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【FONT MORE ④】インディーフォント

こんにちは! 株式会社form and craftです。今回も弊社内で実施している学びのプログラム、「フォームアカデミー」について記録していきます。
(アカデミーの目的や今までの活動についてはこちらをご覧ください)


「フォント強化月間」を通してベーシックな書体について学んできたので、さらに書体について視野を広げるため番外編として「FONT MORE」と題し、社員4名に「中華フォント」「代替フォント」「インディーフォント」「コーポレートロゴ、制定書体」についてそれぞれ解説してもらいました。
今回は「インディーフォント」についてお送りします。

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身の回りには、可読性だけでは語りきれない、見ていて楽しいフォントがあります。今までの「フォームアカデミー」では、可読性を追求した本文書体を中心に学んできましたが、もう少しフォントの世界を広げて、form and craft でもよく使うインディペンデントなフォントメーカー、Emigre(エミグレ)について学びたいと思います。

1. エミグレについて

エミグレは、オランダ出身のルディ・バンダーランス(Rudy VanderLans)とチェコ出身のズザーナ・リッコ(Zuzana Licko)が経営する出版社であり、活字書体制作と販売も行うアメリカのデザイン会社です。2人はともに祖国を離れてカリフォルニア大学に学び、エミグレーション(移民)からこのネーミングが付けられたそうです。

ズザーナ・リッコ(右)とルディ・バンダーランス(左)(1989)

Emigre(エミグレ)
https://www.emigre.com/

2. エミグレ設立当時の時代背景

エミグレは、1984年に設立されました。当時、Apple Macintosh の登場によりグラフィックデザインの世界は、DTP 環境へ大きく変化していました。フォントの世界も同様に、今まで専門職とされたタイプデザインの世界に、グラフィックデザイナーによる自由な雰囲気をまとった新しいフォントが登場しました。その一つが、エミグレでした。

エミグレは、印刷機器のメーカーと協力することなく、自分たちでオリジナルフォントを開発し、雑誌「エミグレ(Emigre magazine)」を発行していました。雑誌ではそれらの書体デザインとグラフィック表現の可能性を発信し、そのインディペンデントな活動は、世界に広がっていきました。

雑誌「エミグレ(Emigre magazine)」
パソコンで文字組版と画像処理に駆使するデザインが持てはやされるムーブメントが起きます。その最大の騎手とされたのがエミグレ誌で、見慣れない文字の変形や奇形を活字書体として見せる、奇妙な書体見本と書体広告であふれていました。図像と活字、活字と活字とが複雑に重なり合った、挑戦的な誌面でもありました。衝撃のデビューを果たしたエミグレは、デジタル技術と書体開発を融合させた時代の申し子のような印象を発散させてきました。

引用:欧文書体百花事典(組版工学研究会)
雑誌「エミグレ(Emigre magazine)」表紙

3. 可読性 < 誘目性 

設立当初は個性の強い新書体を発表します。当時、新書体は判別性や可読性よりも誘目性を優先しているとみられ、ビジュアルショックを狙ったものだと批評されます。読みにくいと批判され、専門家が眉をひそめ、非難の的となります。それに対してズザーナ・リッコは次のように答えています。

コンピューターDTPは読書の習慣に災いをもたらすとして非難する人がいます。伝統的な金属活字がまるで完璧だったように語る人がいますが、しかし文字活字とは、本来、決して読みやすいものではありません。つまり読者の書体に対する馴れなのです。読者は、もっともよく読んできた書体をもっとも読みやすい書体と判断します。かつての14~5世紀の欧州では、ローマン体より好まれていたブラックレター体を、現代の私たちが読みにくいと思っているように。

引用:欧文書体百花事典(組版工学研究会)

●エミグレ設立当初の書体

Lo-Res(ロウレゾ)
https://www.emigre.com/Fonts/Lo-Res

低解像度書体へのこだわりが強くあらわれたビットマップ・フォント。

Matrix(マトリックス)
https://www.emigre.com/Fonts/Matrix-II

コンピューターのメモリ容量を軽減させるため、複雑な形状をできるだけ省いたローマン体としてデザインされている。

Variex(ヴァリエックス)
https://www.emigre.com/Fonts/Variex

大文字がなく、小文字の文字形象のなかに大文字の形象が混在する。紀元6、7世紀ごろのハーフ・アンシャルにアイディアを求めて制作された。

Modula Sans(モジューラ・サン)
https://www.emigre.com/Fonts/Modula

文字の横幅が極端に狭く設計された、モダンさを感じる書体。

4. ズザーナ・リッコの可能性への挑戦

エミグレは個性的な書体を開発するメーカーという印象を抱かれがちでしたが、1990年代後半から古典回帰の片鱗を見せ始めます。バスカービルやボドニなどのトランジショナルやモダンの系譜の新解釈による復刻、Mrs Eaves(ミセス・イーヴス)、Filosophia(フィロソフィア)を発表しました。 豊富なリガチャーをもったミセス・イーヴスは、デジタル環境によって実現されたもので、伝統的なタイポグラフィ界にも受け入れられました。

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●Mrs Eaves(ミセス・イーヴス)

「ミセス・イーヴス」は元になったジョン・バスカービルの奥さんの名前から名付けられました。

1996年にバスカヴィルの活字を現代の読者の時代性に合うように改刻した、ミセス・イーヴスを発売します。タイポグラファーならいつかは挑戦したいと考える古典書体の解釈に対して、時代の流れとともにフォントへの研究を試みる、ズザーナ・リッコの挑戦です。

●ミセス・イーヴス発売時の言葉(ズザーナ・リッコ)
パーソナルコンピューターの進歩は目覚ましいものです。そこにはすでに3つの道が用意されています。ひとつはエンターテイメントやアミューズメントを目指す道です。この道はわたしには適していません。もうひとつはデータ・ベースとか、通信ネットワークを目指す道です。これは利用者として関係するだけで十分でしょう。最後の道は、アメリカではすでに古いとされているDTPの道です。もはやこの道は荒れ果てて荒涼とした大地が広がるだけだとする人もいます。それでもわたしはずっと、コンピューター道具として紙にこだわってきました。わたしはいまこそ活字にこだわり、紙の上の描写にこだわる道、つまりタイポグラフィの道に戻ろうと決意したのです。そこでわたしが選んだのはイギリスのジョン・パスカヴィルの活字でした。この活字を現代の読者の時代性にあうように改刻して、あらたな創造性をくわえようという試みでした。そもそもこの活字は、わたしがまだ東欧の国にいたころの「昔からのお気に入り」の活字であり、書体設計の道に入るおおきなきっかけとなった大好きな活字でした。

引用:欧文書体百花事典(組版工学研究会)

Mrs Eaves(ミセス・イーヴス)
https://www.emigre.com/Fonts/Mrs-Eaves

●Filosophia(フィロソフィア)

「フィロソフィア」は、活字サイズの「11ポイント」を指す言葉。

ボドニを独自に解釈してフィロソフィアを発表。「ボドニは、小さなサイズではコントラストが強すぎて読みにくい。長文のテキストや書物の本文用書体には適さない」という自身の見解から、本文用のサイズにも耐えられるように再設計することに挑戦します。ボドニの骨格を殺さず、ストロークのコントラストを弱めることで、やさしい表情がします。

Filosophia(フィロソフィア)
https://www.emigre.com/Fonts/Filosofia

●豊富なリガチュア(合字)

「ミセス・イーヴス」のリガチュア(合字)── 書体見本より

大文字相互の斬新で豊富なリガチュア(合字)、さらには小さな大文字や、通常のキャップとスモール・キャップの関係よりも高低の違いがおおきい、プティ・キャップという、大文字どうしの組み合わせに使える一揃えがあります。このウェイトの調整とシリーズの統一性にあたっての難しい設計に挑んでいる姿は、リッコの自信のあらわれと見てよいでしょう。リッコは意欲的に最新の電子技術を応用しながら、評価がたかい活字書体の復刻に挑んでいます。

引用:欧文書体百花事典(組版工学研究会)

5. 書体見本帳へのこだわり

エミグレの書体見本帳は、普通の活字書体を羅列するだけの書体紹介にとどまらず、新書体についての意図や使い方のアイディアを刺激する図版が提示されています。エミグレの新しい書体を使う場合、見本帳から多くのことを学ぶことができます。

「Dalliance(ダリアンス)」の書体見本帳の一部
「Tribute(トリビュート)」の書体見本帳の一部
「Filosofia(フィロソフィア)」の書体見本帳の一部

Emigre(エミグレ)書体見本帳
https://www.emigre.com/TypeSpecimens

6. 最後に

今回の学びを通じて、刺激的なフォント、誌面やエネルギー溢れるスタンスに、多くのデザイナーが共感するエミグレフォントの魅力がわかりました。エミグレは決して順風満帆ではなく、批判や非難とともに成長したことがうかがえます。その切磋琢磨する姿勢も、私たちが惹きつけられる要因の1つだと思いました。
バラエティー豊かなデザインで、見ていて楽しいエミグレフォント、そしてデザインのエピソードや時代背景など多くを語るエミグレの書体見本帳は、私たちデザイナーがフォントを選び組版を考えるときに、たくさんのヒントと可能性を広げてくれると思います。40年愛され続け、今では、Adobe フォントでも使用することができるエミグレ。実際に文字を組んで、刺激的でフォントへの愛着にあふれたエミグレの世界を体験したいと思います。

Adobe Fonts > Emigre
https://fonts.adobe.com/foundries/emigre

これまでの「フォント強化月間」でご紹介した知識も活かすことができると思いますので、よかったらこちらの記事もご覧ください。

それでは、次回の投稿もお楽しみに!

text:Sasaki


※改刻(かいこく)
既に作られた書体を更新して新しい書体を作ること。例えば、新しくデジタル・フォントにしたときに、活字や写植でできなかったことを修正しアップデートさせること。

参考文献
・組版工学研究会『欧文書体百花事典』朗文堂
・Emigre(エミグレ)公式サイト 

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