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恋愛映画は観ない

雪林檎です。
今日も今日とて軽く恋バナしましょう。



一言

今日は久しぶりにプリンを食べました。



恋愛映画・恋愛小説

具体例を拝借しましょう。
「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」
「君の膵臓を食べたい」
「花束みたいな恋をした」

はい、なんとなくわかって頂けたでしょうか?
余命、ファンタジー、切ない、記憶喪失、運命、幼馴染み、再開、感動、青春、そういったキラキラしたものが雪林檎は若干のアレルギーなんですね。



アレルゲン

上記した通り、雪林檎はなかなかに偏屈ですよね。

その根底にあるのは羨ましさです。間違いないと思っています。



面白いなんてわかりきっている

面白いに決まっているじゃないですか。だから大ヒットしているんでしょう。そりゃ当たり外れというか好み、賛否両論はどんな名作にも存在しますが、少なくとも大外れなわけがないと思うじゃないですか。人気俳優・女優まで起用して、眼福に決まっているじゃないですか。雪林檎なんて「面白い」の射程が広いんですから尚更です。

だから、ハマるのがわかっているから、感動して疲れて余韻が辛いのがわかっているから、観ないんですよ観れないんですよ怖いんですよ。



重ねる重なる

どうしたって好きな人、今では彼氏のC君に重ねます。もし自分だったら、という風に作品を観る自己投影型なので尚更です。



切なさは疲れる

感情の変動って体力を使いますよね。エネルギーの放出は疲れます。

切ないとか感じて余韻に浸ってしまって感激してしまうとその反動がしんどいんです。別にその後で彼氏に会えるわけでもないのにそんな気分になってしまったら後処理が大変なんです。

だから雪林檎はそもそも恋愛映画や小説に触れないんです。ある種の自己管理です。



ありがとうございます

今日はこれくらいにしましょうか。
それでは、またお会いできればと思います。

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