ネオニコチノイド系農薬と発達障害は関係ありそうか？

はじめに

「ネオニコチノイド系農薬が発達障害の原因」

こういった主張をする人がネット上にいます。さて、この主張は科学的に確立された事実なのでしょうか。

結論から言うと、論文からは「根拠不十分」、「事実として確立される見込みは薄い」と思われます。また、論文とは別の場で「不正確な表現を用いて広めようとしている可能性」も疑っています。ここでは、その説明をしたいと思っています。


「ネオニコチノイド系農薬が発達障害の原因」の根拠のひとつに、黒田氏と木村-黒田氏が執筆したネオニコチノイド系農薬のニコチン性アセチルコリン受容体への作用に関する研究論文（以下、『2012年PLoS One論文』と略します）が挙げられています。この論文については、アグリファクトというサイトで唐木英明氏が「黒田・木村-黒田氏による「自閉症や発達障害増加の原因は農薬」は不正確」という記事を書いて指摘していらっしゃいます。私は少し別の角度から紹介したいと思います。

説明の前に　ニコチン性アセチルコリン受容体とは

図1　ニコチン性アセチルコリン受容体にアセチルコリンが作用する様子（レミニール(ヤンセンファーマ)インタビューフォームP25の図を改変）

ニコチン性アセチルコリン受容体は、普段は何をしているか。ニコチン性アセチルコリン受容体は、骨格筋や神経系に広く分布し、臓器と神経をつなぐ神経接合部などにあります。ニコチン性アセチルコリン受容体は脳にも存在し、脳の神経活動の維持や記憶の蓄積に関わっていると言われています。図1右側は、神経接合部の拡大図です。まず、脳から指令を受けて、神経末端からアセチルコリンが放出されます。アセチルコリン受容体は、放出されたアセチルコリンの作用を受けて刺激されます。刺激された後、陽イオンの流入が起きます。

図2　ニコチン性アセチルコリン受容体におけるニコチンおよびネオニコチノイド系農薬が作用する様子

ニコチンは、アセチルコリンと同様に、ニコチン性アセチルコリン受容体に作用して受容体を刺激します（図2）。ニコチン性アセチルコリン受容体には、図2に示すようにネオニコチノイド系農薬も作用することが明らかになりました。この発見が、『2012年PLoS One論文』で発表されたのです。

図3　２０２１年１１月６日放送の報道特集「ネオニコ系農薬　人への影響は」の一場面

木村-黒田純子氏は、２０２１年１１月６日放送の報道特集「ネオニコ系農薬　人への影響は」に出演し、『2012年PLoS One論文』に掲載した結果ついて説明をしました。図3に示しますように、動画の12：50あたりで「神経細胞がニコチンやネオニコを入れると興奮して反応する」と説明しています。この「興奮して反応」というのは、ニコチン性アセチルコリン受容体への作用による刺激のことです。

疑問　アセチルコリン受容体と発達障害は関係ある？

黒田氏と木村-黒田氏は、ネオニコチノイド系農薬がニコチン性アセチルコリン受容体を刺激し、脳の発達に悪影響を与え、人間においては発達障害の原因になるのであろうと主張しています。私は、アセチルコリン受容体と発達障害を関連付けていることに疑問を感じました。そこで、まず手始めに、アセチルコリン受容体と発達障害との関連性を示す論文が出ているか調べることにしました。PubMedという文献データベースを使い、「アセチルコリン（acetylcholine）」と「発達障害（developmental disorder, developmental disability）」というキーワードを含んだ論文があるかどうかを検索してみました（2023年2月時点）。「アセチルコリン受容体（acetylcholine receptor）」だと、引っかかる論文が少なくなるので、あえて「アセチルコリン（acetylcholine）」で調べました。

まず、アセチルコリン受容体と発達障害との関係について書いた総説が出てきませんでした。アセチルコリン受容体と発達障害との関連性は、確立されたものではないと思われます。次に、原著論文のリストを数年分見ましたが、両者の関係について書いた論文を見つけることができませんでした。アセチルコリン受容体と発達障害との関連性については、これといった結果が出ていないのであろうと思われます。これだけを見ても、アセチルコリン受容体と発達障害を結び付けるのは、現時点では難しいのではないかと思われます。

発達障害の原因について知りたい方は、拙著「発達障害の原因は食にあるのか？」をご覧ください。


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確認　『2012年PLoS One論文』に書いてある本当のこと