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駱駝草


🐪 1 ðŸª

 ぀いに颚がやんだ。
 颚がやめばお山の向こうから瘎気が降りおくる。瘎気を吞えば、町の人はみんなツタヒマワリになっおしたう。だから僕は父さんず母さんに蚀ったんだ、早く防毒マスクを぀けたほうがいいよっお。でも父さんも母さんも、あんな身䜓に悪いもの、金茪際身に぀けないよず蚀っお頑なに拒み぀づけ、それでずうずう二人ずもツタヒマワリになっおしたった。父さんず母さんばかりでない、倚かれ少なかれ保守的だった町の人は防毒マスクを毛嫌いしお、その結果、みんなツタヒマワリになっおしたった。たったひずり取り残された僕の珟圚の日課は、朝倕二回、町のツタヒマワリを枯らさぬよう氎をやるこず。枯れおしたえば、元に戻る望みはないのだから。



🐪 2 ðŸª

 氎やりのかたわら、僕は駱駝草を探した。瘎気にさらされた突然倉異で、草朚が皀に駱駝草になるず蚀われおいた。だからお山の向こうには駱駝草が咲き乱れおいお、たくさんの駱駝がツタヒマワリを食んでいるず颚の噂に聞こえたが、それを信じる僕を町の誰圌が銬鹿にした。䌝説ず本圓をごっちゃにするほどの痎れ者はないず蚀っお。でも、遥かなる昔、町の英雄がお山の向こうに出向いた事瞟を語る掞窟絵に、ほかならぬ駱駝が描かれおいるのを、町で知らない者はいない。今はどうでも、遥かなる昔には駱駝がお山を降りおくるこずもあったのだろうず考えるのが自然だ。この町に駱駝がいたのであれば、どこかに駱駝草だっお生えおいたのだ。だいたいこの町の人たちは、父さんや母さんも含め、自分が芋たいものしか芋ようずしなかった。



🐪 3 ðŸª

 どれが駱駝草かを芋分けるなんお、どだい無理な話だ。なぜっお、僕は駱駝草をこの目で芋たこずがないのだから。だから僕はお山の麓にある、か぀お攟生池のあった窪地に生える草花を適圓にひず぀かみするず、それを怍朚鉢に怍え替えお、その鉢を頭のおっぺんにくくり぀けた。お山を降りおくる瘎気が淀むずころこそ、あの窪地にちがいないず螏んだ結果だ。濃い瘎気にさらされおいれば、それだけ駱駝草に倉異する可胜性も高いだろう。あずはどれだけ僕の信じる心が匷いかが詊されるわけだ。
 匷くあらねばならないのは心ばかりではない。来るべき遠埁に備え、匷靭な肉䜓を手に入れる必芁があった。だから僕はわざわざ10キロ先にある荒地を開墟しおビニルハりスず逊鶏堎を䜜り、そこたで家からリダカヌを匕いおドラム猶四個分の氎を運び、垰りは荒地から掘り出した石塊をリダカヌに山ず積んで、その石塊を䜿っお今床は家のぐるりに少しず぀壁を築いた。備蓄された食糧が尜きる寞前で、ビニルハりスの䜜物は収穫期を迎え、胡瓜に茄子にトマトに枝豆、萜花生にピヌマンにず、どれも䟋幎にない豊䜜だった。逊鶏堎のひよこたちは皆䞞々倪っお、鶏ずいうより火喰鳥くらいの倧きさに育った。 
 そしお日々の劎働が、そのたた僕に隆々たる筋骚を䞎えた。その䞊に、僕は二日に䞀床は狩りに出かけた。極力道具を䜿わず、森に玛れ蟌んで気配を消し、すぐそばを通る雄鹿の角を぀かんで匕き倒した。そのたた玠手で銖を折り、肩に担いで垰る。猪の突進は正面から受けずめお僕は決しお負けなかった。これは䞡耳を぀かむず捻りあげお倒し、脳倩に拳の䞀撃を食らわしお息の根を止める。鳥は瀫を投げお仕留め、魚は魚よりしなやかに泳いで回り蟌み、䞊から鷲づかみにした。
 瘎気にさらされた氎や動怍物を口にするこずの危うさを君は蚀うだろうか。その心配はもちろん僕にだっおあった。でも、瘎気を盎接肺に吞い蟌たないかぎり、今日明日にもツタヒマワリ化の兆候が出るものではないこずを、僕は身をもっお孊んでいた。いや、早晩僕の身䜓は瘎気に蝕たれお、ツタヒマワリになるこずだろう。それはそれでかたわないず思っおいた。瘎気の出どころを突きずめるたで、僕の䞭のツタヒマワリ化を遅らせられれば、それで僕は本望だったのである。



🐪 4 ðŸª

 倜䞭に気配がしお飛び起きるず、窓ガラスを突き砎っお飛苊無ずびくないが䞉本、僕の枕の真ん䞭に等間隔に突き刺さった。さらに空気の振動をずらえお僕は瞬時にのけぞり、それずほが同時に7.62mmトカレフ匟が胞先をかすめお、母さん手補の䞊から二぀目の子安貝のボタンを欠かせおしたった。ガラスの割れた窓から䜕者かがするりず䟵入する気配を感じお僕はずっさに飛苊無のひず぀を抜き取るず、トリガヌに指のかかる音をのがさずそちらぞ投げ぀けお、ふたたび発射された7.62mmトカレフ匟の先に飛苊無の先端が衝突しお、癜い光ず砎裂音の炞裂した瞬間に襲撃者の顔が照らし出された。
 防毒マスクをした、それは若い嚘だった。ブロンドの長髪をポニヌテむルにしお、氎色のリボンを巻いおいた。䞡手に持ったトカレフを床に向かっお盲滅法撃ち蟌むが、あいにく僕はペンダントラむトのコヌドにぶら䞋がっお気配を消しおいた。匟切れのタむミングを狙っお音もなく床に降り立぀ず、圌女の背埌に回っお防毒マスクのベルトに手をかけた。
「そ、それは卑怯だよ」
 しかし僕は躊躇なくそれを倖しおやった。無情にも床に萜ちる防毒マスク。嚘が䞡手であわおお錻ず口を塞ぐのが暗闇でもわかった。
「君が窓ガラスを割った。割っおいなければ、今頃瘎気がこの郚屋に入っおくるこずはなかった。自業自埗だ」
「割らなければ䟵入できないじゃないか。それにアンタだっお、防毒マスクをしおいない。人の心配をしおいる堎合じゃないだろう」
「僕は平気だ。僕には耐性がある」
 蚀いながら、瘎気が少し肺に入ったのを僕は苊々しく感じおいた。圌女の䞡手を埌ろ手に玐で瞛るず、僕はガラスの砎れた窓の鎧戞を閉めに行った。
「君は誰なんだ。なんでこんなこずをする。正盎に蚀わなければ、痛い目に遭うぞ」
「そんなの、アンタらしくないセリフだよ。アンタは性根は優しい男なんだから」
 そうかも知れないが、ず蚀いながら、僕は嚘の巊手の小指の関節を抜いた。嚘は苊痛に顔を歪めたが、声は出さなかった。盞圓の蚓緎を受けおいるこずが知れる。
「僕だっお手荒なマネはしたくないんだ。正盎に答えおくれれば、呜ばかりは助けおやらないずもかぎらない」
「ふん。男に二蚀はないよ」
「そうだけど、それは僕のセリフじゃないのかい」
 嚘は芳念した。自分はハンタヌだず名乗った。ハンタヌの䜿呜は駱駝草を根絶やしにするこず。この䞖に駱駝草を育おる者および育おようずする者あらば、駱駝草もろずも亡き者にするのが自分の務めなのだずハンタヌは説明した。
「だがアンタはほんじょそこらの駱駝草グルヌピヌずはわけがちがう。男の䞭の男だね。アタむはアンタが気に入ったよ。できれば結婚しおほしい」
 僕は断った。結婚しおいる堎合ではないこず。自分は駱駝草から駱駝を埗お、お山を越えお瘎気の源を芋぀け出し、できればそれを焌き尜くしたいず考えおいるこずいっさい合切を述べた。
「そんなこずをしたら、䞖界は滅んでしたう」
 ハンタヌは蚀った。
 瘎気のせいで町の人はみんなツタヒマワリになっおしたった、町の人にかぎらず、䞖界䞭の人々が、ず反駁するず、
「でも、䞖界が滅んだわけじゃあないだろう」
 ずハンタヌは蚀った。結婚しお、アンタずアタむがアダムずむノになればいいずたで蚀った。でも僕は取り合わなかった。瘎気がなくなれば、この䞖は元通りになるず信じおいたのだから。
「䞖界が元通りになるなんお、ナンセンスだよ。この䞖は生々流転、倉わり続けるこずがその本質なのに、䜕をもっお元ずするかなんお、恣意的でしかあり埗ない。それずもアンタは、自分が䞭心だず蚀っおはばからないのかい」
 僕は答えなかった。もずよりハンタヌず議論する぀もりはなかった。僕はハンタヌがこれ以䞊歊噚を隠し持っおいないこずを確認しおから、束瞛を解いた。たずハンタヌがしたのは、巊手の小指の関節を぀なぐこず。この家にいたければいおもいいし、垰りたければどこぞでも行くがいい、ず蚀っお僕はハンタヌを寝宀から远い出すず、ドアに鍵をかけお残りの倜を眠るため、床に぀いた。



🐪 5 ðŸª

 そもそも僕の育おるのが駱駝草かもわからないじゃないか。
 憮然ずしながら、僕は䞉日に䞀床、ハンタヌの襲撃を甘んじお受けるこずになった。ハンタヌの攻撃はなるほど䞀流だが、僕の防埡力ず攻撃力ずはそれを遥かに䞊回った。やはり生掻の必芁によっお鍛え䞊げられた肉䜓は、特定の目的のために鍛えられたそれに勝るのだ。圌女の投げる飛苊無は僕にはタンポポの綿毛ず倉わらなかったし、圌女のトカレフから発射される銃匟も、せいぜい蚊の襲来ほどにも感じられなかった。寝蟌みを襲われおも、僕は半睡半醒のうちに埀なすこずができた。
 ハンタヌが僕に狙いを぀けたのは、絶察に勝おないずいう点で間違っおいたけれど、ひず぀だけ正しいこずがあった。ずいうのも、襲撃を受けおから二週間ほどが過ぎお、僕の頭のおっぺんにくくり぀けられた鉢怍えに倉化の兆しが珟れたのだから。
「ほら、ご芧よ。アタむのカンはい぀だっお間違うこずはないんだ。アンタはホンモノだったんだ。そのク゜駱駝草も含めおな」
 ただ駱駝草ずかぎったわけではないさ、ず僕は謙遜したのだけれど、どうせペンペン草に決たっおいるず諊めおいた草の䞀本がハンタヌの襲撃を境にみるみる茎を倪くしおいき、ハヌト型の実のひず぀が倧きく膚らんで、鯚偶蹄目の胎児らしきものが時に痙攣的に蠢くのが確認されるようになった。銖に䌝わる重さも日に日に倧きくなる。
「あずひず月もするず、それはそれは芋事な駱駝が手に入るだろう」
 そう蚀っお、ハンタヌは駱駝の胎児を぀぀む子房の衚面をいずおしげに撫ぜた。
「アタむも誇らしいよ。こんな立掟な駱駝草はこれたで芋たこずがない。おか、じ぀を蚀うず駱駝草を芋るこず自䜓、これが初めおなんだよ」
 その倜、僕はハンタヌをディナヌに招埅した。ニシンのパむ包みをメむンずしお、゜ヌスも自家補ならパスタも粉から打぀ずいう念の入れよう。こんなご銳走食べたこずないず蚀っお、ハンタヌはたらふく食べた。たらふく食べる嚘ずはじ぀にいいものだな、ず僕は思った。
 食埌のコヌヒヌを入れおいるずきにそれは起こった。
「䌏せお」
 ハンタヌが叫んだかず思うず、腰から䞊の高さにブロヌニングM 2重機関銃からのNATO匟が乱射され、それがきっかり六十秒間も぀づけられたのだ。照明は粉々に砎壊され、壁の無数の穎から倖の月明かりが棒のように差し蟌んで、その棒の䞭で塵がくるくるず舞っおいる。
「駱駝草は無事かい」
 ずハンタヌが囁くず、それを機にたたブロヌニングの乱射が始たった。僕は床板を剥がすず、これぞ、ず促しお、ハンタヌをその䞭ぞ急がせた。床板の䞋に穎があっお梯子が䌞びおいお、シェルタヌに通じおいるのだ。
「これはもう、アタむの手には負えない。ずうずう組織が動いちたったんだ」
「組織ずは」
「父ちゃんず母ちゃんだよ」
 ハンタヌが顔を䞡手で芆う。肩を震わせながら嗚咜する。それはひずりの心もずない小さな少女の図だった。心蚱すこずの危険は承知の䞊で、僕は圌女の肩を抱いた。そうするこずが正しいこずだず囁く心の声に埓ったたでだ。
「アンタはやっぱり優しい男だよ。そしお身䜓は巌のように硬い」
 そしおやおら顔を䞊げるや、
「アタむはアンタのものだよ。どうか慰み者にしおおくれよ。埌ろから前から、アンタの奜きにしおくれおいいんだよ」
 僕はハンタヌの額にそっず口づけするず、圌女にその堎に倧人しくしおいるよう蚀い぀けお、梯子を登り始めた。
「行っおはいけない」
 ハンタヌの制止を振り切っお梯子を登り切り、先の床板を倖しお頭を芗かせお、僕はあたりをうかがった。襲撃者はただ石塀の向こうにいお機関銃を構えおいる。銃匟の匟道から刀断しお襲撃者は二人。それがハンタヌの蚀う父ちゃん母ちゃんなのかはわからない。かすかに空気を䌝っおくる䞀分あたりの呌吞数ず心拍数ずから、幎霢は䞉十代、特別な鍛錬を積んでいたずしおも若くお四十埌半、ず割り出す。
 䞊半分が蜂の巣になった玄関の扉を抌し開き、戞倖に䞀歩を螏み出す。南䞭する満月。空には雲の染みひず぀なく、月は寒ずしお茝いおいる。
「月が、きれいですね」
 呟くず、同時に二䞁のブロヌニングM 2重機関銃が十䞀時ず䞀時の方向から火を噎いた。しかし銃匟が肉を貫通しお血に染たるこずなど金茪際ない。刺客の二人がもし今宵の月の矎しさに感じる心があったなら、ふず芋䞊げお、そのたん䞞の䞭倮に、鳥のように䞡腕を広げお構える僕の、極々小さな勇姿を束の間認めたこずだろう。十二時の方向に飛び出した僕は、圌らの頭䞊千フィヌトの高さたで跳ね䞊がり、尻のポケットに隠した二䞁のM1911をそれぞれの手に持ち替えるず、点滅する二぀の火明かりに照準を合わせ、トリガヌを匕いた。
 䞀発の本圓は二発だが同時に撃たれたので䞀発に聞こえた銃声により、呚囲はしんず静たり返った。火薬の匂いの底から、血の匂いが䞊った。
 シェルタヌに戻るず、ハンタヌの目の前の土間に、二぀の麻袋を投げ出した。その倧きさず重さから、䜕が入っおいるかは明らかだった。刺客の銖実怜が枈むず、ハンタヌが確かにそれが組織のものであるこずを認めた。
「いずれこうなるこずは、わかっおいた。ただ、アタむの銖がこうなるず思っおいたんだが」
 ハンタヌはもう泣いおはいなかった。
「急いで垰らなくちゃなんない。月の沈む前に父ちゃんず母ちゃんの銖に化粧を斜しお、月明かりに照らしおやらないず  」
「照らしおやらないず」
「氞遠にこの䞖を圷埚うこずになるから」
 そう蚀うず、倧事そうに麻袋を抱えお、ゆっくりず梯子を登っおいった。



🐫 6 ðŸ«

 ハンタヌが姿を消しお䞉週間が経った。
 倏の盛りも過ぎお、空の色に秋の気配が玛れる。瘎気が町を芆うようになっおからこちら、あらゆる虫が姿を消しお、だからセミも鳎かなかったのでむマむチ季節感が぀かめないのだが、それでも倏は倏らしく日差しは匷く蒞し暑かったのであり、秋が蚪えば秋らしく日差しも柔らかくなり、空だっおそれなりに高くなる。
 しかし季節感を狂わせる匵本人はほかならぬツタヒマワリで、こい぀は季節に関係なく旺盛に繁茂するのだ。町党䜓がヒマワリの花にデコレヌトされた具合だ。僕は氎やりの日課を欠かすこずがなかったから、なおのこずツタヒマワリの花が町に狂い咲く。
 そしお僕の頭にくくり぀けられた鉢の駱駝草は、今やはっきりずフタコブラクダの姿圢を瀺しお子房の皮膜もはち切れんばかりになっおおり、今日明日にも生たれ萜ちおも䞍思議はなかった。
 呌びかけるず、皮膜の向こうからさたざたなレスポンスがある。倧きな目をしばたたかせるこずもあれば、痙攣的な身震いでもっお返されるこずもある。あるいは口が倧きく開いお、耳を柄たせば、かすかにアアア  ず鳎いおいる。いっそ、ナむフで皮膜を切り裂いお取り出しおしたおうず䜕床もその誘惑に駆られたが、すんでのずころで僕は我慢した。
 そしお぀いにその瞬間はやっおきた。朝日を拝むべく、ツタヒマワリに芆われた地面に胡座をかいた僕は、真東のほうを向いお瞑想の準備に入った。やがお劄念のれロ状態が到来しお、真東から曙光の第䞀線が発射されるず、それが僕の頭䞊の駱駝を射抜いお、皮膜が砎れ、倧量の矊氎を党身に济びるこずになったのだ。僕を乗せおお山を越えるに十分な倧きさの駱駝が、のさりずツタヒマワリの葉むらに受けずめられお、そこに暪たわったたたしばらく動かなかった。脇腹が倧きく波打っお、生きおいるずは知れた。
 打ちどころが悪かったのかも知れないず思っお、駱駝の頭のほうに回るず、僕を認めるなり駱駝はその長い銖を盛んに振り立おお、起き䞊がろうずする玠振りを芋せた。ようやく腹這いの姿勢になるず、前脚を立おおたずは䞊䜓を起こし、そこたではうたくいくのだが、尻を䞊げようずしお埌脚がわなわなず震え、どうしおもしゃんず四぀脚で立ち䞊がるこずができない。これを䜕床ずなく繰り返しお、駱駝はずうずう諊めおしたったようだ。腹這いの姿勢で銖をこちらぞ回し、倧きなガラスの県球に僕を映しお、長いた぀毛にびっしりず芆われた瞌を繰り返し開閉させ、はじめたしおの挚拶をするようだった。僕は思わず駱駝の銖に抱き぀いお、い぀たでも離さなかった。
 駱駝はたくさんの氎を飲み、たくさんのツタヒマワリを食んだ。そうしおたた立ち䞊がろうずしお、最埌の最埌でうたくいかずにうずくたった。僕は倧いに迷った挙句、駱駝に手を貞さないこずに決めおいた。
 その動きを芋おいお、䞋半身の偎が䞍自然に重いのではないかず気が぀いた。気が぀いおみお、二぀あるコブのうち、埌ろのそれが劙に出匵っおいるのに気が぀いた。埌ろのコブを撫ぜおいるず、コブの埌ろの䞭倮にゞッパヌの線が䜓毛に隠されおいるのを発芋した。持ち手の金具を芋぀けお匕き䞋げるず、コブが開いお氎が溢れ出し、氎ずいっしょに䞞たった裞の人が䞭から滑り萜ちおきお、ツタヒマワリの葉むらにのさりず受けずめられた。
 ハンタヌだった。
「アタむも生たれたよ」
 そう蚀っおハンタヌは力なく笑った。憔悎しきっおおり、自分の力で身䜓をあおむけにするのさえ、かなわない感じだった。
「そうしおアタむのお腹の䞭にも赀ちゃんがいる。アンタずアタむの、赀ちゃんが」

 冬がきお、春がきお、たた倏がきお、秋がきた。そしお秋は過ぎ、冬は過ぎ、春が過ぎお、倏も過ぎた。そしお僕はもう、䜕床目の倏の到来か、ずっくに数えるのをやめおしたった。どうせ倏はきお、そしおたた過ぎおいくのだ。
 䜕床目かの倏に、シャスヌズはずうずうフタコブラクダを乗りこなした。シャスヌズは僕ずハンタヌの間に生たれた嚘。芪バカで恐瞮だが、シャスヌズはじ぀に矎しい嚘に成長した。二芪は防毒マスクが欠かせないのに、嚘のシャスヌズには必芁ない。皮肉なこずだ。僕の䞡芪は防毒マスクを着けるのを最埌たで拒んで、息子の僕ばかりが防毒マスクを着甚しおいたのだから。シャスヌズは父芪の果たせないたたでいる倢を匕き継ぐかのように、事あるごずに山越えの野心を口にするようになった。劻はそんな危険なこず、ず蚀っお嗜める。僕は、䜕も蚀わない。シャスヌズは前埌二぀のコブのゞッパヌを開けおは内偎を枅朔に保ち、旅立ちに必芁なあれこれを䞭ぞ積み蟌み始めおいる。瘎気の飛散がやむ日も、そう遠くないのかも知れない。
 僕はすっかり無口だ。もう䜕ヶ月ずしゃべっおいない。食べ物だっお受け付けない。劻はそんな僕を心配しお盛んに励たすが、こればかりは仕方がない。みるみる痩せ现っおいく僕の身䜓を、倜ごずに劻は抱擁し、涙にかき暮れる。
 僕の内偎で、もうい぀からか、倧量のツタヒマワリが咲き乱れおいる。口の䞭を芗き蟌んだら、それこそ無数の小さなヒマワリが、喉の奥のほうたでびっしりず咲いおいるはず。いやいや口を開けたら最埌、ツタヒマワリが爆発的に溢れ出し、町もお山もお山の向こうも瘎気の郷も、䜕もかも瞬時に芆い尜くすかも知れない。
 い぀たでこうしお耐えられるものか、むろん僕にだっおわからない。だっお耐えられるたで耐えるほか、ないじゃないか

了

この蚘事が気に入ったらサポヌトをしおみたせんか