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クラブ創設5年目の挑戦

メキシコ北西部の港町に、創設5年目のサッカークラブがある。

その名も、マサトランFC。

あまり聞き馴染みのないクラブだろう。
メキシコリーガMX1部の中で、最も歴史の浅いこのクラブは、創設以来、14位、13位、13位、12位、14位、18位、10位、14位とリギージャ(プレーオフ)の参戦経験はない。(リギージャの出場権を争うプレーオフには出場しているが、本戦には出場していない)

そのクラブが、先日のリーグスカップで大躍進を遂げた。
同じメキシコのクラブだけでなく、MLSのクラブも下し、クラブ・アメリカと共にリーグスカップベスト8まで進出した。
リーグスカップ直後の国内リーグ戦でも、強豪パチューカ相手に圧勝。

今回は、クラブの歴史が動き始めているマサトランFCについて書いてみようと思う。

マサトランという街

シナロア州マサトラン市は、人口約45万人の港町。
太平洋に接するこの街は、17km続く海岸線が有名だ。そこに位置するビーチはメキシコの観光地の1つとなっている。
地元の人によると、太平洋沖に沈む夕日とビーチの景色がこの街の自慢だと言う。

また、スポーツ界では、他のメキシコの都市に比べて、野球の文化も強く根付いているマサトラン市。
地元の野球球団「ベナドス」はメキシコウインターリーグの強豪チームとして知られている。
ちなみに、今年のウインターリーグでは、元楽天イーグルスの安樂智大投手がベナドスでプレーすることも決まっている。

これは、マサトランFCのテーマソングになっている曲。
歌っているのは、メキシコを代表するバンドグループ ”Banda El Recodo”(バンダ エル レコド)。マサトランで生まれた彼らは、メキシコの音楽界を代表するグループだ。
今年5月には、日本を訪れ、お台場や渋谷で演奏を披露し、話題にもなった。
来日の際の様子は、以下のリンクから⇩

このわずかな情報量でも、マサトラン市が、観光・スポーツ・音楽とあらゆる分野で魅力を持つ都市であることが分かるだろう。
マサトランFCは、この魅力溢れる街に誕生したのだ。

クラブ創設

"El proyecto se cocinó desde 2017, cuando se planteó la obra del Estadio Kraken y será este viernes cuando, tres años después, inauguren el recinto con futbol profesional."
「この(マサトランFC創設の)プロジェクトは、クラーケンスタジアムの建設が計画された2017年から始まっており、それから3年後の今週金曜日にこのスタジアムでプロチームがスタートする。」

https://www.espn.com.mx/futbol/mexico/nota/_/id/7197167/mazatlan-fc-como-nace-nueva-franquicia-linea-de-tiempo

これは、2020年マサトランFCが誕生した時の記事の冒頭部分。
この記事では、マサトランFCの誕生の裏に、シナロア州政府の存在が大きかったと紹介した。

記事の続きでは、サッカースタジアムの建設計画が始まりによって動き出した当時の状況をこう振り返った。

"Pase a todavía no tener equipo ni patrocionadores, fue una iniciativa del gobierno encabezado por Quirino Ordaz, gobernador del estado de Sinaloa, quien aseguró que la intención era llevar el futbol profesional a la ciudad mazatleca."
「まだチームもスポンサーもいないにもかかわらず始まったスタジアム建設計画は、シナロア州知事のキリノ・オルダス氏による州政府の取り組みであり、マサトラン市にプロサッカーチームを誘致することが目的であることは明確だった。」

クラブ創設は、一から創るのではなく、他のメキシコクラブのマサトランへの本拠地移転を試みた。

その中で、ミチョアカン州モレリアを本拠地とするクラブ、モナルカスの本拠地移転に成功。
モナルカスは、創設約70年の伝統あるクラブ。
しかし、コロナウィルスの流行で、クラブ存続の危機に陥っていたのだ。
こうした背景から、2020年6月2日、正式にモナルカスのマサトラン市への本拠地移転が発表された。チーム名をマサトランFCと改め、大半の選手がそのまま引き継がれることとなった。

余談であるが、モナルカスとしての最後のメンバーの中には、現在アメリカで守護神を務めるルイス・マラゴンが所属していた。彼は、マサトランFCの一員にはならず、ネカクサ、そしてアメリカとチームを渡った。

伝統あるクラブの本拠地移転、チームをそのまま引き継ぐことに、当時批判されていたことも事実だ。
特に、モナルカスサポーターは、デモを行うなど、納得がいかないままであった。
ネット上では、#Arrebatando 「ひったくり」という言葉が頻繫に使われ、その影響は現在も残っている。

こうした批判を浴びながらも、マサトランFCの準備は着々と進んで行く。
チームカラーを紫にし、スタジアムの名前を「クラーケンスタジアム」に決定。

同年7月19日には、冒頭で紹介した Banda El Recodo とのビジネスパートナーとしての提携も発表。
また、サッカークラブ史上初となる葬儀社がスポンサーになるなど、異例とも言える形でのスポンサー獲得も果たした。

チームの引き継ぎには、賛否両論ありながらも、街を挙げて取り組んだ結果が、マサトラン市のプロサッカークラブ誕生の実現に繋がったのだ。

ユニフォームの真ん中にある「R」は、
Banda El Recodoを表している

名将の招聘

マサトランFCは創設後、リーグ戦で苦戦を強いられた。
しかし、コロナウィルスの影響で、2部リーグとの入れ替えがなかったことが大きな救いとなる。
その制度により、創設から現在まで1部リーグで戦い続けることができているが、苦しい戦いが続いていることには変わりない。

5年目を迎えた今シーズン、クラブはこの状況から脱却すべく、メキシコの名将を招聘した。
その名将とは、ビクトル・マヌエル・ブセティッチ氏。
69歳の彼は、現役引退後の1988年から、チーバス、ケレタロ、パチューカ、プエブラ、レオン、ティグレス、アスル、モンテレイなどの1部クラブに加え、2部クラブでも指揮を執った経験を持つ。
監督として、1部リーグ制覇5回、国内カップ戦優勝3回、Concacafチャンピオンズリーグ(当時)優勝3回、2部リーグ制覇1回と、驚異的な実績を誇る。
国内では、el Rey Midas 「ミダス王」という異名で親しまれている。
ミダス王とは、「触れた物は全て黄金になり、願いが叶う」というギリシャ神話に登場する王のこと。ブセティッチ監督は、あらゆるクラブをタイトル(黄金)に導いていることから、この異名が名付けられた。

ブセティッチ監督は、マサトランFC就任にあたり、このように意気込んだ。

"Eso es una aventura interesantísima. La gente está necesitada de ver futbol y de tener un equipo ganador, sabemos que no es de la noche a la mañana, pero es el objetivo que tenemos."
「(クラブの取り組みは)非常に興味深い冒険です。ファンは、サッカーを見て、勝つチームを欲しています。我々は、それが一夜で実現しないことは分かっていますが、その実現こそが我々の目標です。」

https://esto.com.mx/825045-victor-manuel-vucetich-explico-las-razones-detras-de-su-llegada-a-mazatlan/

このミダス王のコメントはマサトランサポーターにとって、心強いだろう。

また、クラブの歴史も浅く、強豪クラブのようにサッカーの文化が強く根付いているとは言えないマサトラン市ではあるが、ブセティッチ監督は街の印象についてポジティブな見解を語った。

“La verdad es que bonita. Yo creo que es una oportunidad muy buena para que la gente venga a vacacionar uno o dos días tranquilamente en esos viernes botaneros que van a ser espectaculares, aprovechar para ver futbol, es algo magnífico, creo que es una combinación magnífica para estar disfrutando en familia y disfrutar de lo que tiene Mazatlán”
「本当に美しい街です。人々が金曜日の午後に来て、1日や2日静かに休暇をするには、非常に良い機会になると思います。ぜひ、その機会にサッカー観戦をしてみてください。この休暇とサッカーは、家族と過ごしたり、マサトランの魅力を楽しむ最高の組み合わせだと思います。」

ブセティッチ監督も言うように、マサトランの街の美しさとサッカーの融合は、新たな街の魅力として期待が持てるかもしれない。

ミダス王ことブセティッチ監督
先日リーガMX通算900試合を達成した。
画像は、マサトランFC公式SNSより


リーグスカップベスト8
その後のリーグ戦2試合は1勝1分け。(リーグ戦第6節終了時点)

これまでのマサトランとは一味違う雰囲気を感じるのは、やはり名将の手腕なのだろう。
だが、リーグ順位は13位と、クラブの挑戦はまだ道半ば。
「一夜で実現しない」というように、長い時間をかけて、チームが進化していくことだろう。

チームの成長はもちろんのこと、マサトランFC自体が、街の新たな魅力にもなり得る、今後が楽しみなクラブだ。


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