【小説】バベルの塔 十六話
「…………何のことだ?」
何とか俺は声を絞り出した。
だが、その前に不自然な間が開いたことは否定出来ないだろう。
その証拠に、それを見てローザは、今度は形だけの微笑ではなく、本当にニッコリと微笑み、俺に止めをさしてくれた。
「思っていることが顔に出やすいと、そう言われませんか? ご安心下さい、別に、決して責めているわけではありません」
「………………」
その言葉に、簡単に引っかかり過ぎではないかという哀れみすら乗っているように感じ、俺は内心で自分の腹芸のできなさに呻いた。
そんな自嘲気味な思考を行なっている俺に、ローザは淡々と告げていく。
「……私はMMO通信の愛読者でした。もちろん、【Babylon】紹介の談話記事も読んでいます。内容は、もちろんご存知ですよね?」
(坂上さんの記事か、あれで相当いじられたんだっけ?)
そう思い当たった俺は、諦めて黙って頷いた。
「私が、今の状況に陥った際にまず思い出したのが、そのことです。元々、このようなゲームの開発に携わる人も、同じようにMMORPGをプレイするということが、当たり前の事なのに、私には新鮮に感じられて、印象に残っていた………そして、その人ならば何らかのアクションを起こすのではないかと、そう思いました」
「…………」
「でも、そんな行動を取る人間はおらず、貴方は全く目立っていなかった。もしかしたら、そんな人間はいないのではないか……開発者は今回のことを予期していたのではないか、とまで考えていました」
「…………」
「ただ、うちの情報班の中に、教授という探究心に特化した人間がいるのですが、彼が貴方をベタ褒めしていたのですよ。『まるで、攻略本を片手に調べているようだ』とね」
「…………一応、不自然じゃないようにしたつもり、ではあったんだがな」
俺は、黙っていた口を開く。
それは、肯定の言葉。淡々とした口調で確信していることを伝えるローザに対しての。
この状況で誤魔化したとして、疑念が無くなる訳でもないという考えもあった。
そんな、何とも言えない表情を浮かべているであろう俺に対して、少しだけ口を動かして微笑み、ローザは続けた。
「そうですね、貴方はうまくやっていたと思います。私も、言われて、全てをリスト化されるまでは気づいていませんでしたからーーーーそして、他にバレる事もないと思います」
「リスト化? …………って、これは…………なるほど」
疑問に思った俺は、目の前に出された、教授なるプレイヤーの作成したらしき一覧を見て、黙り、そして納得した。
【有用情報リストまとめ】
そう称された一覧には、wikiのように、ジャンルごとに様々な情報がまとめられていた。
そして、そこにはメモ書きとして、ソース、つまりは情報元と、再現性、確度などが記載されている。
そこからリンクで飛ぶと、情報元と確度がグラフ化されており…………
『トール』の名前が少し異常値のように確度と量が多くなっていた。
いや、そういう意味だと次点の『ネズミ花火』さんも凄いな、俺ほどではないが、そもモンスターの仕様を知っている俺とツートップに見えなくもない事がそもそもおかしい。
「この情報は、提供元などの情報や、グラフは除いた状態で、誰でも見れるように提供すべく作ったものです、そして、後半は教授の分析マニアな趣味…………いえ、失礼しました。有用な人材をスカウトするために作ったものです。ちなみに、ネズミ花火さんは他のゲームでも有名な情報屋ロールの方で、教授とも顔見知りのようです」
教授凄いな。
「まず、この時点で私の中では先程の話とトールさんというプレイヤーがうっすらと紐づいていました」
俺は黙って聞いていた。ローザは普通のことしか言っていない、普通じゃ無いのは教授のこのリストだけだ。
「…………そして、懸念が予想に変わったのは、先日の一件――――リュウなどは、いい場所見つけやがったな、と言っておりましたが、あの場所、元から知っていましたね? 油断したのも無理は無いです、トゥレーネさんのあのイベントも知らなかったのは本当でしょうけど、だからこそ余計に、何故あの場所に辿り着けたのか、という疑問が生まれて、一番納得のいく理由は、貴方が開発側の人間であるということでした」
「…………本当は、一人で行くつもりだったんだが、あの日の俺は少し浮かれていてな。他の人に見せるのも、いいんじゃないかと思った。どうするんだ? この事を公開するか?」
そんな俺の言葉に、ローザは首を振る。
「いいえ、今回は確認をしたかっただけです。…………個人的に、隠しておきたい気持ちも理解できますし、何より公開したところで何の利益もありませんからね。必要な人物にはともかく、口外する気はありません」
そこまで言われた時点で、俺に選択肢はなかった。静かに、明確に認める。
「あんたの思っている通りだよ。まずは、最初の質問に答える…………おそらくだが、後五年は無理だ」
「…………五年、ですか?」
「『アル』はな、本当に優秀なんだ。さらに言えば学習もするし成長もする。そして、この【Babylon】の根幹部分に関わっている『アル』を何とかするためには、同等のAIじゃ駄目なんだ。人間には、もっと不可能だ。こればかりは、性能面で、遙かに超えたスペックでないと、な。
……どんなに早くても、そこまでものが開発されるまで、五年はかかるだろう」
「成程、では、例えばその五年間、無理をせずここで生活するというのはどうでしょうか?」
「……それも、俺個人としてはおすすめしない。言っただろう? 最短で五年だ。もしかしたら十年かもしれない、そんな時は、来ないかもしれない。それだけの時間、現実から離れて、本当に戻れると思うか? 社会的にも、肉体的にも……精神的にもだ」
覚悟を決めた―――いや、決めさせられた俺は、ローザの質問に淡々と答えていく。それは、俺がずっと考えていたことだったから。
「そうですね、このまま、チュートリアルのまま暮らしていくということも、議題には上がってはいますが、すぐに助けが来るか来ないか、が大きな論点の一つです。わかりました。では、貴方の持っている情報は、どんなものがあるのですか? 例えば、いつチュートリアルが終了するのか、など」
「オレの担当は、雑魚モンスターの仕様と、ある程度の技能取得イベント……後は、昨日みたいな、攻略には関係のないものばかりだな」
ローザの次の質問に、俺は自嘲気味に答える。
ただ、1ヶ月間、ずっとオレも考えていた。だから想定は口にできる。
「でもまぁ、チュートリアルについては想像はできるよ。雑魚モンスターのパターンは、戦闘に慣れるもの、人型、獣型、魚型、鳥型などの形のバリエーション、状態異常や特殊能力などの能力のバリエーション、そして、多種族間の連携というAIの有能性のバリエーションだった」
「なるほど」
「そして、それが目処がつくのは、第五層までだな。おそらく、エリアのボスも、塔のボスもそこで区切りのものに設定されてるだろ」
「……成程、わかりました。それは、何かあればその度に聞くとしまして。では、そんな貴方に二つお願いがあります」
役に立たなくてすまない……そんな俺の内心をわかっていそうなのに、ローザは気にした様子もなく、俺に言う。
「……何でも言ってくれ、できることは、やるつもりだ」
「一つは…………ええと、正直言いづらいのですが、教授と会っていただけますか? かなり質問責めに会うとは思いますが、そういう意味で責められる事はないと断言はできますので」
「あ、あぁ、そんな事で良いのなら」
後日、「そんな事」ではないことを知る。
そしてーー
「ありがとうございます、助かります。ではもう一つ、『言霊』のモンスターの居場所は、おかげで判明しました。ただ、問題が一つ生じておりまして」
「問題? 何だ?」
殊勝にそういう俺を見て、真顔でローザが説明する。
「どうも、そのモンスターが手強いようでして、敏捷に優れたプレイヤーが必要なのです、あなたのような。……本来は壁役を犠牲にしてクリアするのかもしれませんが、チュートリアルとはいえ――――いいえ、だからこそ、誰も『死亡』を出さずに倒したいのです」
「…………わかった、俺は、何をすればいい」
「トールさんには、囮として、モンスターの中に突っ込んでいただき、指定の地点まで引き寄せていただきます。――――もちろん逃げるルートは確保いたしますし、計算ではトールさんのスピードなら、大丈夫、のはずです」
(ん、それってオトリだよね、一つ目より言いづらは無く言われたけど………)
朝まで浮かれていたのは何なその、断れる状況でもなく、俺はただ頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな少しのシリアスを乗り越えて今、俺は走っている。
背後には結構距離を詰められている気配がプンプンしている。
はっきり言って、怖い。
あの喫茶店の、何でもやるという決意など、時間がたったいま、このプレッシャーには負けてしまいそうだ。
俺のこの何ともいえない感情は、モンスターを作った先輩に向ければいいのか、状況を作ったローザに向ければいいのか、はたまたこんな世界に追い込んだ『アル』に向ければいいのか。
とりあえずわかっていることは、誰であれ話しているうちに言いくるめられて終わるだろう、ということ。
俺に出来ることは、この先の地点まで『モコ』達を誘導することだ、ということである。
誰か、誰か俺に癒しを…………!
そんな事を走りながら願う。
…………何故か『モコ』が自身のスピードを上げる。
――――お前じゃねーよ、勝手に心読んで反応するんじゃねぇ!
半ば涙目になりながら、俺は走り続ける。
地点まで引き寄せた末に、炎系の魔術師が集団で魔法を叩き込み、弱ったところを討伐するという作戦がなんとか成功した後、その日一日は、身も心もぐったりと何も出来なかったのは言うまでもない。
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