下を評価する時には、1年前から準備に入るんです。
部下を上にあげる時のポイントは、例えば私が課長で、部下を課長に昇格させるとしたら、大切になってくるキーマンは私の上司、つまり部長です。
その部長に、1年前から、何か仕事で上手くいったことがある度に、
『これは彼が考えたんです』
『これは彼のアイデアで、彼は素晴らしいアイデアを持っているんです』
とアピールするんです。
事あるごとに部下を褒めると、上司は『ああ、彼は優秀なんだな』と思うでしょう。そうすると部下たちはどんどん出世していくんですね。
もちろん問題のある部下で、『ちょっとこの部下は……』という人もいるでしょうが、たいていの人間はいい部分があります。
ですからそこを見つけて上司に報告する、すると部下は出世していくものなんです。
これをやり続けていると、『あの人は自分のことをちゃんと見てくれてる。大事にしてくれてる』と思うんですね」
━━そこまで親身になってくれているなら、「あの人のために仕事をするぞ」と思うでしょう。
佐々木:
「これを私が東レでやり続けた結果、私が東レを去る時に、部下たちが『〈佐々木さんを囲む会〉を、私たちはやりつづけますから』と言ってくれたんですね。
普通は先輩がいなくなったら、『やっとうるさいのがいなくなった、せいせいした』ぐらいで終わりでしょう。時々会社に来ると『また来たのか? 早く帰ってくれ』と思われるでしょう(笑)。
『囲む会』は何回かを重ねたのですが、部下たちも忙しいですから、丁重にお断りして5回ほどで終わりましたが、部下たちは『佐々木さんから受けた恩を考えれば、会を開くのは当然です』と言ってくれています。
部下とこういう関係になった時に、自分が仕事でやろうとしたことが、全てスムーズに行ったんです。
リーダーになるというのは、スキルの問題もあるかもしれませんが、人間性の部分が大きくかかわっているんだと思います。
部下たちが信頼してくれて、チームが同じ方向を向いて効率よくミッションをこなすこと。こんな組織づくりをするのが、リーダーだと私は思っています」
結果を出して効率よく働く組織に必要なこと
━━つい人は、数字や結果を会社に求められると、部下に「もっと働け」「もっと結果を出せ」と言ってしまいがちです。
佐々木:
「結果を出したいと思い、『何をするのが有効か?』ということを考えた時に、一番よろしくないのは、感情的になって怒ったりすることです。
私は先日、心理学者のアドラーを研究されている岸見一郎さんと対談したんですね。
私は岸見さんとお会いするまで、アドラーの考え方を知らなかったのですが、アドラーの心理学は簡単に言うと『人はいつでも変われる』『人はいつでも幸せになれる』ということなんです。
そのためには、色々な条件があるのですが、その一つが『人間の全ての悩みは対人関係である』ということなんです」
━━もう少し詳しく聞かせてください。
佐々木:
「世の中に一人で生きている人なんていませんよね。
みんな誰かと繋がっていますし、そこに喜びや幸せを見出しますね。ところが、すべての悩みというのは結局対人関係に繋がるんです。
その悩みに対してアドラーは、
『人間は平等である』
『人間関係をタテで割るのではなくて、ヨコで割ってみなさい』
と言います。タテというのは、上司と部下、親と子のような関係性ですね。
私は30歳位のころから、自分の年上も年下も「さん」づけで呼ぶようにしています。
東レで当時、部下を「さん」づけで呼ぶ人なんて誰もいませんでした。
私は部下であっても、自分より得意なものを持っている、という尊敬と対等の立場という意味を込めて、『さん』づけで呼んでいたのです」
━━これなら私も明日から実践できそうです。
佐々木:
「年下の部下であってもそれらの強みを認めて、リスペクトすると組織は強くなるんです。
部下たちは私の指示に従うのではなくて、自分で考えよう、提案しようと思わせることが大切なのです。
上から目線で『○○さん、これをやりなさい』ではなくて、『○○さん、これをやってもらいたいのですが、どうでしょうか?』と尋ねると、相手は自分で考えて提案しようとするようになるのです。
そうすると、組織の力は上がっていきます」
強い組織に必要なこと
佐々木:
「先日、大学ラグビーで前人未到の9連覇を達成した、帝京大学ラグビー部の岩出監督と対談をさせていただいたんですね。
その時に岩出さんに『なぜ帝京大学ラグビー部は9連覇をしたのですか?』と尋ねたんです。
というのも、社会人が連覇するのはわかるんです。社会人のラグビー部には何年間も強い人がいる場合が多いですから。
でも大学生は4年まででしょう。毎年、学生は入れ替わるんですよ。それでもなぜ、9連覇できたのか?これが私にはとても不思議でした。
そのことを岩出さんに聞いたら、面白いことをおっしゃられたんですよ。
岩出さんは『私は、ラグビーで勝とうという気でやってないんです。この子たちが自立してほしい。将来世の中に出て成長できるような基盤を作るのが、自分の監督としての仕事なんです』とお話されたのです。
そしてこう続けました。
『だから、勉学をしなさい。挨拶をしなさい。きちんと掃除をしなさい。そして地域の活動もやりなさい。そして、練習もやりなさい』と」
━━「戦いに勝とうとするな」という発想が面白いですね。
佐々木:
「そして岩出さんが取り入れたシステムが面白いんです。
普通、大学の体育会というのは、4年生は神様のような存在です。そして1年生は雑用係です。上級生が頂点のヒエラルキーがあり、上級生は絶対的存在というのが、今までの組織体系ですよね。
ところが、帝京大学ラグビー部は逆なんです。
4年生が雑用係をやって、1年生は入って来たばかりですから、右も左もわからず苦労することが多い。だから雑用から解放して、もっと別なことをやらせるんです。
そしてチームに対して、上級生だから偉いとか、下級生だから偉くないとか、そういうものは一切ない、そして相手に対するリスペクトを持ちなさいということを伝えるんです。
そうすると何が起きるか?
雑用までやってくれる上級生のことを、下級生は尊敬の目で見るようになります。そして上級生も下級生のことをケアする。
そういうことの積み重ねの中で、岩出さんは選手一人一人に『自分で考えなさい』と伝えます」
正しい自主性の積み重ねが、結果を生む
佐々木:
「そして例えば、ある選手がノックオン(ラグビーで、ボールを前に落とす反則行為)したとします。
そんなミスをしてしまった時、監督に『今度ノックオンしたら変えるぞ!』と言われると、その選手は『ノックオンしないこと』ばかりに意識がいきますよね。
本来考えるべき、『チームが勝つとか、この場面でどう動いたらいいんだろう』ということを考えなくなるんです。
こういう指導を重ねていくと、チームは弱くなる、というのです。
岩出さんは、その失敗を認めます。
ただ『ミスしたら、次に何をするべきなのか?それを自分で考えなさい』と選手たちに言うんです。
これを積み重ねた結果、9連覇に繋がったんだと話しておられました。
日本のスポーツ業界の多くは、上からの指示ですよね。相撲、レスリング、体操、ボクシング、アメフトなどの業界で、上からの指示によって色々な問題を生んだのは記憶に新しいと思います。
上からの指示で動かそうとすると、時にはああいう不祥事が起きる。
ところが岩出さんは違いました。
岩出さんのような例はとても珍しいのですが、似たような例が青山学院陸上部の原監督です。原監督は生徒の自主性を非常に重んじました。
自分がやることは、生徒が練習しやすいように環境を整備して、生徒全員が自分で考えてのびのびと努力できる場を提供してあげた。
この二人の指導法は、アドラーの心理学を応用した組織づくりだと私は分析しています」
人間関係が円滑であれば、余計なコミュニケーションや駆け引きをしなくとも、チーム構成員がみな同じ方向を向いて仕事ができる。
これが組織の基本であることを学びました。
最終回は、効率化に大切な「上司の扱い方」について伺いたいと思います。
(つづく)
・全ての残業が「悪」ではない|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第1話
・効率化のための10のヒント|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第2話
・効率の良い組織に必要なこと|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第3話
・信頼関係が、仕事の効率化を産むんです|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第4話
・敵が最大の味方になる時がある|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第5話
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