ベストセラーの「まえがき」を研究してみる。
第一印象が9割とか言われる。
編集者の場合、転職した先で最初に担当した本が売れるかどうか。これが「編集者の評価につながるんだよ」と前職の先輩に教わりました。
なるほど、これって、書籍のコンテンツでもいえること。
書籍の場合の「はじまり」はカバーやタイトルだけど、この難関を通過した書籍がはじめて読者と対面できる。
つまり、ホントの始まりは「読者が読み始める文章の書き出し」にあるのではないか。
では、多くの読者を獲得している売れている書籍の「書き出し」ってどんな感じなんだろう。
そこで、ベストセラーの「まえがきの1ページ」を切り取って、少し研究してみます。
ぶった切りで「ついて来い!」型の書き出し
まずは、博報堂出身のクリエイティブ・ディレクターとして活躍される三浦崇宏さんの『言語化力』から。
もう何度も言われてることかもしれないが、
時代は変わった。いや、変わり続けている。
何を学べばいいのか、
どこにいけばいいのか、
転職か副業か、独立か成長か、自分をどう活かせばいいのか。
何を頼りにするべきか。
迷っている人も多いだろう。
こんな時代に、自分の道を切り拓くための道具がある。
それは分厚いキャリアガイド本でもなければ、
仮想通貨も、最先端のAIも、5Gも関係ない。
ぼくやあなたが今まさに使っている「言葉」だ。
巧みだ。言葉少ないけど、グッときます。
「言葉」という書籍のテーマにフォーカスさせるためのアジテーションがうまく成立している。
読者を揺さぶりつつ、まえがきの1ページ目で性急にこの本の「言葉」という部分に誘導している。三浦さんの言葉はほとんど「詩」みたいに感じるときがあります。数秒、ゼロコンマのレベルで人に何かを伝える「広告」の本質につながることなのかもしれない。
寄り添う言葉で読者を誘う
三浦さんの言葉がオラオラ系だとすれば、もっと静かな情熱で誘導する人たちもいる。
鴻上尚史さんを例に挙げる。
個人的に傑作だと感じている著作に『不安と孤独のレッスン』がある。これの書き出しがこうだ。
今、あなたは一人でこの本を読んでいるはずです。
誰かと体を寄せ合って、一緒にこの本を読んでいる人はいないと思います。
この本を読んているあなたは、一人で、孤独です。
孤独と向き合う自分を感じています。
けれど、孤独には、「本当の孤独」と「ニセモノの孤独」があります。
「本当の孤独」とは、例えば、この本を読み終わった後、一人で、「孤独ってなんだろう?」と考えることのできる孤独です。
この本は、「孤独の価値と素晴らしさ」を語った本です。その内容を、「本当だろうか? 本当に、孤独は価値があって素晴らしいんだろうか?」と、本を閉じた後、一人で考えれられるのが、「本当の孤独」です。
「この本はどういう本か」をこの本でも1ページ目で語られています。「優れたまえがき」とはこういうものか。
では、実用書ではどうでしょうか。
体験から引きこませる
住宅購入を検討する人が一度は手にすると言われるロングセラー『家を買いたくなったら』(長谷川高・著)。
私は、サラリーマン時代、大手不動産会社にて、不動産バブルの絶頂と崩壊験しました。
当時、人々が不動産によって人生を大きく変えられてしまった事例を本当にたくさん見てきました。
その後、32歳の時に独立し、WEB上で建設・不動産のあらゆる相談を受け付けるホームページを開設し、もう10年以上経ちます。仕事内容は、購入検討物件や周辺地域の調査、住宅ローンの相談まで多岐に渡ります。
「多くの人が不動産を求めるけど、不動産と幸せってリンクしているのかな?」
いつも、どんなときも疑問に思いながら仕事をしていました。
そこからたどり着いた結論が、
「家は、幸せになるための「道具」ではあるが、幸せそのものではない」ということです。
「家」という道具は、自分に合ったものを使ってはじめて、幸せを運んでくれるのです。
これまた、いい前書きですね。この本では著者の「経験」「エピソード」「思い」から読者の共感を得る手法を取っています。個人的にはとても好きな「まえがき」のスタイルです。
新しい「世界観」「パースペクティブ」を提示する
過去には『聖書』『共産党宣言』など、世界をガラリと変えてしまった書籍があります。グーテンベルクの印刷技術が発明されて以降、宗教革命はじめ、すべての革命は「書物」が起点になっています。現代の革命的な書物といえばマルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』でしょうか。
では、本書の書き出しを覗いてみましょう。
この人生、この宇宙、そのほかすべて……これはそもそも何なのだろうと、誰でもこれまでにたびたび自問したことがあろうかと思います。わたしたちはどこに存在しているのでしょうか。わたしたちは、世界というひとつの巨大な容れ物のなかにある素粒子の集積にすぎないのでしょうか。それとも、わたしたちの思考・願望・希望には、それぞれに特有の実在性があるのでしょうか。もっと言えば、およそ何かが現に存在しているということそれ自体を、どのように理解すればよいのでしょうか。そして、わたしたちの認識はどこまで拡げられるのでしょうか。
本書では、新しい哲学の原則を示してみせたいと思っています。この哲学の出発点となる基本思想は、ごく単純なものです。すなわち、世界は存在しない、ということです。
いきなり「ドーーーーーーーン!」ですね。喪黒福造ですね。笑ゥせぇるすまんですね。「世界は存在しないときたか!」と衝撃を受けます。いったいどういうことなのか、気になって読んでしまいます。
前説としては秀逸です。
ところで、哲学といえばヴィトゲンシュタイン。ヴィトゲンシュタインといえば『論理哲学論考』。ヴィトゲンシュタインって、名前がカッコイイので大好きです。読んでもほとんど理解できませんが、名前がカッコイイからいいんです。
本書はおそらく、ここに表された考えか、少なくともこれに似た考えを、すでに自ら考えたことにある人にだけ理解されるだろう。だから、ためになる本ではない。理解をもって読んでくれる一人を喜ばせられるなら、目的は果たされる。 木村洋平訳『論理哲学論考』(社会評論社)より
潔いですね。さすがヴィトゲンシュタイン。「わけんねえやつにはわかんねえよ。うん、でも、それでいいんだ」と言ってます。「だから、ためにならねぇ本だよ」と自ら表明してる。なので、逆に人々はヴィトゲンシュタインに認められようと「登るべき山」みたいに感じて挑んでしまう。商売人だな、ヴィトイゲンシュタインってヤツは。
なんだかよくわからない感じで引きこむ
アメリカで最も聡明な若手経済学者――少なくとも彼の先達たつはそう断じた――は、シカゴのサウスサイドの信号でブレーキを踏んだ。6月半ばの晴れた日のことだ。彼が運転するのは、緑色で年代もののシヴォレー・キャヴァリエ。ダッシュボードは埃っぽく、うまく閉まらない窓は高速道路のスピードだと変な音を立てる。
しかし今、昼の街角で車は静かだ。ガソリンスタンド、どこまでもつづくコンクリート、ベニヤ板を打ちつけた窓、レンガ造りの建物。
年老いたホームレスの男が現れた。ホームレスにお恵みをというプラカードを掛けている。この暖かな日には厚すぎる破れたジャケットを着て、垢じみた赤い野球帽をかぶっていた。
経済学者はドアをロックしたりもせず、車をちょっと前進させたりもせず、かといって小銭を探したりもしなかった。彼はただ見つめていた。まるでマジックミラー越しに見ているみたいに。しばらくすると、ホームレスの男は去っていった。
「いいヘッドフォンしてたね」。まだバックミラーを見ながら、経済学者は言った。「僕が持っているのよりいいやつだ。それ以外は、あまり金持ちには見えないけどね」。
スティーブン・レヴィットは、物事を普通の人とは違ったふうに見る。普通の経済学者とも違ったふうに見る。あなたが経済学者をどう思っているかによって、これは素晴らしいことかもしれないし、厄介なことかもしれない。――『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』2003年8月3日
この書き出しはどの書籍のものかおわかりだろうか。全米100万部、日本でもベストセラーとなった『ヤバい経済学』である。
「アメリカで最も聡明な若手経済学者」とは著者のスティーブン・レヴィットのことであり、タイトル『ヤバい経済学』から醸し出されるムードと、このエピソードから「なにか非常識な、破天荒な論が展開されるのかもしれない」と読者は1ページ目からワクワクさせられるという仕掛け。
最後に最近衝撃を受けた書き出しを紹介する。
圧倒的な世界観を文体で表現する
地球上のみなさーん! 初めましての方、お帰りなさいの方、バーキンは持たないけどエコバッグは所持系のセレブことkemio、けみおでーす! 私、棺桶までのレース、ガンガン走っておりますが、みなさんのレースは順調ですか? 自分の人生の中で本を出すのが夢だったから、こんなに早く叶ってうれしいでーす。初めて語ることから、もう耳にタコができちゃうよってレベルの話まで、前菜からデザートまでフルコースな内容でお送りいたします。
そしてご覧くださいこのすっきりとしたレイアウト。ところどころに目に優しく眺めながら眠れるような配色の、水、ウォーターをイメージしたページもはさみ、飲める本、といったテンションで読めるようになっております。
人気YouTuberのkemio『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』というベストセラーのまえがきです。この本はデザイン面、編集面でもかなり衝撃を受けました。この手のジャンルのコーナーに行くと、この『ウチら棺桶まで永遠のランウェイ』の作りに影響を受けた本がたくさん並んでいます。
先日、とあるデザイナーさんと打合せをしていたら「この本を打ち合わせに参考資料として持ってくる編集さん、マジで多いっす」とこぼしてました。
というわけで、ベストセラーの「まえがき」の研究。なにかの参考になったでしょうか、ならなかったでしょうか。
では。
(フォレスト出版編集部・寺崎翼)
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