敵が最大の味方になる時がある|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第5話
取材・文・編集/設楽幸生(FOUND編集部)、写真/荻原美津雄
働き方改革についての5回の連載も、本日で最終回になりました。
結局色々なアイデアやプランであっても、最終的には人間関係の円滑さが大切とのこと。
最終回は人間関係の中でも、特に上司との付き合いにフォーカスを当てて、その対処法を語っていただきます。
佐々木常夫(ささき・つねお)
1969年東京大学経済学部卒業、同年東レ入社。自閉症の長男を含め3人の子どもを持つ。
しばしば問題を起こす長男の世話、加えて肝臓病とうつ病を患った妻を抱え多難な家庭生活。一方、会社では大阪・東京と6度の転勤、破綻会社の再建やさまざまな事業改革など多忙を極め、そうした仕事にも全力で取り組む。
2001年、東レ同期トップで取締役となり、2003年より東レ経営研究所所長となる。
2010年(株)佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表。何度かの事業改革の実行や3代の社長に仕えた経験から独特の経営観をもち、現在経営者育成のプログラムの講師などを勤める。社外業務としては内閣府の男女共同参画会議議員、大阪大学客員教授などの公職を歴任。
現在は、「働き方改革」をテーマに、企業や組織向けに、年間50以上の講演活動をおこなっている。佐々木常夫オフィシャルサイト
目の前の仕事より大切なことを優先する
佐々木:
「会社組織やリーダーは、上から押さえつけて部下をコントロールするのは間違っています。
私が働き方改革をテーマに講演をすることがよくありまして、上記のような話をします。
組織とはどうあるべきか? そしてそのリーダーとはどうあるべきか?
上から押さえつけるのがリーダーではない、と話をして、講演を聞いている時は納得した顔をして帰るのですが、会社に戻るとまた元の仕事のやり方に元どおりになってしまう。
これだと、いつまでたっても本当の意味での働き方改革にはなりません。
私が言っている『変えるべきなのは、働き方ではなくて生き方だ』ということを理解してもらわないと、本当の意味での働き方改革は成功しないと思います。
前回お話しした、帝京大学ラグビー部・岩出監督の『私はラグビーに勝つことが目的ではありません』という哲学は、会社組織でも置き換えられますよね。
『生産性を上げろ』『数字を出せ!』とハッパをかけることが部下の成長につながるのではありません。
目の前の仕事よりも、部下の人生のことを大きな視点で考えてあげれば、仕事はすべて上手くいくと私は確信しています」
━━東レで働いていらした頃、部下の「自立性」を常に考えていたのですか?
佐々木:
「はい、もちろんです。自立性がないと、いつまでたっても成長しないからです。
ある上司がいたとしましょう。その人は部下に指示を出して指示通りに動かすのが得意だとしましょうか。
でもその上司が変われば、その部下は別の上司の下では動きませんよね。自立性がないからです。
大切なのは、まず、主体性を持つこと。自分の人生を自分で引き受けて生きていくことが大切なんです。
そして2つ目は、自分の目標をきちんと掴むこと。
そして3つ目は、優先事項を常に考える。自分の人生で大切なものは何か? 仕事での優先順は何か?
この3つを持っている人間は、自立して成長していくと考えています」
効率化には「上司をその気にさせる」ことが大切
━━上司が部下に接する方法はわかりました。逆に部下側として心がけるマインドというのは何かあるのでしょうか?
佐々木:
「私は課長になる前に、『課長になったらこれを部下に伝えよう』と思い、『10カ条』を仕込んでいました。
というのも、上司に変革を求めても変わらないからです。下から組織を変えていくことを諦めたとも言えますね。
今だから言えますが、私のこの判断は必ずしも絶対正しいとは言えません。
なぜなら、私は幸いにも課長になれて、自分の意見を通しましたが、課長になれない、出世できないこともあります。
部下から組織を変える方法はいくつかあるのですが、その1つに『上司をその気にさせる』ことです。
もしあなたの上司の性格が難しければ、それを変えないといけません。そのためには、『上司をその気にして、気に入ってもらう』ことが大切です。
なぜ気に入ってもらうのか?これはゴマをするとか、ご機嫌をとるのが目的ではありません。上司に自分の意見を聞いてもらうためです。
私の意見を理解して、実行してもらわないといけません。私はそれを『上司の注文を聞け』という言葉にしています」
━━上司の注文を聞くことが、効率化につながるのか、まだわかりません。
佐々木:
「私は、自分の組織で今年1年こういうことをやりたい、と必ず上司に報告をしていました。
そうすると、『いやこれは君違うよ。こんなことはやらなくていい』『これは優先順が違うじゃないか』などと言ってきますね。
そして上司に言われた通りに直して再度見せます。すると、『よし、俺の意見が入ったな。進めなさい』となりますね。
そして途中で、環境や状況が変わって、その計画通りにことが進まなそうな雲行きになるとしますね。
そうすると上司に『状況が変わったので、少し当初と変更します』と言えば、『そうか、状況が変わったのなら致し方ない』となります。
さらに難しい壁に当たった時に、『これは難しいので1週間時間を下さい』と言うと、『そんなもの3日でやりなさい』と言われる。
逆に簡単な仕事にこちらが『3日でできます』と言うと、上司は『それは慎重に2週間でやりなさい』と言ってきたりします。
ああいえばこういう上司は、どの職場にもいますね。
それを繰り返すと、その上司が何に重きを置いているのかというのがわかってきます。
そして私は、2週間ごと、定期的に上司とミーティングする時間を作っていました。
そしてその場で上司に報告するのではなくて、文章で事前に渡していました。簡単なメモでいいので、事前に上司に見せてからミーティングに臨むのです。
それを繰り返していくと、私が考えていることに最終的に従ってくれました。
なぜかというと、色々上司が言ってくる注文に私は従ってきましたから、最終的には『可愛いやつだ』と上司に思われるんです」
敵が最大の味方になる時がある
佐々木:
「私が東レの営業部にいた時に、このやり方で当時一番苦手だった上司に気に入ってもらい、仕事を効率よく回すことができたんです。
そして1年後、当時マーケティング部門という新しい部門に、その苦手な上司が配属することになったんですね。
私は『よかった、いなくなった』と思ったのですが、ここからが面白いんです。私はその嫌いな上司から、4ヶ月後にその部署に呼ばれたんです。
『またあの上司の下で仕事をしないといけないのか』と思い、前と同じように注文を聞きつづけることになりました。
しばらくすると、またその上司は部署が代わり、今度はプラスチック事業の本部長になりました。
そしてまた私は一安心しました」
━━一件落着ですね。
佐々木:
「いや、ここからなんです。今度はまた4ヶ月後、その上司からプラスチック事業部に呼ばれて、またその人の元で働くことになりました(笑)」
━━裏目に出てしまったんですね。
佐々木:
「私のこの話を聞いて『なんだ、上司の注文を聞くことで、嫌な上司の下で働き続けることになったじゃないか。残念だ』、と思う人もいるかもしれません。
ところが違うのです。
それから、私が本当に苦手な上司だな、と思ったその人が、私を最大限サポートしてくれる上司へと変わったのです。
その上司は最終的に副社長にまでなって、その上司のおかげで私はどんどん出世することになったんです」
━━その上司の方は、佐々木さんが自分のことを苦手だとわかっていたんですか?
佐々木:
「はい、もちろんわかってました。考え方も仕事のやり方も全く違いますからね。意見も食い違いますし。
私は上司の意見を聞く、違う時は『私は違う意見を持っていて、こういう意見なのですが、どうですか?』とお伺いを立てます。
すると『そこは私と違うから、ここを変えてくれ』と言われますね。
これを繰り返していると、どうなると思いますか?不思議なことに、だんだんとこちらのペースになっていくんです(笑)。
上司を変えるとは、こういうことなんですね」
━━多くの人の組織の悩みは人間関係です。どんな人間関係でも、仕事をこなすことができるのでしょうか?
佐々木:
「世の中には色々な人がいると思いますが、そんなに難しい人というのは、なかなかいないと思います。
どんな難しい人でも、いい部分はありますし、やり方によってはちゃんと聞いてくれる。これが私の持論です。
本人にも原因があると思いますし、嫌われるには嫌われる理由があるんだと思いますよ。そこに気づき、そこを直していくことが組織で働く上で大切です」
実際に現場で実践され、結果を出し続けてきた具体例は、明日からでも実践できそうなものばかりです。
お題目ばかりあげているのではなくて、日々の仕事で何をやれば、どういう意識で仕事に向き合えば、真の働き方改革を実現できるのか?
今日は貴重なお話をうかがいました。ありがとうございました。
(おわり)
・全ての残業が「悪」ではない|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第1話
・効率化のための10のヒント|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第2話
・効率の良い組織に必要なこと|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第3話
・信頼関係が、仕事の効率化を産むんです|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第4話
・敵が最大の味方になる時がある|元東レ経営研究所所長・佐々木常夫 第5話
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