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安全な道を進んだ幼少期

記事を読んでいただき、ありがとうございます。

幼少期に歩んだ安全な道が、大人になったときにどのように作用するのか?
安全な道ばかりを歩んだ人間として書いてみようと思います。


自分の人生は、失敗しないようにリスクのあることを避けたり、親が危険な道に進まないように先回りしたことで運良くも悪くも安全な道を進んだと思っています。

こればかりは、親は選ぶことはできないし、正しい道があったとしてもそれを選べる知能がなかったと思います。

仕事でも、安定を求めていたし、親も一時的に安心していた。でも、一度レールを外れたときにたくさん挑戦的な道の選択を避けていたことが仇になって苦しんだのが今から10年前。

与沢翼さんが

「成功している人は、たくさん失敗している人」

とYouTubeで発言されていた。

今の自分は、失敗したときの経験が圧倒的に不足してた。だから30代後半からは新しいことをいっぱいやる選択を選んだ。ある地点では正しかったものが実は間違っていたと気がついたのが25歳の時。

たらればですが、25歳から26歳まではニートの時期は、自分自身を真剣に考える時間だった。人生の夏休みを過ごしたけど、10年たって立ち止まってよかったと思えた。

今はyoutubeやブログなどの発信ツールが当たり前のようにあるので、ある人の失敗や挫折したこと、悲しかったことなどをすぐに情報として得ることはそこまで難しくない。10年前はそういうのも少なったと思っていましたが、時代のせいにしてはいけないな。その時にあるものを活用できなかった自分の責任。

自分自身が通用しないことを認めることは大事。


たとえ話ですが、ワンピースの主人公ルフィーがシャボンディ諸島で太刀打ちできない敵と出会ったときに言ったセリフが自分自身の力を見極めて判断することの重要性を言ってくれていた。

「全員、逃げることだけ考えろぉ!
今の俺たちじゃ、こいつらには勝てねぇ!!!」

海賊王に俺はなると言っていた若者が、自分たちの力では太刀打ちできない状況になったとき、素直に認めたセリフ。

その後、マリンフォードで人生最大の挫折と悲しみを負い、2年の修業期間をする決断を下す。

自分の人生は25歳くらいのときに、こういう状況が起きた。コテンパンに打ちのめされて、挫折して悲しみにくれて、だけどこのままじゃ今後の人生を進むことができないと思い、6年間フリーターをすることで自分を正直に見つめなおし、耐えて、這い上がるためには何が必要であるのかを自分自身の力で見つける修行をすることに決めた。

もちろん、この修行期間である程度太刀打ちすることはできるようになったけど、今のままで満足してはいけない。


挫折は何度でもある、だから自分自身を変えることを常に行って次挫折しないようにする。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

foagura





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