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大人の友人関係の距離感

SNSで知り合いオフでも遊ぶような10年来の友人とトラブルになった。

彼女とは1年前から、今年の8月に遊ぶ約束をしていた。
4月に私は忌中となった。相手にも見えるアカウントでも祖母が亡くなり仕事を休んで喪服を買いに行き、それに身を包んで新幹線に飛び乗ったこと、2日間受付をしたこと、疲れて帰ってきたのに睡眠障害に陥りメンクリを受診したことを公表していた。にも関わらず葬儀から一週間後に遊びの約束に関する連絡が来た。検討をする気にならず当たり障りのない返事しかしなかった。
連絡が来たとき、なんて配慮がないのかと憤った。しかし相手には指摘せず有耶無耶にした。これがよくなかったと自分でも反省している。
私の怒りは数週間をかけて熟成していった。
GWを控えて、後輩にもっと仕事に関する分野を勉強するよう助言をした。発言した手前、自分も何かしら勉強してないとフェアじゃないと思い書店に足を運んだ。
経験値だけを糧に曖昧にしていた分野を潰したいと思ったらたくさんの課題が見えてきた。結局3万円分ほど本を買い、GWは読書で潰すことにした。
2冊ほど読み切ったとき、私は祖母の死から逃避したくて勉強に打ち込んでいるのではないかということに気づいた。仕事中も油断すると祖母のことを考えていた。勉強は目の前のことに集中する機会になるから忘れるための儀式行為なのではないかと考察した。
同時に、無神経な友人への怒りがこみ上げてきた。怒りから目をそらすためにも勉強しているのだと確信してその旨を発信した。
すると相手から反応があり、何が悪かったかわからないから指摘してほしいとメッセージが来た。また、彼女は私の創作に感想を送っていないことに負い目があるらしくそのことかと問うてきた。私は正直に、葬儀から一週間も経ってないのに遊びの連絡を寄越されたのが嫌だったと答えた。すると即謝罪のメッセージが送られてきた。
相手は全くの自覚がなかったのだという。今後は気をつけるとのことだった。
私はその謝罪を受けて乾いた笑いが出た。
彼女はまるで私が忌中であることを知らないようだった。それはつまり普段のツイートを見ていないということだ。ならば作品も見ていなくて当然だ。それで勝手に負い目を持たれても仕方がない。
彼女をブロックするか悩んだ。視界から消してしまえばさらなる怒りに苛まれることはなくなるだろう。
しかし本当に無自覚にやっていたのであれば、今後気をつけてもらえばいいだけだし、私が神経質になりすぎていただけかもしれない。気晴らしの意図があったのかもしれない。ただのすれ違いということにしてブロックはやめておいた。

SNSでトラブルがあるとブロックして終了という結末を迎えがちだ。
場合によっては(相手が公開の場合に限るが)別の鍵垢から監視し続けるようなこともあるが、ブロックは有用な機能だ。
私は気軽にブロックを利用する。逆カプ者やレイヤーなど、不快な相手は秒で視界から消しまくっている。リアルの人間関係ではできないが、SNSなら簡単にできる。だから多用してしまう。そう考えている。
今回、相手をブロックせず関係を継続するという決断をしたのはレアケースと捉えており、今後の関係修復が課題となる。初の試みなので慎重にやっていきたい。

最後に、感想乞食の私ではあるが、相手からの感想はいらないと思っている。
理由は明快で、相手は私の創作に興味がない。無理に読ませて(最新刊は250p超えの鈍器だ)無理に書かせた感想に価値を感じない。
何より、書ききった当初の熱が冷めてきたのでいま言及されても困る。
これからも私の創作は見ないまま一人の友人として付き合ってくれたらそれでいい。多分。

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