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報道特集「ネオニコ系農薬 人への影響は」をどう考えたら良いか

※冒頭の写真は2021年11月6日放送の報道特集「ネオニコ系農薬 人への影響は」の一場面です。

はじめに

2021年11月6日放送の報道特集「ネオニコ系農薬 人への影響は」をご覧になった方々の多くは、今もネオニコチノイド系農薬について心配しているかもしれません。今回は、この番組の内容について見ていきたいと思います。

この放送後、農薬工業会から「TBSテレビ報道特集に関する農薬工業会の見解」というものが出されていますので、興味ある方は、こちらもご覧ください。

木村ー黒田純子氏の主張について

まず、番組動画の12:00あたりから出てきた木村-黒田純子氏と黒田氏の論文について触れておきたいと思います。番組内では、「この論文が海外に影響を与えた」と紹介されています。この論文は、2012年にPLoS Oneという雑誌に掲載されました。この雑誌のインパクトファクターは『3.24』です(2023年2月時点)。一方、同番組で出てきた山室真澄氏の論文が掲載された雑誌Scienceのインパクトファクターは『47.7』です。業界では『3.24』という値は決して低くはないのですが、番組でわざわざ「海外に影響を与えた」と紹介するのは、間違ってはいないものの、若干誇張気味ではないかと思われます。

図1 木村-黒田純子氏が論文の図を説明している場面

動画の12:50あたりで、論文に掲載した図を説明している場面があります(図1)。ここで木村-黒田純子氏は、「神経細胞がニコチンやネオニコを入れると興奮して反応する」とコメントしています。これは、ニコチンやネオニコチノイド系農薬が神経細胞のニコチン性アセチルコリン受容体に作用している様子を表しています。しかし、「興奮して反応する」ことが本当に発達障害につながっているのでしょうか?

ちなみに、ニコチン性アセチルコリン受容体が「興奮して反応する」という現象は、普段、我々の体の中で起きていることです。詳しくは、「ネオニコチノイド系農薬と発達障害は関係ありそうか?」という記事に書きましたので、こちらをご覧ください。

図2 「自閉症、広汎性発達障害の有病率」と「農地単位面積当たり農薬使用量」との比較
2021年11月6日放送の報道特集「ネオニコ系農薬 人への影響は」より

次に、動画の13:20あたりから出てきた、「自閉症、広汎性発達障害の有病率」のグラフと「農地単位面積当たり農薬使用量」のグラフを使って、「広汎性発達障害や自閉症が増えていることと(ネオニコチノイド系農薬と)の関連を疑っている」と主張していることについても触れておきましょう。

上の図2が、番組で紹介されたグラフです。もし、この主張を続けるのであれば、他の国も入れても相関関係が成り立つか確認する必要があります

例えば、「日本の農薬使用に関して言われていることの嘘 – 本当に日本の農産物が農薬まみれか徹底検証する」という記事には、農薬使用量を調べた国々が60か国ほど出ているので、これらの国々も含めて相関関係を調べるべきでしょう。

また、農作物ごとに見ても相関関係が成り立つか、ネオニコチノイド系農薬の種類の違いごとに見ても相関関係が成り立つか確認する必要があります。人間の健康を研究する上で、複数の因子を比較検討するのは基本ですので、『検討不十分』を言わざるを得ません。こうした『検討不十分』な内容がテレビで放映されたことは、残念でなりません。

ネオニコチノイド系農薬が脳に影響を与える可能性

ネオニコチノイド系農薬が発達障害の原因であるならば、ネオニコチオ系農薬は『血液脳関門』という場所を通って脳に到達する必要があるだろうと考えるのが一般的です。では、ネオニコチノイド系農薬は、『血液脳関門』を通るのでしょうか。

Carmen Costas-Ferreira氏とLilian R. F. Faro氏の調べによりますと、齧歯類の血液脳関門を通るのは、投与した量の0.8~5%程度だそうです。日本でもネオニコチノイド系農薬と血液脳関門との関係について研究が行われていたようですが、思ったような証拠が得られていないようです。

尚、拙著「発達障害の原因は食にあるのか?」にも書きましたが、ネオニコチノイド系農薬を使用した農産物が発達障害の原因になり得るという指摘は、未だになされていません。

最後に

拙著「ネオニコチノイド系農薬と発達障害は関係ありそうか?」でも書きましたが、発達障害を防ぐために「(ネオニコチノイド系農薬を)予防原則に基づいた規制を行うべき段階にあると思う」と主張するのは、行き過ぎのように思われます。もし、規制を主張し続けるのであれば、多方面からの検証に耐えうる研究結果を用意する必要があると考えます。

昨今、「農薬を使った農産物は体に悪い」という主張があるようですが、こうした主張は丁寧に積み上げた科学的根拠に基づいて行われる必要があります。今回のように根拠に乏しい主張を並べた番組作った担当者は、農薬を使用している慣行農業への影響や、慣行農業を営む農家の皆さまのご苦労をどのように考えていらっしゃるのでしょうか。

農薬を使う「慣行農業」も、農薬を使わない「有機農業」も、双方が切磋琢磨して共に発展していけば良いことだと思っています。農業は、科学の集合体です。科学的視点から、農業を見守っていただけることを願っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


【参考】
2021年11月6日放送の報道特集
ネオニコ系農薬 人への影響は

拙著
ネオニコチノイド系農薬と発達障害は関係ありそうか?

浅川芳裕氏
日本の農薬使用に関して言われていることの嘘 – 本当に日本の農産物が農薬まみれか徹底検証する

Carmen Costas-Ferreira and Lilian R. F. Faro 
Neurotoxic Effects of Neonicotinoids on Mammals: What Is There beyond the Activation of Nicotinic Acetylcholine Receptors?—A Systematic Review
Int. J. Mol. Sci. 2021, 22, 8413.


藤原悠基氏
ネオニコチノイド曝露によるヒト胎児の神経発達と血液脳関門への影響評価
科学研究費助成事業 研究成果報告書 令和4年6月16日現在


拙著
発達障害の原因は食にあるのか?


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