見出し画像

朗読の世界のドアをノックする

話すとか、表現するとか、声を出すとかということについて、以前から上手くできるようになりたくて、演劇ワークショップナレーションの講座に通っていたのだけれど、その後の日々の生活のなかでの実践をおろそかにしていたので、あまり上達したという感覚もないまま時間が経ってしまった。

最近、『花もて語れ』という漫画を一気読みした。

この漫画を読むまで、私は朗読のことを誤解していた。朗読を演劇のひとつの形態だと思っていた。もちろん「朗読劇」があるから、その理解は間違いとは言えないだろうけれど、それでも朗読というものが、こんなに深い解釈や分析や理解が求められるものだとは思っていなかった。

理論をもっと知りたいと思ったので、『花もて語れ』の「朗読協力・朗読原案」の東百道さんの本を購入した。

本が届いて読み始めたものの、理論を先に頭に入れても「畳の上で泳いでいる」みたいになってしまう気がした。しかも、最悪、本を読んでわかった気になって、できる気になって、そのまま実践せず終わってしまうような気がした。

なので、まずは自分なりに考えて朗読をしてみて、どんなところがわからないか、どんなところで難しさを感じるか、そういう「わからないポイント」を出してから理論の本を読むことにした。

で。今のところ数週間、毎日30分~1時間の朗読の時間を取っている。基本のトレーニング用のテキストに載っている文章を、お手本のCD音声を真似しながら繰り返し読んでいる。

それ以外にも、頭で考えるのではなく声を出しながら、感覚的によさそうと思うことを繰り返している。そういう自分なりの試行錯誤をしながら、あたり前の習慣に落としこんでいけたらいいなと。

お気に入りは、長田弘さんや石垣りんさんの詩集。

この本は分厚くて、長田弘さんが最初に詩集を出してから50年間の18冊の詩集、471篇の詩がおさめられている。

パラっと本を開いて、そのページに書かれている詩を最初は黙読する。そしてそれを、詩人の目が見ているもの聞いているものを想像しながら声に出して読んでいくと、言葉につまって涙が出そうになる。言葉の持つ力なのか、詩の持つ力なのかわからないけれど、そんな時間は詩人と通じ合っているような豊かな時間のような気がする。

石垣りんさんの詩集もおもしろい。

大学を出て銀行に就職し、40年間働きながら詩を読み続けた。20代で2つの大戦を経験した。結婚はせず未婚のまま84歳まで生きた。そんな女性の目が何を見て何を感じて、何を表したのか、とても興味がある。

声に出して読んでいると、わからないことにぶつかる。どうしてこの言葉をここにおいたのだろう。文章から当時の世界を想像する。詩人の気持ちを想像する。だけど、わからない。わからないからおもしろい。

まだまだ始めたばかりだから、まずは続けることが重要で。その先のことは、しばらく続けてから考えよう。

サポートいただけたら跳ねて喜びます!そしてその分は、喜びの連鎖が続くように他のクリエイターのサポートに使わせていただきます!