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農薬って必要?無農薬でいいじゃん?

※冒頭の写真は、「An Irish Peasant Family Discovering the Blight of their Store(Daniel MacDonald, 1847))」という絵画です。

はじめに

最近、「農薬を使わないで作った野菜は体に良い」といった内容の話を時々見かけます。「無農薬」や「自然農法」など、農薬を使わない方法も注目されているようですね。そこで、今回は「農薬って必要?」と題して記事を書いてみました。筆者の専門は医学薬学ではありますが、農薬も必修科目の中に入っていましたので、その範囲で書いてみました。農薬が必要かどうかを知る上で、まずは農薬が出る前の農業はどうであったか見ていきたいと思います。

農薬が出る前はどうだったか?

人類が生活に農業を取り入れるようになったのは約1万年前といわれています。そこから19世紀末くらいまでは、「生物(動物、昆虫、微生物など)」や「多様な植物」が作物の収穫を妨げてきました。


◎生物(動物、昆虫、微生物など)

害虫に荒らされているレタス畑(イメージ)

農業を行っている土地は、自然状態とは異なります。広い面積の土地に、作物が1種類だけで育てられるからです。そのため、その作物を好物とする生物(動物、昆虫、微生物など)にとっては天国のような環境であり、大々的に増えてしまいます。その結果、作物の収量が落ちてしまいます。


◎多様な植物(雑草など)

自然状態と同じように多様な植物が農地に混ざって生えてきてしまった場合、作物の生育の邪魔になります。最終的には、収穫作業の妨げになってしまいます。

農業を始めて以来、人類は「生物(動物、昆虫、微生物など)」や「多様な植物」への対応に悩まされてきました。こうした有害生物による被害から作物を守ることを「防除」といいますが、長い農業の歴史の中で実質的に効果のある防除方法はほとんどありませんでした。害虫や病害は悪天候などの災害に伴って大発生することがあり、収穫が激減して食料不足に陥ることもありました。

古代エジプト時代には、イナゴによる穀物の被害があったという記録が残されています。日本にも大きな飢饉により多数の人の命が失われたといわれています。例えば、1732年(享保17年)に起きた享保の飢饉は、気候不順による作物の成育不良だけでなく、大規模な虫害(ウンカなど)も原因だったと言われています。18世紀、ヨーロッパでは、当時主食のひとつであったジャガイモの病気が蔓延し、ほとんど収穫が得られず、アイルランドでは100万人規模の餓死者が出たといわれています。

こうした中で行われた「防除」といえば、雑草の除去程度。当時の人々が病虫害から作物を守るためにできることは、物理的に追い払う、神に祈る、お祓いをするなどしかなかったのです。

この頃は、病気を引き起こす「微生物」の存在すらわかっていませんでした。ちなみに、「微生物」の存在が明らかになったのは19世紀で、人類の歴史の中ではつい最近のことです。

農薬の役割

農薬を使う目的は、下記の2点があります。

農薬の役割には、下記の2点があります。

尚、毒性物質による汚染は、病原微生物(菌、ウイルスなど)によって引き起こされます。

病原微生物が生産する毒性物質の中には、マイコトキシンというものがあります。例えば、菌類の中にはマイコトキシンを代謝物として生産し、人の健康を害するものもあります。マイコトキシンの中で有名なもののひとつに、アフラトキシンが知られています。アフラトキシンは、収穫後に貯蔵された穀物に発生されるカビによって生産されます。

栽培中の植物に菌が感染し、菌が繁殖する過程でマイコトキシンが生産されて農作物を汚染する場合もあります。特にムギ類に寄生し、種子に黒褐色の固い塊をつくる麦角病菌が毒性のあるマイコトキシン(麦角アルカロイド)を生産することは古くから知られています。また、ムギ類に赤カビ病を引き起こす菌は、デオキシニバレノールやニバレノールといったマイコトキシンを産生します。デオキシニバレノールやニバレノールは、嘔吐、腹痛、下痢などの中毒症状を引き起こすため、日本では小麦に含まれるデオキシニバレノールの基準値を1.1ppmと定めています。

植物に病気を引き起こす微生物が生産する毒には未知のものも多くあり、それらが強い毒性をもつ可能性は否定できません。収穫量だけでなく収穫物の安全性を確保する上でも、可能な限り病害の発生を防ぐことが重要なのです。

農薬なしで作物を作ったら、どれだけ収穫できるか?

図 農薬を使用しない場合の主要作物の減収率
(新版 農薬の科学(朝倉書店)& 日本植物防疫協会のデータをもとに作成)


農薬を使用しないで農作物を栽培した場合に、どの程度収穫があるか調べる実験が日本で行われました。図に示しますように、作物の種類によって異なるものの、いずれもかなりの減収が生じました。例えば、小麦については、減収率を18%に抑えることができたケースもあれば、減収率が56%に達してしまった(半分以上ダメになってしまった)ケースもあったようです。キュウリやダイコンも、減収率を4%程度に抑えることができたケースもあれば、7~8割もダメになったケースもあったようです。リンゴやモモなどの果樹類に至っては、減収は100%近くに及び、ほとんど商品にならなかったそうです。

最後に

以上を踏まえれば、現時点では、農薬は不必要だと安易に切って捨てるのは難しいのではないと考えます。産地や作物の種類や季節などによって違いはあるので一律には申しませんが、「無農薬だから安全」とは限らず、無農薬で作った作物を手放しで受け入れることについては、リスクを伴う可能性もあると考えておいたほうが良いでしょう。無農薬の農産物を販売している方の中にも、色々な方がいらっしゃるようです。無農薬の農産物を購入する際は、生産者がどうやって品質管理しているかをチェックしてから購入したほうが良いと思います。

一方で、この記事は、農薬を使わない有機農業を否定するものではありません。以前にも書きましたが、農薬を使った「慣行農業」も、農薬を使わない「有機農業」も、双方が切磋琢磨して共に発展していけば良いことだと思っています。今日までの発展は、先人たちの経験が基になっています。先人たちの経験から学びながら、発展していけば良いと考えます。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


【参考】
新版 農薬の科学(朝倉書店),2019年.

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