【小説】バベルの塔 十五話
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周りの風景が、どんどんと流れていく。
今俺は、過去最高の速度で走っていることだろう。きっとオリンピック選手も真っ青だ。
ここは、『バベル』の街から南に広がるフィールド、『紅の平原』。
視界を流れるのは、赤土が延々と広がる平原とそこにそびえるむき出しの岩肌、それをところどころに覆う、もこもこした形状の緑色の植物たち。
高さにして、俺の腰ほどまではあるだろうか、丸い形状は、とても柔らかそうだ。
もっとも、実際に近くまで行けばわかるが、表面は細かく鋭利な棘が並んでいるため、取り囲まれ押しつぶされた日には、一瞬でHPが削られてしまうだろうが。
しかし、遠目から見える、それが立ち並ぶ光景は、正直癒されなくもない。
…………今俺が、まさにその植物型のモンスター、『モコ』の群れに追いかけられているところでなければ、だが。
(くそ、何なんだよこの俺の全力に付いてくるモンスターは!? こんな仕様に作った覚えはないぞ……?)
俺は涙目で毒づきながら、必死に足を動かす。
今にも、俺の背後に迫ろうとしている『モコ』。
元々は、非アクティブ系――(こちらから攻撃を加えない限りは何もしてこない、その代わりなかなかレベルが高く強い)――の植物モンスターのはずである。
更に言うと、敵対したとしても、植物だけあり、そこまで行動速度も早くはないので逃げやすい。
そんなモンスターが、何故こうして、基本職の中で最速を誇る盗賊である俺のスピードに付いてきているのか、それは、その群れの中心にいる一際大きな『モコ』の額に、『言霊』を宿した水晶が埋め込まれているからである。
俺の開発者の先輩に、『ドS』の人がいる、担当は言霊関連。
――――つまり、そういう事だ。
(…………動かないことが条件で強く設定したモンスターに、普通スピードを加えるか!?)
そんな心の叫びは、届くはずもない。
届いたとしても、あの人はこう言うだろう。
「……うん、頑張れ」
それも、とても良い笑みで。
何故こうなったのか。
俺は必死で足を動かし、走り続ける機械と化しながら、これまでを思い出す。
少しだけ、嫌な予感はしていたのだ、朝、あの怜悧な才媛に会った時に……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ここは、良い喫茶店ですね」
ローザが、店内を見渡しながら、そう呟く。
俺は、落ち着いた場所で話をしたいというローザを連れて、フェイルと出会った店に来ていた。
NPCより喋らないプレイヤーである、そこのマスターは、無言でいつも通りの美味しいコーヒーを入れてくれる。
…………これで、ゲーム内にデフォルトで煙草があれば完璧なのだが、まだ無い。
まだ、というのは『錬金術師(アルケミスト)』のプレイヤーが、今開発中との情報掲示板(ウインドウから確認できる、ゲーム内のコミュニティだ)が上がっていたのを昨日見たからだ。
その名も、スレッド―【素材持ち禁断症状者求ム】。
これまでは余裕が無くて、攻略情報の書き込み以外のスレはみていなかったが、結構あちこちで普通に生活するための話し合いもあるらしい。
先日のような人間もいるものの、基本的には皆、前向きになろうとしているようだ。
それとも、忘れるためにいつも通りを貫こうとしているのか。
生産職がメインジョブでも、サブが戦闘職ならそれなりに戦えるし、何故か生産職の中でも『料理人』は結構強くなることが可能で、下手したら盗賊などより肉弾戦に強かったりする。
まぁ、戦闘用技能(アクティブスキル)が無いから、本気でやれば別だが。
そんな中、『錬金術師(アルケミスト)』は完全に戦闘には向いていない。その代わりといっては何だが、この世界に存在しないもの――(理論や構築の完成などに時間と労力、それにセンスが必要となるが)――を、作成することが可能となっている。
例えば、それこそ煙草とかな。
なので、その供給を欲する需要者達が、素材を集めて提供する事になる。
もちろん、俺も参加しようと思っている。
そんな事情もあり、俺は早く行動したいのだが、ローザの話とは何だろうか?
「……何点か、お願いとご報告が」
そんな事を思っていると、ローザが話を切り出してきた。
「昨日のことについてか?」
俺は、そう尋ねる。
「……ええ、それもあります」
それにそう頷いて、ローザは話を続けた。
「まずは、先日捕らえたものの処遇についてを。彼等は、私たちのギルドに加えて、他の大手ギルドである『探求者の集い』『円環の理』も含めた3つのギルドで管理する、『牢獄』に入れることになりました。ここでは、被害者の許しがなければ、解放はしません」
「……成程。つまり、【Babylon】の三大ギルドで、警察の役割を果たしてくれると、そういうわけか?」
「はい、この状況で早急に取れる対応としては、最善かと。元々、ご存知のようにMMOでは、プレイヤー同士の問題は、できるだけ当事者たちで解決するのが求められていましたから。もちろん、権力の集中を避けるため、平等の立場として、共同で管理を行うことに決定しています。また、無力化した犯罪者プレイヤーを『牢獄』に転送するための道具も、現在ギルド内の『錬金術師(アルケミスト)』達が作成中です」
「わかった、俺も異存はないし、むしろあっても、その三大ギルドに逆らいはしないさ」
ローザの説明に状況を把握し、俺は頷いた。
そもそも、今回は偶々当事者であっただけで、元々俺個人でどうにか出来る問題ではない。
他の二大ギルドについては、あまり詳しくはないが、悪い噂も聞かないし、少なくとも関わった限り、フェイルもローザも良い方向に運営している。きっとうまくやってくれるだろう。
「もう一点の件ですが、トゥレーネさんは、ギルドの女性プレイヤーのもとにいていただいています。…………そこまで表には出さないですが、貴方以外の男性の方にはまだ抵抗があるようでして。それに、我々のギルドには比較的女性が多いとはいえ、トゥレーネさんは美人ですから目立ちます。
――――そうですね、トールさん、いっそ一緒にお住みになってはいかがですか? ギルドに協力いただいた見返りとして、住居くらいは融通できますが」
「ゴホッ!」
俺は、後半の言葉に口をつけていたコーヒーを吹いてしまう。
(…………絶対今の、タイミング見計らって言いやがった)
「……冗談ですよ」
そんな俺に澄ました顔を向けながら、ローザはそう言った。明らかに楽しんでいる。
「わかりにくい冗談だ」
「当人同士が良ければ、冗談で無くとも構いませんよ?」
(くそ、なんかペース狂うな)
俺が女性経験が無いのを見抜きやがって、誠実さ(ヘタレさ)には自信があるぞ。
「後、これが最後です。確認なのですが、トールさんが持っている情報を共有するというのは、フェイルにもおっしゃっていたとお聞きしています」
「あぁ、もちろんだ」
最初の二つのついでのように聞いてくるローザに、俺は頷いてみせる。
情報の独占等する気もないし、何よりこの目の前の才女は苦手だ。先輩に似ているのもあるが、何より銀の騎士団をこの状況で敵に回したくはない。
「……その言葉に、嘘はありませんよね?」
「? あぁ、くどいぞ?」
念を押すローザに、俺は疑問に覚えつつも、そう答える。
すると、ローザの目が、にこやかに微笑の形をとった。
(…………!)
背筋に冷たいものが走る。……あれは、獲物が網にかかったのを確信した目だ。物凄い嫌な予感がする。
そして、身構える俺に、ローザはあっさりと爆弾を投下する。
「……では、お言葉に甘えてお伺いしたいのですが――――現在の状況を、貴方の同僚が解決する可能性は、どのくらい残されていますか?」
「…………!」
油断した後に警戒して、その警戒心すらあっさり乗り越えられた俺の顔に、どうしようもなく狼狽が走った。
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