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生きているから笑えるんだ。

 今月、誕生日を迎えました。

昔は嬉しかったはずの誕生日も、10代後半以降からは、私にとってはつらい日になってしまいました……(昔から厭世観が諦観がとても強かったんです。)

それは年を取ることに関してというよりも

「産まれてきてごめんなさい」


という気持ちが普段より強くなるからです。


本当は両親に感謝したいと思うのに、自分がこの世に産まれてきたこと自体が受け入れられないほど、苦しくて、申し訳なくて、消えたくて……希死念慮が一番高まる時期でもあります。


 精神面でいつもお話を聞いて頂いている訪問看護の看護師さんに教えて頂いたのですが

記念日反応(アニバーサリー症候群)』

というものがあるそうです。
(他にも『バースデーブルー』『誕生日クライシス』といったものも。)

こういった名称に関わらず、自分の誕生日などのおめでたい日前後に、うつ傾向が高まるのはよく見られることのようです。(しんどくなりやすい時期というのは、長年自分自身と付き合ってきたからこそ、ある程度、把握しています。)

しかし、そういう時期や心の反応を知っているからといって苦しさを完全にコントロールするのは難しいです。

実際、休みの日だったり、働けていなかったりすると、より自分を責めてしまうため、その苦しみから逃れようと無理やり躁モードに切り替えて仕事探しのため自転車で遠出したこともあります。(今の私には一人で出かけることすらもう出来なくなっているけれども……)

そんな私を見た母から「自傷行為のようで怖い」と言われたこともありますし、自覚もあります。

でもそれもまた私で
自分ではどうにも変えられない部分
でもあります。
(無理にでも動いてないと
自分に対して生きていていいんだよ
許すことができない
んですよね……)


誕生日だからこそ、つらくても生きなきゃ! と無意識に自分を追い込んでいるところもあるような気がします。

お腹を痛めてまで産んでくれたのに……
ここまで育ててきてくれたのに……

どうして素直に感謝できないんだろう?
それどころか自分を殺してしまいたくなってしまうんだろう?

という、心の葛藤が悲しみや苦しみにを生み出しているようにも思います。


 しかし、先日母がポロッとこぼした言葉に私はハッとしました。

母はリハビリの資格を持っており、私が産まれる前に実習先で若くして車椅子を乗るようになった脳神経系疾患の方を見てきたこともあり、いち早く私の病気を見抜いたほどの人なのですが

「我が子のこととなると、やっぱりそう簡単には受け入れられないよ。そういう現場を見たことない父さんなんてもっと無理」

と言われて……

私自身も仕事を通して、障がい児を抱えた親御さんの葛藤を間近で見てきたはずなのに、実の両親も葛藤していることにも思い至らず

「苦しい・逃げたい・死にたい・もう生きていることが耐えられないよ」

自分の思いばかり気にして

「私がいないければ、みんなもっと幸せになれるのに……」

自分都合で短絡的なことばかり考えていた浅はかさにとても恥ずかしくなりました


今の病気を発症したのは三年前ですが(その前から精神的な疾患を抱えていた時期もありますが)、ここ半年で一気に病状が悪化した姿を、誰よりもそばで見てきた両親がどんなに複雑な心境を抱えているのかを思いやることもなく

「本人が病気を受け入れてるんだから、
そろそろ受容してよ!」


と、叫んだこともあります。


でも我が子が苦しむ姿を両親が心配するのは当たり前であって、当たり前じゃないほどありがたいことなのにその優しさに気づけていなかった自分が悔しい……とも思いました。


そして、もし逆の立場だったら私もすぐに受け入れられただろうか? と考え

「そう簡単には割りきれないよな……」

と反省もしました。

だから私は

「もう無理に、私の病気や障害の両親に受容してもらおうと押しつけるのはやめよう!」

と思いました。

立場によって受け入れられないことも
あるはずだから。

 たとえ完全には受け入れられなくても、時にピントがズレてても、両親が私のことを思っていることはひしひしと伝わってくるから

「ま、それでいっか!」

と思うように切り替えました。(それは自分が生きていることが受け入れられない私自身も同じで、そういった思いを抱えていることを全否定しなくてもいいんだ! とも思いました。)



 それに私自身に誇れることは何もなくても周りの人や環境、タイミングに、とても恵まれていて、どこに行っても邪険にされることなく、むしろ毎回のように親切な人に出会えるのは私の特技なのかもしれないな🤔とも
感じるようになりました。

 たとえば……


このバリアフリー展から帰ってきた
その日に役所から電話があり
車椅子を作る手配を早急に整えて下さったり
(たまたま空きができたとか!)


バリアフリーに手厚い理容室
たまたま近所にあったり

素敵なタクシー業者と出会え
(ここのタクシーのおっちゃんの運転は
安心できるのか症状が治まるんですよ~!

そのお返しをしたり、
そのタクシーでリハビリセンターや
ショールームまで行ったことで、
車椅子の購入先の目処が立ち


デモ車をお借りして
エレベーターの乗り降り、
近所の高架下、お店、線路と
ひととおり練習することもできたんです!

そのスロープも元々はなくて
父が管理人さんにお願いしたようで、
私からも再度、管理人さんにお礼を言うと

「今まで気づかなくてごめんね。
これからも困ったことがあったら
いつでも何でも言うてくれたらええからね」

って言って下さるほど親切なんですよ😭😭
親切がキャパオーバーで感涙することも多々あるくらい😭😭)


何かとハプニングを起こしやすい体質(?)でもあるけれど、こういう棚ぼた的な出来事もよくあるのは、もしかしたら

同じように病気や障害で苦しんでいるのに
病院をたらい回しにされて診断すらつかなかったり、社会的に不利益を被っていたり、セーフティネットの網目からこぼれ落ちたりしている人達を一人でも多く助けられるように

自分の経験から得た情報を発信したり、さらに福祉関係の勉強をして研修を受けて資格を取ったり、スキルアップして

みんなが楽に楽しく生きられるように尽力することが私の使命なのかもしれない


と大袈裟かもしれないけど、そう思うようになりました。(それが私にとっては生きる支えになるから……私は自分のためには生きられない人間なんです……たぶん。)


だから子どもの頃から大好きなあのヒーローのように、頭をちぎられてでも誰かのお腹が満たされ、笑顔にさせられるような人に私もなりたいです。

いや、なります!

なってみせます🦸‍♀️!!



 そして、いつか家族にも

「私を産んで、育ててくれてありがとう」

と素直に言える日までは生き続けたいです。

今では人の手を借りないと生きていけない
私だからこそ謝るより
感謝の言葉をたくさん使うようにしたい
です。
(もちろん、人様にご迷惑を
おかけするようなことがあれば
きちんと謝ります。)


 タイトルは気づいた方もいるかと思いますが、こちらからつけました。


ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ

『手のひらを太陽に』より抜粋
作詞:やなせたかし
作曲:いずみたく
(作曲家さんの名前に親近感!)


そして、この曲のようにもなりたいです。 


そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも

なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられない なんて
そんなのは いやだ!

今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで

『アンパンマンのマーチ』より抜粋
作詞:やなせたかし
作曲:三木たかし
編曲:大谷和夫


でもたまにはこんな時があってもいいかな? とも思っていますし、私自身にもよくいい聞かせているフレーズでもあります🙈笑🙈


もし自信をなくして
くじけそうになったら

いいことだけ いいことだけ
思いだせ

『アンパンマンたいそう』より抜粋
作詞:やなせたかし・魚住勉
作曲:馬飼野康二
(作曲、馬飼野さんだったんだ!)


 実家にアニメとは違った姿の絵本があって調べていたところ……


のぶ夫人との間に子供はいなく、アンパンマンを2人の子供であるとしている。

やなせたかしさんのWikipediaより抜粋


こういった記述を見つけ、こういう考え方も素敵だな、と感銘を受けました😢✨(私も自分の子どもを設けるよりも、今、苦しんでいる子どもを救う活動がしたいとも思っているので……


 ちなみに我が家にあるのはこちら↓

見た目は違ってもこの絵本も大好きです😌💕



殻を破ろうとしている一休さんより

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