反応していた。自分を失うという特技/内側と外側の差をできる限り縮めること

私の中ではまあまあ大きな気づきのひとつだった

いつもまわりに好意的に思われるように取り繕っていたから

まあまあ自分らしくいられるようになってもまだこれまでの習慣は抜けなくて

なんせ、小さい頃からのお付き合いの古い私のクセで、意識なくもう自動反応してたものだったから

それが突然あるとき、木の下で風を感じながら街をふらっとなにげなく眺めていたときにふと込み上げてきて気づいたこと

あー私、他者にいつも何らかの反応、対応してあげていたってことに

そんなの普通と思われるかもしれないけれど、なんというのだろう、心から湧いてきたものじゃなく、とってつけたように無理矢理何かを差し出してた感覚なの。その人に合わせて、または状況に合わせて、その時々で考えうる良心的ではみ出してないいわるゆる良さそうな回答を外側から瞬時に探し出して個別対応していたなーと(^^;

自分を失うのがある意味特技と言っていいかも?だってまあまあエネルギーいることだし、そもそもこれをするには自分を失わないとできないからね(笑)とはいえ、なにげに疲れていた、けど、この自分のクセを特定できなかったから棄てることもできなったのだ

もう七変化の反応しなくていいんだあーー

私でいいんだーー

その時々の内側に湧いてきたことをそのまま差し出すだけでいいんだーー

って深くわかったときの爽快な感じは忘れられない。どっさり何かが落ちて軽くなった。風がさらに気持ち良かった~この私を歓迎して受け入れてくれたように感じた~

内側にあるものと外側に出すものがあまりにも差があって違ってると、許容範囲は人それぞれだと思うけど、たんだん身動き取れなくなってくるし、自分の中で整合性をとるためのエネルギーが必要になってくる。いらないエネルギー費やしてたなー、エネルギー不足は必然だったのかあと妙に納得したりした。

内側にあるものと外側に出すものとの差を出来る限り縮めることが出来ている人は苦しまないんだろうな。そしてこれこそが、言葉はいろいろあるけれど「癒し、自分を大切にする、自分自身でいる、自分を整える」ということの本質かなーなんて思う。

まだ残っていた、自分じゃない残骸の行動をひとつづつ丁寧に特定しながら取り除く作業はまだまだ続く~

みなさんのそれぞれの道を応援しています😊