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フードスコーレ不定期連載『食の未来仮説』#018 台所から地球を感じる -世界中の料理づくり (書き手:久世哲郎)

2020年5月、おうち時間でエネルギーを持て余した男子大学生は世界中の料理をつくることを決意しました。目指すは地球一周!「食の旅」を続ける中で、見えてきたことがあります。

きっかけ

私は食べることが大好き。自分が食べるものへのこだわりから、料理もするようになりました。ご飯は土鍋で炊き、インドカレーはスパイスから作ります。

そんな私の料理好きを知る友人が、この本を紹介してくれました。

本山尚義さんの『全196ヵ国 おうちで作れる世界のレシピ』です。なんと、コロナ禍でおうち時間を過ごす人々を元気づけようと、ライツ社さんが無料公開してくれていたのです。

これがきっかけで、私はワクワクすることを思いつきました。「食で地球一周」計画。実際に旅をすることはできなくても、その土地の食を味わうことで、何かその土地について感じ、想いを馳せることができるんじゃないか。それがこの計画のコンセプトです。

当時の私は、何か日常をゆかいにする楽しいことはないか、あれこれ考えていたのでした。なんとなくどよんとした時代にあって、ゆかいな活動をSNSなどで共有することで、見た人が少しでも楽しめたらいいなと思っていたのです。

こうして2020年のゴールデンウィークから、私は食の地球一周旅行を始めました。それはすべて一人暮らしの台所で、まな板の上、鍋の中で繰り広げられます。

目指せ地球一周!

やるとなったら私はこだわります。地図と睨めっこして旅の経路を検討しました。本物の旅のように、なるべく隣の国へと移っていくようにします。

日本の「さばの味噌煮定食」からスタートし、

東アジア→東南アジアの一部→南アジア→中央アジア→中東→アフリカ東回り→ヨーロッパ→北米→中米→カリブ海→南米→太平洋の島々→オセアニア→東南アジアの残り→日本に帰ってくる

という計画です。

その日から、この一大プロジェクトを生活のほぼ中心において、1日1カ国の怒涛のペースで旅を進めていきました。朝から煮込んだり、授業の合間にサッと炒めたり、2日かけて生地を寝かせたり…。材料集めでスーパーを5・6件ハシゴした日もありました。

旅のきっかけとなったレシピ本は、日本のスーパーの食材でつくれることが売りだったのですが、途中からは、より本場の味に近づけようと、英語・アラビア語・フランス語など、その土地の言語を駆使してレシピを検索するようになりました。

卒論の下書きや課題との両立(?)は大変でしたが、アフリカ西海岸までやってきました。

世界の料理

アフリカ料理難しい!

しかし、アフリカ南部から西海岸に達するころ、勢いが失速していきました。食材が手に入らない!レシピが見つからない!

キャッサバ、ヤム芋、プランテン(調理用バナナ)…アフリカ料理に使われる食材は、日本では簡単には手に入らないものばかりでした。私は必死でネットを探し回り、食材を集めました。

そして本場のレシピがなかなか見つからず、クオリティが落ちてきたことにも悩みました。クオリティに関しては、どうしても妥協したくないという思いがあったのです。中途半端に似せたニセモノ料理をつくることは、その文化の奥深さを軽視していることになるような気がしていたからです。つくるのであれば、文化へのリスペクトを込めて、できる限り本場の味に近づけようと努力しました。

環境に悪くないか?

その国の文化へのリスペクトを込めて本場の味を再現するために、必死で材料を集めていたのですが、ふと、自分のしていることは文化を尊重しているかもしれないけれど、環境にはとても負荷をかけているのではないかと思うようになりました。

とくにそう考えるようになったきっかけが、パーム油です。西アフリカに到達すると、だんだんとオレンジ色っぽい料理が増えていきます。このオレンジ色の多くは、パーム油に由来するものです。

パームヤシ

パームヤシの実。この赤みが西アフリカ料理独特の色のもとになっている。

ガーナのスープ

ガーナの友人がつくってくれたスープ

西アフリカ料理の味を出すには、パーム油が欠かせません。そこで、私はまたネットでパーム油を探しました。

しかしそこで、パーム油の環境への負荷が気になりました。以前、東南アジアのマレーシアに研修に行ったことがあるのですが、その時にパーム油の環境への影響を少し学んだことがあったからです。大規模プランテーションで栽培(というよりもまるで生産)されるパーム油は、熱帯雨林の生態系を破壊していると問題視されています。

そして、日本にない食材を購入することは、「フードマイレージ(food mileage)」が高いことを意味します。フードマイレージとは、生産地から食卓までの距離のことです。この距離は、輸送のために排出される温室効果ガスの量と比例するため、環境負荷の一つの指標となります。パーム油も輸入品なので、食卓に並ぶまでに国産の食材よりも多くの温室効果ガスが排出されることになります。

私がパーム油を購入すると、わずかだとしてもこれらの問題に加担してしまうことになる…

しかし本場の味を出すためには必要でもある…

うーーーーん。

(ぽくぽくぽく、ちーーーん)

悩んだ結果、環境に負荷をかけてまでパーム油を購入することは、やめることにしました。自分の食への姿勢に反するような気がしたからです。

シエラレオネで立ち往生

パーム油を購入しなかったことに加えて、レシピがなかなか見つからない中、クオリティを保てないことにずっと悩んできたこと、忙しくなってきて料理をする時間がなくなってきたこと、などいろいろ重なって、5月からずっと続けてきた1日1カ国のペースでの食の旅も、ついにアフリカ西海岸、シエラレオネでストップ。ここで立ち往生することになりました。

しかしそれは良い機会でもありました。毎日作っていて様々な気づきがありましたが、一度止まって考えることで、より深い気づきに繋がったのです。

食文化とは

世界の料理を作ってきて、食文化のつながりに驚きました。シルクロードに沿って広がっていた麺料理や、中南米原産のはずなのに世界各地の料理に登場するトマトや唐辛子。食文化のつながりから、文明の交流の軌跡がうかがえます。

このように食文化が「グローバル化」してきた歴史が垣間見られた一方で、多くの料理が、「その土地ならではの食材」をおいしく味わえるようにして作られている、「ローカル」の産物だということを強く感じました。

つまり、基本的には食文化とは、その土地の自然の恩恵を最大限に活かして味わった形なのではないかということです。

パーム油に話を戻すと、もともとアフリカ原産のパーム油は、現地で昔から使われていた分には、「環境に悪い」なんてことはなかったのだと思います(環境負荷が高いのは大規模プランテーション)。

そして現地の人が現地のパーム油を使って料理するのであれば、輸送コストもかかりません。

なので、私がアフリカ料理を作ることで環境コストがかかってしまうのは、アフリカ料理が環境に悪いからではなく、アフリカ料理に使われる食材が日本では手に入りづらく長距離輸送やビニールハウスなどでの栽培を必要とするからということなのです(これは世界の料理を作り続ける際のジレンマです)。

パーム油をたっぷり使った西アフリカの料理は、その土地の人々がその土地の自然の中で作り上げた、とても自然体な料理だと思います。

ここで1つだけ捕捉します。先にフードマイレージの話をあげましたが、どうやら、なんでもかんでも食卓との距離が近ければエコ、というわけでもないそうです。その地に適した食材が採れることが一番エコであり、ビニールハウスなどを使って無理やり育てようとすると、いくら「地産地消」であっても、環境負荷が高くなることがあるそうです。

だからこそ、その地にもともとある、その地の自然に寄り添った食材が良いのですね。

文化だけではない、郷土料理を大切にすることで守られるもの

世界の料理を作ってきて、人のあるところに文化があるなあと感じました。ファストフードが世界を席巻する中、こうして郷土料理を守っていくことは、その文化を守ることに繋がるでしょう。これからも大切にしていきたいなあと思いました。

そして、アフリカ料理に苦戦したことで、さらに気づいたことがあります。それは、人が自然と生きるとき、文化が生まれるのだろうなということです。文化の多様性は、自然の多様性を鏡のように映しているのだ、と感じました。

人がただいれば文化が生まれるわけではないのだろうと思います。山の人には山の人の文化があり、海の人には海の人の文化があり、砂漠の人には砂漠の人の文化があるからです。みな、自然に寄り添って、自然の中でいかにたくましく生きるか、試行錯誤し、受け継ぎ、その結果あるのが今の文化なのだろうと思いました。

フィッシュカレー

バングラデシュ:ベンガルフィッシュカレー
ガンジス川デルタ地帯にあるバングラデシュでは、魚がよく食される。

エマダツィ

ブータン:エマダツィ
標高の高いブータンでは、唐辛子を野菜として食べるそう(香辛料としてじゃなくて!)。

ベシュバルマク

カザフスタン:ベシュバルマク
カザフスタンに限らず中央アジア一帯で食べられている料理。遊牧民の料理は野菜が少なめで肉を中心にシンプルなものが多かった。

そう思うと、日本各地にある郷土料理の多様性から、いかに日本の国土にある自然が多様であるかが分かりますね。

郷土料理の歴史は、人が自然に生かされてきた歴史とも言えるのでしょう。

だからこそ、郷土料理を大切にしていくことは、単に人の文化を守っていくことに限った話ではないのではないかと思います。郷土料理を守ることは、その土地の自然を守ることに繋がるのです。郷土料理がその土地の自然なしに存在しないのであれば、郷土料理を本当の意味で守っていくには、その土地の自然を大切にすることも切り離して考えられないからです。

郷土料理を楽しむことで、その土地を愛し、守る意識を生みます。そして郷土料理自体がその土地の自然にとって一番やさしい食の楽しみ方なのだと思います。自分の暮らす郷土の自然を守ることは、そこから恩恵を受ける自分たち自身を守ることに繋がるのです。

自然にやさしい食生活を営んでいくヒントは、最先端フードテックにあるのではなく、先人たちから受け継がれてきた郷土料理にこそあるのかもしれません。

準備ができたら、また出発します

旅を初めて3ヶ月で94カ国地域の料理をつくってきました。しかし国だけを数えても、まだ半分以上残っています。そしてその中の文化は、本当はもっともっと多様です。

一日一カ国のハイペースで旅を続けてきましたが、そんなに焦ることはなかったかもしれません。本当の旅でも、こんなにハイペースに進むことはないと思うので。一つの国の中でも多様な食文化を、もう少し時間をかけてじっくりと味わっていくのも良いかもしれないと思います。

これまでの旅でも、すでにたくさんの気づきを得ることができたわけですが、また準備が整い次第、旅を再開したいと思っています。まだまだ気づいていないことがたくさんあるだろうと思うからです。まだまだ先行きが見えず、旅をできる状況ではありません。けれど、食の旅は思い立てば今からでもできます。自分の家の台所からひとっ飛びですから。

『食の未来仮説』は、さまざまなシーンで活躍されている方たちが、いま食について思うことを寄稿していく、不定期連載のマガジンです。次回をお楽しみに!

今回の著者_
久世哲郎
1998年生まれ。茨城育ち、東京在住。創価大学国際教養学部。編集者/料理人志望。大学受験後に食べた「ばあば」のご飯がおいしすぎて食の喜びを知る。世界一好きな料理は「ばあばの夏野菜炒め」。


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