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みずゆめ 3話

第三話 『無関心なヤツ』



自己ベストを二種目とも出せたことで、当分はいい気分で過ごせそうだ。

家に帰ったら留守番をしているであろう姉に散々自慢してやろう。両親から応援に行かないかと誘われたにもかかわらず、弟二人が出場する試合を頑なに観に来ようとしないバカ姉を後悔させてやる。

「貴志ー!」

気分爽快でサブプールへ向かっていると、後方から僕の名を呼ぶ声が聞こえた。反射的に振り返ると、紬が手を振りながら駆け寄ってきていた。

「え、どうした?」

走ってきたからか、少し頬を赤らめている紬に問いかける。

「えーっと、コーチが貴志を呼んできてって言ってたから、それで呼びに来た……だけ……」

……なぜ少し言い訳くさいのか。

「そ、そか……。ありがとう」

とりあえず礼を言って、急いで応援席へ引き返す。



「あ、貴志、これ見てみ」

そう言ってコーチは先程の記録用紙を見せてきた。そして僕の記録の一つ上の段を指差す。そこには人名が記されていた。

石田……瞬? そんな名前の人は知らない。

「誰ですか?」

「やっぱり知らんか、お前あんまり周りに関心ないからなあ」

言いながらコーチは苦笑いする。


周りに関心……? ということはつまり、そういうことなのか?

「同じチームの子ですか」

「そうそう。お前と同い年やぞ」


……驚いた。このチームにいる同級生は光太朗だけだと思っていた。

「しかもS1もバッタ。今日も貴志の二組前で泳いでたで」


なん……だと……?

学年が同じ、性別も同じ、さらにS1、つまり専門種目までもが同じというそんな人が同じチームに在籍していたにも関わらず、その石田という男の存在を僕はたった今まで認知できていなかったのか。

他人への無関心さの程度が思っていたよりもずっと深刻だったことに、僕は強い衝撃を受けた。

因みにバッタとはバタフライのことです。あの跳躍力がずば抜けて高いやつらのことではありません。決して、昔なぜか僕に向かってよく飛んできたやつらのことではありません。ていうか、飛ぶ時のあのブーンていう羽音、地味にトラウマなんだよなぁ。自分の中でうるせいやつらといえばラムちゃんではなくバッタちゃんかもしれない……。僕があまり生き物を好きになれないのは、やつらのせいかもしれないだっちゃ。


「まあ無理もないかもな。瞬はずっと下のクラスで練習してたし、この前まで貴志とはタイム差が大分離れてたから」

そう言ってコーチは先刻から後ろにいた男の子の頭をポンポンと叩く。

……彼が石田瞬君か。顔は確かに見覚えはある。背丈は僕よりも拳一つ分くらい大きく、雰囲気から活発そうな印象を受けた。


ところで先程の話、この前までタイム差があったという言い方からすると、今はタイムが縮まっているのだろうか。僕は彼のタイムを確認する。


「えっ……」

思わず声が出た。




次回・・・『宣戦布告も控えめに』


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