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将来性とtrue loveがゲシュタルト崩壊したときのこと

 江國香織、辻仁成共著の「恋するために生まれた」を読んでいる。ホンカツで知り合った読書、考察好きの女友達におすすめされ、今度これをもとに二人で恋愛について語ろうという楽しい催しを控えている(要はサシ飲みで恋バナ)。
 既婚者の身では、そしてネット上では言えないようなあれこれを友達とサシでキャッキャウフフするのだ。いいだろ。

 本を読んでいて思い出した知人の話がある。
 知人のプライバシーのために色々とフェイクを入れている。ずっと連絡を取っていないので本人がこれを見つける可能性は低いが、万が一問題があれば削除する。


 大学の同級生(女)の話である。共通の知り合いの男性と私が付き合うことになったと伝えたところ、「それは本気なの?トゥルーラブなの?」と詰め寄られた。
 true love?真実の愛?かは正直その時点では自信がなかった。「知り合って半年くらいだし、付き合い立てだからまだそこまでは言えないけど、ゆくゆくそうなるかもしれない」と曖昧に答えた。大学生同士の恋愛なんてそんなもんだろうし、この答えは妥当だと今でも思う。ただ、相手が共通の知り合いだからなのか、彼女は「これはトゥルーラブなのか否か」を念入りに確認してきた。その後実際どうなったかというと、数ヶ月で別れてしまったのでトゥルーラブではなかったことになる。
 だが、酷い裏切り行為があったわけでもなく、ざっくり言えば「付き合ってみたけどなんか違った」という理由なので、よくあることだと思う。
 しかし「本気のトゥルーラブ」を信条とする彼女からすれば、「よくあること」で済ませるのは不誠実なのだろう。

 私は同い年の彼女のことを尊敬していた。
 地方から上京し一人暮らしをしていて、自分の意見をしっかり言えるし面倒見も良い。
 実家でぬくぬくと暮らし、大学生になってやっと「相当な世間知らず」を自覚した私と比べたら考え方が遥かに大人なのだ。「両想いなら付き合えば良いじゃん」という私よりも、きっと恋愛への姿勢も大人で真面目なのだ。私はまだその精神年齢に達していないが、多分こうなるのが理想なのだろう。

 その1年後、2ヶ月の春休み期間に語学留学をしていた私には外国人の彼氏が出来ていた。帰国したら遠距離恋愛だが、こまめに連絡を取れば何とかなるだろうと思っていた。結論から言えばこれも帰国後2ヶ月で破局する。自然消滅のようなものなのでそんなにダメージは負わなかった。お互い。多分。

 帰国してすぐ、まだ付き合っている状態で例の知人に話したのだが、当然彼女はこの話を良く思わなかった。
「また適当に男作って!将来性のある関係なの?」と呆れていた。大学生までの恋バナで将来性など初めて聞いた。私は「将来性」という言葉を発したことも無かった。将来性とは結婚ということだろうか?就活もこれからだしすぐ結婚したいわけではないのだが、まあいつかはしたい。その「いつか」について、彼女は遥かに具体的に、真剣に考えているのだろう。
 何を言っても納得してくれなさそうなので適当に切り上げ、そういう彼女の近況はどうなのかと聞いてみた。
 彼女もこの春休みに色々あったらしい。

 知人には高校時代に付き合っていた元カレがいた。元カレの2回の浮気が原因で別れた。別れたのだがずるずる連絡を取っており、元カレが海外の大学へ進学しても連絡は続いていた。
 この春休み、元カレは一時帰国をして知人と1ヶ月ほどずっと一緒にいたらしい。

 知人もまた、海外留学を予定していた。大学が提携しているプログラムなのだが厳しい選抜があり、テストや面接を突破して彼女は少ない切符を手にしていた。
 あとは書類の手続きだけだったのだが、なんと元カレと一緒にいる間に手続きの期限が過ぎ、留学を諦めたと言うのだ。
 留学先は大学というより専門学校で、本場(ヨーロッパとだけ言っておく)で実践的な勉強が出来ると彼女は意気込んでいた。英語は苦手だけど頑張ると言っていて、実際に試験に受かったのに、こんなに簡単に諦めるとは思わなかった。

 まあ、それほど熱中した恋愛ということだ。
 そしてその元カレは今後どんな感じかというと。

 留学先で敬虔なクリスチャンを妊娠させてしまったため、彼女と結婚して子供を一緒に育てるそうだ。


 …………………………………。
 …………………………………。
 ……………………………あの。



 将来性ええええええええ!!!!!
 えええええええええええ???!!!???!!!

 何この話えええええええ???!!!???!!!

 あの、さっき言ってた、「将来性」というのは、あの……え?あれ?「将来性」って具体的にはどういうこと?あ、多分私が「将来性」という言葉を誤解していた?
 いやてっきり、「恋愛をする延長上には結婚があるのだから、学生であっても一生添い遂げられるかをきちんと考えて相手を選びなさい」という意味かと思ってたんだけど、その解釈が間違ってた?え?さっき言ってた将来性ってじゃあ何?え?将来性って何?この漢字で合ってる?

「え……どうすんの……?」としか言えなかったが、彼女は真顔で「まだ好きだし連絡取ってる」と言った。「いやその人もう無理だよ」と言っても聞かなかった。
 これ以上何と声を掛けたらいいのか分からず気まずくなったので、解散になった。

 彼女とはそれきり疎遠になってしまった。


 それから8年経つ。私は結婚し、通勤電車で「恋するために生まれた」を読み始めている。
 最初のテーマは『いつも自分を見失っていたい』だ。辻仁成にとっては『自分を失っていられるものが恋であり、愛とは、その反対、はっきりと自分が見えている状態のもの』(10-11ページ)らしい。
 この定義に照らし合わせると、知人は恋をしていたのだろう。彼女の「トゥルーラブ」の意味は、「真実の愛」というより「本気の恋」と訳した方が正しかったのか。いや、最後に会った時「トゥルーラブ」という言葉は使っていなかったから、もうトゥルーラブを信条とすることはやめていたのかもしれない。

 念のため言うが、彼女は本来しっかりした人なのだ。恋愛以外の話でこのような違和感を感じたことはない。その彼女がここまで自分を失ってしまったということは、その恋が余程強力だったのだろう。まず2度も浮気をしていてさらに妊娠中の婚約者がいる状態で元カノと1か月イチャイチャしているそいつは真正のクズ男なわけだが、それでも彼女は好きだったのだろうしそのクズ男はモテるのだろう。
 あの話以来彼女とは8年会っていないが、二十歳そこそこなんてそこからいくらでも成長する。自分のことを棚に上げて散々言っているが、私だってとてもネットに公開できないようなやらかしを山ほどしている。

 辻仁成は本書で、『愛と恋を全て区別することはナンセンスなことで、元々無理なこと。』(10ページ)とも言っているし、辻仁成の言うことが誰にとっても正しいとは限らない。恋と愛の違いや定義やどのような恋愛を良しとするかは一人一人違うだろう。私は206ページある本書をまだ27ページしか読んでいないが既に楽しいし、本書を勧めてくれた友達と話したらきっともっと楽しい。「恋とは、愛とは何か」なんて哲学的なことはほっぽり出して、過去のしょうもない恋愛や黒歴史や理想のタイプでキャッキャしたってもちろん楽しいに決まっている。

 とにかく真に恋とは、愛とは、摩訶不思議な代物である。

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