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2023年振り返り

こんにちは。ご無沙汰しております。
noteの更新をしようと思うことはたくさんあったのですが下書きに溜まったまんま保留…😇

時間ができたので、2023年を振り返りながら下書きに溜まったまんまのことの概要も書いていこうと思います。

2023年戦績

1月 
大阪国際女子マラソン2:57:00
4月 
山城記録会1500m 5:27.91😇
5月 
第3回京都陸協記録会1500m 5:17.96
山城地方陸上競技大会3000m 11:17.40
6月 
第2回吹田ナイター記録会
1500m 5:09.18 SB
5000m 19:13.67
関西実業団記録会3000m 10:50.48 当時の2ndPB 1年2ヶ月ぶり10分台
8月
嵐山耐熱リレーマラソン 女子の部優勝
奈良市記録会
800m 2:33.76 9年ぶりPB 400m 1:11.22 初
10月
京都陸協記録会 800m 2:31.42 PB 京都府選手権標準突破
第6回吹田ナイター記録会
1500m 5:13.56
3000m 11:09.39
5000m 18:44.86 1年5ヶ月ぶり2ndPB
奈良県強化長距離記録会
10000m 38:41.62
5000m 18:31.81 PB
11月
奈良市記録会 3000m 10:47.91 PB
12月
防府読売マラソン 2:47:56 2年9ヶ月ぶりPB &サブエガ達成 6位入賞

2023年振り返り

以前オーバートレーニング症候群を発症したことを記事にし、確かあの時は鬱からは克服しており、そのタイミングで書いたような。

しかしオーバートレーニング症候群になる前からあった体調不良はずっと継続しており、鬱はなくなったものの走ることへの気持ちに関しては波が激しく、走りたくない気持ちが大きい日の方がまだ多かった。
そんな中で大阪国際は奇跡的に2:57:00でサブ3で完走。練習内容的にも厳しくなった関門的にも完走は無理だと諦めていたが、意地の勝利…?

そこから2月は他の人のペーサーか休養かjogしかしておらず完全に冬眠。それぐらい走ることへの気持ちは高まらなかった。
オーバートレーニング症候群の本当の完治は長いことはネットにもちょこちょこ書いていたが、まさにその通り。
自分は奇跡的に短期間で鬱は改善できたものの気持ちが戻ることは難しかったので練習もなかなか積めず、走力が戻ることもなく、落ちていく一方であった。
2月後半から慌てて練習を再開するも、
増えた体重、あまり戻らぬやる気(苦笑)、いまだに安定せぬ体調でなかなかうまくいかなかった。
しかしこの時に京都で練習会を紹介してもらえ、そこがとてもいいところだった。そのおかげでコツコツとリハビリをすることはできた。この出会いは今思えば本当に大きかった。その練習会がなければ後半のPB祭りはありえなかった…

そして4月末に遅めのトラックシーズンイン
しかしその5日前にショッキングな出来事があり、メンタルダウン…
何があったかはここでは割愛するが、今年あった出来事の中で今思えば一番悲しい出来事であった。
それを忘れようと挑むも、見事なまでに大撃沈し、大学から市民ランナーを初めて以降の最低記録である5:27.91を記録😇😇

言い訳はない。
練習は満足に積めてない、気持ちもメンタルダウンで余計に落ちてる、体重はマックス体重😇
そりゃ無理なわけだが、それでもひどく、こんなタイムでもゴール後は酸欠で15分ほど座り込んでいたほど…。
終わった後に飲み会でアホほどメンタルダウンを発散しすぎて、酒の強者である自分がいつぶりか忘れたぐらいの盛大な二日酔い。
相当ショッキングな出来事だったのだ。

これではまずいと逆に気持ちが色んな意味で切り替わり、5月はGWからちゃんと練習をしだすようになった。
GWで沢山の人に飲みに付き合って慰めてもらったりしたおかげで、GW最終日の京都陸協記録会では10秒速くゴールすることができた。しかしそれでもPBより12秒も遅い。

このタイムで関西実業団選手権に出るのは恥晒しになるだけやし、もっと練習を積まないといけないと考え、関西実業団選手権を棄権し、練習に専念することにした。
この期間でやっと体調も安定するようになり、練習をしっかり積むことができるようになった。
そのおかげもあり、トラックシーズン最大の照準としていた関西実業団記録会ではまさかの久しぶりの10分台に復活した。
オーバートレーニング症候群に苦しんでから遥か遠くに遠ざかっていたPBまであと2秒
でもここまで復活できたことに思わず泣きそうになった思い出のレースとなった。

そしてここからロードシーズンへ
と意気込んでたら6月末に左足のくるぶしを故障し、7月のMDCのリレーを棄権…
そこから治ってまた走り込み、トラックで解糖系強化に力を入れるために
8月に800mと400mに出場。

800mは高2で不向きすぎてやめて、400mはスタブロも全く蹴ったことがなく、NEXUSのメンバーに何回か指導してもらいなんとか失格にはならないようにしてスタート笑
いざ走ったらまさかの9年ぶりPB笑
400mも70秒は切れなかったものの、とても新鮮なレースであった。
今思えばこの取り組みは間違ってなかったし、私には足りてない解糖系を強化できたおかげでその後のマラソンの飛躍に繋がったと思う。

しかし、そこからまた足の甲を怪我をして北海道マラソンはDNS💦

9月に治り、9月は試合を全て出場を取りやめ、マラソンに向けた基礎づくりのみに専念することに。そして10月の京都陸協記録会の800mで解糖系強化の総確認とともに京都府選手権の標準の突破を密かに狙っていた。
そのおかげもあり念願の京都府選手権突破!

もう向いてないからと17歳になる前にやめた800mでまさかの選手権の標準を切れるとは衝撃であったが、とても嬉しかった。
そこからは1500m以外はあれよあれよとPB祭り。10,11月のトラックは全て練習の一環で出場し、吹田ナイターのトリプルエントリーと奈良のダブルエントリーはなかなかクレイジーな?挑戦であったが完遂した上最後はPBで締め
6月後半から始めた走り込みと追加で始めた解糖系の強化がよかったのだと思う。

2023年の最大の照準は防府読売マラソン。
これは年明けから決めていたことで、このマラソンのためのトラックであったのだ。
だから防府読売マラソンに向けて6月からスケジュールを組んでいた。
そのままいい感じに調整をし、防府読売マラソンで2:47:56でPB, 念願のサブエガを達成した。 

いまだに信じられない6位入賞

まとめと今苦しんでるランナーの方に伝えたいこと

これでやっとオーバートレーニング症候群や体調不良を完全に克服した、と言い切れた1年であった。

全てが報われた喜びが爆発した!

でもここまで来れたのは本当に周りの支えが大きく、それがなければ克服できなかった。練習を再開しようと思わなかっただろう。

オーバートレーニング症候群からの復活は、最初のきっかけである2022年6月からの貧血から数えたら結局1年以上かかった。
本当に長い道のりであった。
本命種目のフルマラソンに至っては、オーバートレーニング症候群前に1年に3度の疲労骨折に苦しんでいたのもあり、PBを2年9ヶ月も更新できていなかった。
やっと達成できた喜びはこの上にないものであった。

もう2度とこんな辛い思いはしたくないが、
気持ちが完全に消えても、また再燃すればいつかは必ず復活できることを学んだし、人の支えのありがたみをひしひしと感じ、他の人の苦しみにも寄り添えるようになった気がする。

今は辛くても、今は思うように走れなくても、はたまた今はやる気が出なくて走りから遠ざかっていても、
何かのきっかけでまた走り始められるきっかけは掴めるし、
無理に頑張ろうとしなくても遅かれ早かれ自然と頑張ろうと思える時は来る。だから無理に頑張ろうとしなくていい、復帰しようとしなくていい

今できることを精一杯やりましょう。
そして見守ってくださる方への感謝は忘れない。

自分の心と体の声を大切にしたら悪い方向にはいかないはず。
今オーバートレーニング症候群に苦しんでる人がもしこれを読んでくれていたら、最後の章のことを一番に伝えたい。

だから人生全体で見たら必要な時間だったかもしれないな、とも思う。

2024年は大阪国際が終われば一旦私の苦手なハーフまでの距離、トラックに専念してマラソンの伸び代を伸ばす準備期間にするつもりである。
目立った記録は報告できないかもしれないが、充実した2024年にしたいし、怪我なく練習を継続させたい。

#オーバートレーニング症候群 #オーバートレーニング症候群からの復活

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