【小説】バベルの塔 八話

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 (……まさか、銀の騎士団の連中が?)
 
 想定が悪かっただけに、思いもよらぬ遭遇に俺は混乱する。
 つい先程まで、フェイルのような男と、その作るギルドについてのいい印象があったからこそ、余計に思考が乱れていた。

 少し躊躇するが、どういうことか確認したいという意思が勝った。
 ――――それに、確認するとすれば、チュートリアル期間でいられる今しかない、との冷静な部分もあった。
 
 脳内の迷いとは裏腹に、体は反応する。
 音もなく、この一月で使い慣れた双剣のうちの一本を手にとると、俺は身を潜めていた木陰から飛び出す、音は最小限に。
 通り過ぎかけていた三人は、流石に気づくも、まだ構える間はない。

 そして、その隙を待っているほど、俺は馬鹿でもない。
 狙うのは後方にいた魔術師の男。

「……動くなよ、首への至近距離からの一撃は、ほぼ間違いなくクリティカルだ。防御の薄い魔術師タイプには耐えられないと思うぞ?」
 
 俺に短剣を首筋に付きつけられた男は、それを聞いてコクコクと小さく首を動かした。

 それを見て俺も頷くと、このいきなりの状況にも全く動じた様子のない、ローザに目をやる。

「……また会ったな」

「ええ、トールさん。あなたに頂いた情報のお陰で、この世界は初めて塔の一歩を登ることができそうです。その節はありがとうございました」

 塔の最初の階層を開くための、『言霊』の場所を見つけたかもしれないという情報を持って銀の騎士団に行った時と同じ……本当に嫌になるほど冷静だ。
 もしかしたら、こいつは人質としての役に立つ人間じゃなかったか。構わず二人がかりで押し切られたら……
 そんな心境を読んだかのように、ローザが言葉を続ける。
 
「後をつけたことは謝罪します。ですが私達に害意があるわけでは有りません、もちろん必要と有らば防衛は致しますが」

 そしてあっさり尾行していたことは認め、謝罪と共に腰のレイピアを含み武装を解除してみせる。隣の戦士の男も同様だ。

 (随分とあっさりしてやがるな)
 その対応を意外に感じながらも、なおも俺は魔術師の男に短剣を突きつけておく。
 なんにせよ三対一だ、保険はかけておいて損はない。
 
「……害する目的ではないと?」

「ええ、そんな事をするとフェイルに怒られてしまいます。 ……ネイルを、魔術師の彼を開放してあげてもらえませんか?」

「それだけで、偶々面識があるだけに過ぎないあんたが信じられると?」

「……そうですね、どういたしましょうか。ですが、あなたを襲って得られるメリットと、あなたの情報の価値の利益計算ができないほど愚かではないつもりです」

「なるほど、な」

 少し傲慢にも聞こえるその言葉に、俺は不思議なほど納得してしまった。

「……悪かった、俺の勘違いだったみたいだな」

 そう言って、捕らえていたネイルと呼ばれた魔術師を解放する。

「まぁ、あっさりと捕まったそいつが悪い」

 隣の戦士が、ニヤッと笑って呟く。
 でかい。190cmを超えているのではなかろうか。体格がいいだけではなく、引き締まっているのが解る。

 その筋骨隆々とした体の上に乗るのは、灰色の短髪の下にぎょろりとした目と鷲鼻を配置した角張った顔。そして目につくのは二の腕にある大きな龍の刺青。

 あの、どこかその筋の御方でしょうか? プレイヤーの皆様、我がVRMMORPG【Babylon】は、万人に開かれております。


 そんな俺の一歩引いてしまった心境にもかかわらず、男は近づいてきて、バンバンと俺の肩を叩いた。

「いいね、お前。嬢ちゃんが気になるって言うし、教授もフェイルも興味持ってるから、どんな奴かと付いてきたけれど、いい動きするじゃねーか。俺はリュウだ、フェイルに誘われて、柄じゃないけど銀の騎士団の幹部をやってる。つってもまだ入団10日目だけどな。よろしく頼むわ」

 そしてガッハッハと豪快に笑う。
 肩が痛いが、そして何が良かったのかわからないが、どうやら気に入ってもらえたらしい。うん、結果オーライ。

「ひどいなぁ、リュウさん。僕は後衛職なんですから、しっかり守ってくださいよ。これで本当にPK専門の人間相手だったらどうするんですか」

 その結果オーライの元はといえば、そのさらっとした金髪をかきあげながら、リュウに文句を言う。

 リュウとは対称的に細い体格。そしてその容姿は文句なしの美形、西洋系とのハーフの様に見える……フェイルが精悍な美形だとすると、こちらは綺麗な顔立ちかもしれない。強面のリュウなどよりもよっぽど騎士団と言った感じがする。

 そして、容姿のバランスに嘘臭さがない。
 つか、これ、一つもいじってないんじゃないか?

 どこか仕草にナルシストさが漂っていて、俺にとってはリュウの方が好印象である。

「でも確かに、今回は僕の負けを認めるよ。トールさんだったね、僕はネイル、人は轟炎の魔術師、と呼ぶ予定だ」

 予定? 二つ名自称ってどんだけ……リュウさんとは違う意味で強者か。
 第一印象を補完する台詞に、俺の中でネイルは残念な二枚目として認定された。異論は認めん。
 
 フェイルのとこは濃いキャラが揃ってるなぁ、さすがだ。

 とりあえず二人と挨拶を交わした後、ローザに改めて目を向ける。

 「で、何で着いてきていたか、話してもらえるんだろう?」

 俺がそう問うと、ローザは頷き、少し考えて言った。
「ええ、そのつもりです。ただ、その前に一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「……この先には特に何も無いはずなのですが、トールさんはどちらに向かっておられたのですか? 差し支えなければ、教えていただきたいのですが」

 なる程ね、それは疑問に思うか。
 俺はローザの言葉にそう納得する。

「言うより実際に見せたほうが早いな、隠すもんでもないし。でも、別にアイテムとかそういう実利的なものがあるわけじゃないから、そんな期待はしないでくれよ。そう遠くはないから、そこまで急ぎでもないけれど、歩きながら話そう」
 
 そしてそう言って歩き出す。
 後20分もかからないが、この先モンスターにはち合わないでもないので進んでおきたい。

 というか本当にただ付いてきてたのか? いや、それほど暇だとも思えない。害意はないとすると、何だ。

 ギルドに入らなかったことについてかな。
 うちの団長直々の誘いを断るなんて、とかならどうしよう。

「わかりました。貴方達はどうしますか? リュウ、ネイル」
 
「俺は行くぞ、面白そうだしな」

「僕も今更一人で帰る気はしませんよ」

 ローザの確認の言葉に、当たり前のように着いてくると答える二人。

 美人と二人デートも悪くないけどな、とか、そんな事を内心で思うと、ローザから一瞬冷たい目線が来た気がした。

 まさかね。

 取り敢えず、そんなやり取りの後で、俺と銀の騎士団の三人という変則パーティは目的地へと歩を進める事になった。

 
 その後話してもらうと、後をつけていた理由としては、俺のもたらした情報があまりに正確だったので、どのような方法で狩りをしているのか気になったのだという。

 掲示板での情報収集班、というか検証好きな人間もいて、ピックアップしているらしく、俺の名前が様々な掲示板で情報を書き込んでいるという事で挙がっていたらしい。


 ギルド入りを断られたと聞いて、その情報収集の手法を出来れば聞きだそうと探していたところ、街を出る俺を発見。

 見ていれば、よくわからない方向へと進んでいく。これは何か在るのかと思い、三人で着いてきた結果今に至るというわけらしい。

 聞いてみれば、確かに馬鹿馬鹿しいような普通の話だ。


 ローザの態度を見ていると、どうもまだそれだけでもなさそうだったが、害意があるわけではないのは確かのようだったので、放置する事に決めた。警戒は完全には解かないが。

 多分詮索してもわからない。 ……この女性は感情が表に出ない、俺が苦手とするタイプだ。

 ちなみに、俺が気になって、等のフラグでは残念ながら無いのだけは言っておこう。
 話の中に名前が出てくるだけでわかる。彼女はあのフェイルに心酔しているようで、ワンチャンすらないのがありありとわかる。


 
 そうして臨時パーティを組んでみると、三人とも、さすがに大ギルドの幹部クラスだけあって高レベルプレイヤーであった。

 基本的にタンクはリュウがこなし、引きつける。大剣使いが妙に様になっている。どこのベルセルクだ。

 ローザは攻撃役で、魔法との併用が上手く、視野も広い。

 そして、ダメージリソースとしては、残念な二枚目の割に強いネイルが、後方で詠唱を重ねて焼き払う。

 うわ、そりゃこのレベルのフィールドでは回復役いらないわ。圧倒的だもの。
 俺は、盗賊らしくアイテムを拝借したり、薬師で作成した回復薬を用意したりと、何というかソロに比べてラクだ。

 
 そんなふうに順調に目的地に近づく俺達。
 まぁ、近いのは俺にしかわかってはいなかったが。

 そんな時だった。
 森の中に声が響き渡る。あまり現実では出会わない声。

「悲鳴?」

「……だな、多分こっちだ、100m程先にプレイヤーが三人、かな?。モンスターの気配は……無し。これは本当にPKかもしれんな。
 ーーーー悪い、ちょっと見過ごすのは後味が悪いし、今のうちに見ておきたい、いいか?」

「……ええ、行きましょう、先導を」

「こっちだ、先に行く、マップは共有しておく」

 ローザに、俺はそう答えて走りだす。

 三人も続くが、本気で走る盗賊(シーフ)の俺よりは遅い、何せ全基本職種中最速なのが盗賊の特徴だ。

 そこまで遠くはない、すぐ追いついてきてくれるだろう。

 悲鳴の声は女の人の声だった。……それも、相当切羽詰まったような。
 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 俺は、自分に出せる限りのスピードで、声の方向へと向かった。


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