【小説】バベルの塔 七話
「双撃(ダブル・チェイン)!」
手にした双剣が、相手にヒットする。
俺は、うっかりリンクを引っ掛けてしまったモンスター、『リザードナイト Lv.4』 が、生命力(HP)を散らし粒子となって消えるのを見守った後、その落としたドロップカード、『龍人の鱗 Lv.3』を拾い上げた。
今更の説明だが、このゲームではアイテムは二つの形状を持つことが出来る。
まずは、普通にオブジェクト化したもの。
ただ、これでは常に持ち運ぶわけにも行かない。
ドラ○もんの四次○ポケットでもあれば別だが、それは仕様を決めるときに却下された。
後、戦闘中に使ったりもするので、メニューで選ぶだけでは効率が悪すぎる。
結果、アイテムはカード化して持ち運び出来るようになったわけだ。
モンスターを倒した際も、ドロップカードが落ちる。
これを拾う瞬間は、中々いいものだ。
もちろん乱戦では自動的に収納されるようにもできるが、気づいたら在る、よりも自分で手に入れた感があるので俺はカード化してドロップされるようにしている。
それをアイテムボックスに収納すると、俺は目の前に続く目的地への獣道をみやり、その先に歩を進めていった。
喫茶店でフェイルと別れてからの俺は、不思議と少しだけ肩の荷が下りたような気がしていた。
そばにはいられないなんて思ったけれど、だからこそ、そう思った。
自分でも、勝手だというのはわかるし、現金だな、と思うが。
俺は、元々裏方の人間なわけだ。
昔から、主人公体質のやつが突き進むのに付いて行って、適当に狩り残した枝葉を回収するようなタイプだと自負している。
伊達に俺を25年もやってはいない。
性質にも文字通り『裏方』とある。 …………お願いだから笑い事にしておいてくれ。まだ時々ステータス見て哀しくなってたりするのだ。
それでも、こんな事になって、必死になって情報を集めて、せめてどこかで俺も攻略するのに貢献しないと、なんていうことを、柄にも無く思ってしまっていたわけだ。
責任がある立場だと思っている割りには、俺の持つ手札は哀しいほどに少ない。
遅かれ早かれ、実力のあるプレイヤーならば解るような知識ばかりだ。
もちろん、今もその責任を感じる気持ちは変わってはいないし、やることはやるつもりでいる。
まだ、俺は開発者です、こんなことになって申し訳ないです、なんて事も言える気はしないが。
やはり、フェイルのように人を集めて、人を思いやって、俺みたいなソロプレイヤーのことまで気にかけるような、そんな人間がここにいると、実際会ってそう感じるのは、少し、心が暖かくなる気がする。
そういう少しの晴れやかな気持ちの元、俺はログインしてから二週間目にして初めて、元々やろうと思っていたことをしに、いつもと変わらず一人で、だが少し気負いも和らいだ形で、ここにやってきたのだった。
バベルの街西部からでて少し行くと、『黄昏の森』というフィールドに突き当たる。
初心者が少し戦えるようになったかな、というレベルで訪れることの出来る、つまりは中級者の入り口の為のレベル上げに最適な場所として設計された所だ。
攻略組、と常から呼ばれているような元・廃プレイヤー達は、これまでの期間で通り越しているし、
怯えつつも、フェイルのような人間のお陰で少しずつ立ち直り始めた初心者プレイヤーには少し早い、そんな場所。
俺も、ひたすら今開放されているダンジョンをソロで回っていたため、ここには既に来たことがあるし、モンスターの確認も終えている。
ただ、その時の余裕のない俺が、見ていない場所があった。
その場所は、別にレアモンスターが出てくるわけでもない。
決して、良いアイテムが出るわけでもない。
そんな、特にプレイヤーにとって都合の良いわけでもない場所に行こうと思い立ったわけは、今の時間帯にある。
後一時間ほどで日が暮れる。それは明日以降になってしまうだろう。
正直、それでも不都合があるわけでもない。
でも、フェイルが立ち去って、コーヒーが美味しいと思って、あいつもそう言って。
その場所に、行きたくなった。
自分でもわからないけれどそんな時がある。わかってもらえるだろうか?
街を出て、森に入って20分程、ふと、俺は違和感に気づいた。
(…………追尾けられている?)
さすがに人が少ない場所だとは言え、誰もいないわけではないから、多かれ少なかれ狩りをしているプレイヤーはいる。
ただ、先程から俺が一直線で進む場所に、一定の距離で付いてくる三人のパーティがいるようだ。
なにせ一番目の性質は『臆病者』な俺…………索敵はどんとこいである。
この能力のお陰で、俺はソロ狩りとしてなかなか効率よくやっていけている。
もっとも、この性質を誇りたいかと問われれば、ノーコメントでお願いしたいが。
先ほども言ったが、これから向かう先は中心部でもないし、俺のような目的以外でそこを目指す物好きなどいないだろう。
それに、俺の更なる性質……『裏方』により、できるだけモンスターと遭遇(リンク)しないように行動している俺に離れずついてきているということは、向こうも結構なスピードで進んできているはずだ。
(PKの類か?……どちらにせよ厄介だな)
この巻き込まれた状況下で、そんなことをしている人間がいるとは信じたくはないが、盲信もできない。そもそもソロで行動している俺をつける理由など、他には思い浮かばない。
三人の相手をするのは相手のレベルによるが分が悪すぎるし、ここであまり時間は食いたくないのもある。
尾行をまくのならば、まだ目的地が見定められていないであろうここしかないだろう。
「しょうがない、隠れてやり過ごすか」
もし悪意がある場合、返り討ちにしてやれないのは悔しいが、それこそ顔を覚えてフェイルにでも注意を促しておけばいい。そう考えた俺はそう呟くと、一気に移動のスピードを上げ、そして、ある程度距離が離れたところで、密集した木陰に身を隠した。
元々の俺の職種が盗賊なのと、外見が黒髪に黒のコートなのも相まって(裏方のせいだけではないぞ)、相当の索敵スキルがない限り、ここに俺がいることは見破られないはずだ。
そして、それだけの索敵スキルがあるのであれば、レベルも相当のはず。どちらにせよ相手に害意があった場合、目的地にたどり着くまでにやられてしまうだろう。
俺の現レベルは、期間を考えると結構なレベルに達している。とはいえ、元々がそこまで装甲のない盗賊だ。その速度を用いた戦闘や隠密性を活かした奇襲で、一対一、運がよければ二人位ならどうにかなったとしても、三人目は無理だ。相手のレベルが同等なら尚更である。
人の気配が近づいてくるのを感じる。
俺は、息を潜めて、意味もわからず後を付いてくる不審な輩(やから)達の顔だけでも確認しようと、木陰から目を凝らした。
(…………えっ!)
そしてその影を視認した時、俺は声を漏らしそうになるのを何とかこらえる。
追尾けてきていたのは、予想通り、三人編成のパーティだった。
装備と振る舞いから見て、結構レベルも高そうだ。
戦士職二人に、後衛の魔術師が一人。
回復役はいないが、それだけ余裕のある面子なのであろう。
ただ、俺が驚いたのは、そのレベル等ではない。
その中の一人を、見たことがあり、知っていたからだ。
先頭をやってくる、黒髪の女性。
スレンダーな体型に、冷静さと怜悧さをたたえる目。そしてその美貌に似合いすぎている眼鏡。
これで腰にレイピアを吊り下げ、軽防具を身にまとってなどいなければ、立派な秘書に視えるであろう。
確か、名を『ローザ』と言ったか。
『言霊』の情報を渡しに行った時に見たから間違いない。
俺は、美人の顔を覚えるのは得意なのだ。
それに何より。
それは、先程俺が入団を断ったギルド。
あの主人公然とした善人に見えたフェイルがマスターを務める、銀の騎士団(ナイツ・オブ・シルバー)のギルドマスター補佐をやっている人間のうちの一人だった。
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